大企業からスタートアップ企業へ転職するという事例も増え、雇用の流動化が始まった現代。経験者採用における受け入れプロセスの重要性も増しています。本連載では、大企業出身者が即戦力として活躍できる環境作りや支援策を解説します。
第3回は、採用直後の離職を防ぎ、カルチャーフィットがスムーズに進むために有効な支援(オンボーディング)のポイントについてです。

第1回から読む▶【1】“スタートアップ企業”へ転職したい大企業出身者が増加!?人材の流動化が進んでいるワケ
【3】早期離職してしまう良くある理由。”はじめの居場所作り”を間違えなければオンボーディングは上手くいく

大企業出身者がスタートアップ企業を早期に退職してしまう2つの理由

採用において最も起きて欲しくないことの一つは、社員の入社後すぐの離職でしょう。入社したご本人のキャリアにも影響を及ぼしますし、採用した会社側も大きな離職コストを抱えることになります。大企業出身者が転職先に馴染めずに退職してしまう最大の理由は「自分の居場所を作れず孤立してしまう」ということが挙げられるでしょう。具体的には以下のような、2つのケースがあると思います。

1.「すぐに結果を出さなければ」と意気込み過ぎて、強権的に振る舞って孤立するケース


「居場所を作ること=結果を出すこと」と思っている人は、早期に結果を出し、早く会社に認めてもらい自分の居場所を確保しよういう考えが強すぎるという場合があります。入社直後から“猪突猛進”で活動してしまい周りが見えていないという状況です。そして、思うように結果が出ない場合、焦りから徐々に強権的な言動が増え、周囲との距離感ができてしまうことがあります。その結果、本人が次第に孤立していき、業務上の悩みを相談する相手もできず、「この会社は向いていなかった」と早々に自己判断して退職を決断してしまうことがあります。

2.「教えてあげよう」という上から目線のスタンスを繰り返した結果、孤立するケース


入社してくる経緯の中で、社長が「ビシビシうちの社員達に指導してやってください」と言ったり、人事責任者や現場責任者が「あなたの経験を我々に教えてください」などと言ったりする「入社していただく人への敬意」を100%真に受けてしまう方が中にはいます。
「私の知見を授けてあげよう」というスタンスで入社し、初日から「この会社はセキュリティ管理がなっていない」「こんなルールすらこの会社にはないのですか」など、上から目線のダメ出しを始めてしまう人がいます。
一方で、受け入れる社員側は「対等」な関係で迎え入れる心づもりをしていましたから、「何なんだ、あの人は?」と違和感を覚えます。協調関係が作れないまま、その態度がエスカレートしていくと、結果として煙たがられて孤立していきます。居心地の悪さに気がついて、途中で軌道修正ができれば良いのですが、中には「入社前と聞いていた話が違う」と会社との信頼関係が崩れて退社されていきます。

「結果を出すこと」以外にも「居場所作り」の方法はある

これらの2つの話で共通しているのは「やる気があったからこその末路」ということです。やる気のない人であれば、逆にこのようなことは起こりません。やる気があり、会社をより良い方向へ変えてくれる力がある人だからこそ、その力の出方が間違った方向に強く出てしまうのです。

会社の雰囲気や空気を変える力がある人は、同時に会社の雰囲気や空気を破壊できる力がある人でもあります。人事としては、様子を見て「コミュニケーションや環境適応」に苦労されている様子があれば、早期に本人と認識をすり合わせる必要があります。方向性を微調整するサポートができれば状況を変化させることもできるでしょう。

実力のある人ほど「とにかく結果を出して自分の居場所をまず確保しなければ」という思考が強いものですが、それ以外にも居場所作りの方法はあります。

居場所作りの方法

1.周囲が納得する結果を出すこと
2.周囲との関係性を築くこと
3.定例的な作業があること


「1.周囲が納得する結果を出すこと」に関しては、その人がいくら努力をしても、結果が比例しない場合もあります。実力を証明することで居場所を作ろうとすると、前述したような離職リスクが起こりやすくなります。居場所というのは、周囲が「そこにぜひ居てください」「居たかったらそこに居ていいですよ」と認められることで「自分の居場所」が決まるものでもあります。

そう考えると、「2.周囲との関係性を築くこと」のように、特別に大きな結果を出さなくても「初めまして。ちょっとここに居させていただいてもいいですか」、「あ、どうぞ、どうぞ。こちらこそよろしくお願いします」という関係性で居場所は確保できるはずなのです。それがご自身で上手くできる人は良いのですが、人事担当者から見ていてそのようなコミュニケーションが不得手な人であれば、「まだ入社されたばかりなので、まずは周囲との関係性を構築して頂いてから結果を出すことに集中していただいても問題ないと思いますよ」とサポートしていただくと良いと思います。

その中でも私がお勧めするのは、「3.定例的な作業があること」です。この「作業」は、周囲との関係づくりの布石として予め用意しておくと良いと思います。

「作業の精度の高さ」こそ、大企業で得た知見・ノウハウをスタートアップ企業で活かせる

大企業出身者の中には、手を動かす「作業」よりも議論やアドバイスをするなど、口を動かすことが「仕事の役割」のメインの役割になる人もいらっしゃるでしょう。その場合、「口」から発せられた言葉が、ことごとく社内から同意を得られないまま、ご本人のペースが乱れてしまうことがあるのをよく見てきました。

意見が通らなかったり、話が噛み合わなかったりすると徐々に仕事上の会話が減っていきます。すると「自分は何のために今日出社してここに居るのだろう」と本人は思いますし、周囲からも「あの人は今日一日何をやっていたのだろう」と見られたりして、離職につながっていきます。

どのような人でも新しい職場に慣れるまでには一定期間かかります。そのため、慣れるまでの居場所確保の「つなぎ」として、例え役員レベルなどの上席者の採用であっても「作業的な要素を持つ仕事」を幾つか、意図的に業務に組み込んでいただくことをお勧めします。周囲との関係構築が進まない間も、その作業を行っている間は「居場所」が確保できます。作業としての仕事を進めながら、心理的に落ち着いて職場環境に慣れた後に「本来の得意分野の仕事」で結果を出していただく、という流れも一案です。

大企業出身者の得意なことの一つに資料作成があります。彼らに資料作成をお願いすると、ほとんどの人が大変見栄えのする美しい資料を作ります。それはなぜかというと、資料作成の勉強ができる時間が勤務時間中にあるのが大企業だからです。逆にスタートアップ企業の場合、未整備な環境を整備するなど、日常業務以外にも日々やることが多すぎて資料作成を見栄え良くするという作業の優先順位は下位に沈みます。そのため資料も、最低限体裁を整えた資料であることが多いのです。

大企業出身者の方に投資家などに提出する資料を、担当者が一式作成した後、より見栄えがするようにアレンジしていただくなどの作業をしていただけるだけでも、会社としては非常に助かります。その資料のおかげで投資家から見ても魅力的な会社に映りますし、ご本人にも「当面の居場所」が確保でき、余裕を持った状態で本来の業務に取り組むことができます。そして周囲とも「作業」を通して自然にコミュニケーションが取れ、職場環境に馴れていくことができると思います。入社する人の得意なものを見出し、それを活かして「その人に合った居場所作り」を提案、サポートすることができるのも人事担当者の仕事の一つです。
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