「今、会社の将来を考えている。そこで自分の同じ起業家タイプの経営者を育てたい」これは、ある会社の社長とお話をしていたときにその社長から聞いた言葉です。しかし、自分と同じタイプの経営者を育てることはお勧めできません。ドラッカーはこう言っています。
自分の分身をつくってはいけない
「今、会社の将来を考えている。そこで自分の同じ起業家タイプの経営者を育てたい」

 これは、ある会社の社長とお話をしていたときにその社長から聞いた言葉です。しかし、自分と同じタイプの経営者を育てることはお勧めできません。
 ドラッカーはこう言っています。

「経営者に限らず上司は、自分のコピーをつくりたがる。上手くいって一回り小さなコピーが出来上がるだけである。収縮のスパイラル。どだいコピーが本物であるはずもなく、異質性の中から活力が生まれるということを無視してはならない。」(ピーター・ドラッカー『ドラッカー世紀を生きて』)

 人材の育成で押さえておかなければならないことは、「その人をこちらの望む型にはめ込むこと」ではなく、「その人の一番いいところを引き出すこと」です。

上司の評価は部下を育成したかどうかで決まる

 ドラッカーは『ドラッカーの経営哲学』の中で、こんな事例を紹介しています。
 アメリカの通販会社であるシアーズローバック社は1940年には管理職の育成に取り組み始めていました。将来を嘱望されていた2人の社員がおり、1人は売上と利益では大きな成果をあげていましたが、人材を育成することはしていませんでした。もう1人は売上と利益では大きな成果をあげたわけではありませんでしたが、多くの人材を育てました。評価され、昇進したのは、後者の社員でした。売上と利益で大きな成果をあげたわけではありませんでしたが、多くの人材を育てあげた人を同社は選んだのです。当時の社長の考えはこうでした。
「前者の人は今日のための仕事をしているが会社の明日に貢献していない。しかし、後者の人は、会社の明日に貢献していた」
 このときから、シアーズローバック社は、優れた人材が育つようになりました。その2年後、社長が変わりました。それまで人材の育成が重要視されてきましたが。売上げの額だけで評価が行われるようになりました。その結果、誰も人材の育成を重要視しなくなったばかりか、上司は部下の育成に関心を持たなくなりました。手間のかかる部下は、上司にとっては煩わしい存在であることさえありました。経営者へ昇格する基準に人材の育成はまったく考慮されなくなったのです。その結果、シアーズローバック社は、優れた人材が育たなくなりました。
 人材が育つか育たないかは、経営者の姿勢にかかっています。具体的に言えば、組織運営のやり方にかかっています。
 ドラッカーはこう言っています。

「あらゆる経営管理者に対し、人材の育成が仕事の一部であることを認識させなければならない。部下や跡を継ぐ者たちこそ重要な資産であるとすることが、彼ら自身の利益になるようにしなければならない。部下の成長は、育成した者にとって昇進に値する貢献としなければならない。障害となるようなことがあってはならない。」(『企業とは何か』)

 「部下をどれだけ育成したか」を上司の評価基準に加えるだけで、上司の部下育成への関心度合いが大きく変わります。優れた人材を育てるために、上司の評価基準に、部下の育成を加えてください。

正しい権限委譲で部下を活かす

 権限委譲とは、「上司がさらに価値ある仕事を行うために、自分の仕事を部下に移すこと」です。権限委譲は、部下の成長を目的に行ってはいけません。ところが、多くの権限委譲が部下に仕事のやり方を教え、上司が教えた通りに部下に仕事をさせる、というものになっています。
 権限委譲した上司は、自分の教えた通りに部下がちゃんとやっているかどうか気になります。上司は、部下の仕事のやり方から結果まで、何から何まで気になるために、部下の仕事を監視したくなります。事実、部下の仕事のやり方を監視します。そして、言った通り、ちゃんと仕事をしているかどうか、仕事のやり方から結果まで報告させます。
 部下は、叱られないように、上司から言われた通りに仕事をするだけです。これは、権限委譲ではありません。単なる指示命令に過ぎません。権限委譲という方法で部下を育てようと考えながら、実際に行っていることは部下を自分の手足のように使っているだけです。
 権限委譲とは先にお伝えしたように、「部下の成長のために、上司ができることを部下にやらせること」ではありません。「上司がさらに価値ある仕事を行うために、自分の仕事を部下の仕事に移すこと」なのです。あなたが今行っていることは、権限委譲でしょうか、それとも指示命令でしょうか。

