防災・BCP・危機管理の指導で気になること
筆者はダイバーシティ経営だけでなく、防災・BCP(事業継続計画)・危機管理や、各種分野を横断的に指導しています。ある単一の分野から企業現場を見ているだけでは見過ごされがちな点も、別の分野と併せて現状を見つめ直すことで、問題点を探し出すことができるからです。医療に例えれば、様々な状況に問診・触診・MRIなどを通じて、見過ごされがちな真の病状を見出す総合診療医のような形で指導しています。多くの企業が「わが社はダイバーシティ経営に熱心に取り組んでいます」と声高にアピールして「多様な働き方」を推し進めています。しかしそうした企業でも、防災・BCP・危機管理の面ではダイバーシティ経営が浸透していないことも珍しくありません。
例えば、ある外国人の役職員が多い企業では、危機管理マニュアルが日本語で書かれていました。難解な漢字が多用されており、日本語を母国語としない方々が有事に備えて、また、有事の際に、そのマニュアルをスムーズに読みこなして対応できるのかと筆者は疑問に思いました。
筆者が有事対策の指導をする時は、ダイバーシティ&インクルージョンを念頭に置いた対策を講じます。
例を挙げると、危機管理マニュアル類は分厚く作りこむのではなく、直観的に理解できるよう図解を用いてコンパクトにまとめるように指導します。可能であれば同時にマニュアル類の多言語化も推奨しています。
また、災害時に帰宅困難者が社内で寝泊まりする時の対応策や、女性に必要な備蓄品(生理用品や着替え用の室内で使える大きさのミニテントなど)の準備も必要です。
実際に、女性活躍推進とともに防災にもダイバーシティ&インクルージョンの意識が高い企業の中には、帰宅困難時の対策として、「寝泊まりするスペースを男性用・女性用に分ける」「女性用のスペースをトイレに近い方にする」「同一室内の場合は衝立で区切る」など設定し、防災訓練・帰宅困難対策の訓練(実際に社内に寝泊りしてみる訓練)を実施している企業もあります。
有事・危機時にこそ企業の本当の姿・本音が現れる
災害時や不祥事を起こした際の謝罪会見などを含め、有事の対応でそれまで築いてきた「優れた企業イメージ」を損ねてしまった企業を、筆者は数多く見てきました。「人を大切にする経営」や「職場の良好で円滑な関係」を声高に叫ぶ企業が、有事において利己的・排他的(インクルーシブではなくエクスクルーシブ)になり、人権配慮に欠いた対応をとってしまうケースも少なくありません。これはつまり、ダイバーシティ経営が実際には浸透していないことを意味しています。
そのような企業の経営者・役職員に対して、ダイバーシティ経営の観点、法的・社会通念上の観点から指導するたびに「わが身に火の粉が降りかかる緊迫した有事にこそ企業の本音・実態が明白に現れる」と筆者は痛感しました。
事業継続・危機管理対策において、筆者は3つの対応原則として下記の原則をもって指導していますが、これは有事に限らず、また、企業経営のみに限らず、一般的に重要なことだと思っています。
【戸村式 有事の3つの対応原則】
①ダメージを最小限に抑える(ダメージ・コントロール)
②早く復旧・元の状態や信頼性に戻す(リカバリータイムの短縮)
③有事の教訓を大切に、危機に強く人にやさしい経営を進める(再発防止)
災害時や企業不祥事に際して、①被害ダメージや炎上・風評・信頼性低下(レピュテーション・リスク)を最小限に抑え、②早急に元の状態(復旧・事業再開・企業の信頼回復を早くする)に戻し、さらに、③それで終わりではなく今後の更なる危機状態に備え、教訓を活かしてより良い経営を進める(建物なら耐震補強・不祥事なら根本的な再発防止策の着手)ことが重要です。
この3原則は、何も災害・不祥事に限らず、常に意識しておくべきものです。
例えば、職場でダイバーシティ経営上の問題(多様性に起因するハラスメントや職場内不和や人権侵害行為など)が生じた場合、①まず経営への影響や円滑な業務遂行を妨げるダメージを最小限に抑え、②対話・教育・指導を通じて早期に問題の是正と元のスムーズな業務が進められる関係に戻し、③その問題を通じて得られた教訓からダイバーシティ施策の刷新、普及啓発という対応が必要になります。
有事や多様性に起因する対立葛藤を学びと成長の場とする
有事から何を学び、どう活かしていくかが、ダイバーシティ経営でも防災・BCP・危機管理の対応でも、企業が成長していくための重要な要素です。筆者のダイバーシティ経営の指導においては、グループワークやペアワークなどで、人権・法令に配慮しながら本音で話し合い、相手との違いや良さを見出し、お互いにどう働きかけ合っていけば良いかという具体策を検討し、共有して頂いています。
これはコンフリクトを超えて、より良い状態に進むための基本的な3ステップ(①お互いの尊重、②多様性や自己との違いの認識、③違いを超えてどう向き合っていけば良いか問題解決のための対策検討)を踏まえてのことであり、筆者は「本音の対話・検討なくしてダイバーシティ経営なし」と思っています。
職場内不和・ハラスメント・人権侵害などの危機に強く、人にやさしい経営のためには、馴れ合いではなく成果をあげていく上での自己主張・権利主張とプロとしての協調性をもって、多様化する環境や求められる状況に適応していけるかどうかが、真のダイバーシティ経営の成否を握っているのです。
また、筆者なりの造語ですが「防災ダイバーシティ」として、防災・事業継続・危機管理のあり方・対応法も多様化していくべきと考えています。
ダイバーシティ経営は、お金儲けや採用戦略などに限られた場面のみに問われるものではなく、多様に防災面などでもよりその真価が問われるものなのです。
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