指示命令で人は育たない

 指示命令で人は育ちません。また、指示命令で人を動かすことはできません。たしかに、肉体労働が主体の時代は、指示命令で人を動かすことができました。目に見える単純作業は、ちゃんと働いているかどうか監視することができました。しかし、知識労働は、知識や情報を使う仕事です。監視したとしても、実際は何をやっているかわかりませんし、知恵を出せと命令したからといって、ポンと出てくるものではありません。
 知識労働者が成果をあげるためには、今までのやり方を改善したり、もっと良いやり方を見つけ出していかなければなりません。自発性が必要なのです。その自発性は、指示命令によって生まれるものではありません。知識労働者が主体の今日にあっては、指示命令で人を動かそうとしても、うまくいきません。では、どうすればいいのでしょうか。
 ドラッカーはこう言っています。

「知識労働者にとって必要なものは管理ではなく自立性である。知的な能力をもって貢献しようとする者には、大幅な裁量権を与えなければならない。自らが使命とするものを自らの方法で追求することを許さなければならない。ということは、責任と権限を与えなければならないということである。」(ピーター・ドラッカー『P・F・ドラッカー理想企業を求めて』)

 課せられた成果に伴った責任と権限が与えられていなければ、自立性は生まれません。上司の支配下に置かれた仕事ではなく、自分の仕事は自分の判断で働くことができる中でこそ自立性は生まれるのです。成果をあげ、成長してもらうためには、自分の仕事は自分の判断で進めることができるようにしてあげなければならないのです。

責任ある仕事を任せれば人は成長する

 あるIT企業に社長からも部下からも信頼されている優秀なマネジャーがいました。そのマネジャーは、「新人がプロジェクトを運営できるようになるには3年かかる」と言っていました。何年か経った頃、そのマネジャーは子会社の社長になっていました。5名のメンバーとともに新しい事業の立ち上げに日々奮闘していました。子会社とはいえ社長ですから、その会社のことについてはすべて任され、報酬も業績に応じて自分で決めていました。さらに2年が過ぎた頃、彼は「新人の育成は半年あれば十分だ」と言うようになりました。新人の育成に対する考えがすっかり変わっていたのです。
 誰かに説得されて考えを改めたわけではありません。自分に課せられた責任と向き合うことによって、自分で自分の考えを変えたのです。このように、責任ある仕事を任せれば、人は考えを変え、成長していきます。ぜひ、あなたの部下に具体的な責任を与えてあげてください。

突然、責任と権限を与えても失敗する

 「部下に責任と権限と与えましょう」ということをお伝えしてきました。
 しかし、ある日突然、責任と権限を与えることは、自転車に乗ったことのない子どもを練習もさせずに自転車に乗せるのと同じです。いきなり自分の足で自転車をこぎなさいと言われても、すぐに転んでしまいます。自転車に乗ったことのない子どもであれば、はじめのうちは補助輪をつけて背中を押してあげたりするなどして、自転車のこぎ方を覚えるまで見守ってあげなければなりません。
 部下に権限と責任を与えて、仕事を全面的に任せるのもそれと同じことです。権限と責任を持って働いてもらうためには、ある程度練習が必要なのです。たとえ失敗しても大惨事には至らない程度の大きさの責任と権限を持たせ、その責任と権限を少しずつ大きくしていけばよいのです。ぜひ、あなたの部下の責任と権限を少しずつ大きくしてあげていってください。

比べず、焦らず、諦めず

 「成長する人には共通点があります。それは誰かの引立てがある。必ず目をかけてもらっているんです。人間、自分のことを信じ、伸ばそうとしている人がいると、本当に力を発揮します。元気も出ます。人は、こちらが信じれば、必ず答えてくれます」
 こう語るのは、1973年に開業した日本有数のお好み焼きチェーン、千房株式会社創業者中井正嗣社長です。採用に関しては、学歴、過去、学業成績など一切問わず、徹底して人柄を重要視しています。採用した人は「比べず」「焦らず」「諦めず」を信条として接してます。実際、優れた人材の育成に成功し、事業を伸ばしています。ぜひ、社員を引立て、社員に目をかけ、社員を信じ、社員の力を発揮していってください。人はコストではなく資産なのですから。
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