従業員が一定数以上の企業は、障がい者を雇うことが法律で義務付けられています。現在の法定障害者雇用率は2.3%ですが、これを達成できている企業は48.3%と、半数に届きません。定められた雇用率を達成できない企業が多い中、さらに今後の障害者雇用率の引き上げ(令和6年度に2.5%、令和8年度に2.7%)が発表され、障がい者雇用の取り組みについて頭を抱える企業も少なくありません。このような中で、本業と直接関係のない農園などでの就労による障がい者雇用を支援する「障がい者雇用ビジネス」が増えています。後編では、企業が障がい者雇用に関して抱える課題や、企業にとっての障がい者雇用ビジネスのメリット、デメリットについて考えます。
「障がい者雇用ビジネス」とは? 企業にとってのメリットは何か【後編】

企業が障がい者雇用に関して抱える課題の原因とは?

前編では、障がい者雇用サービスを活用している企業が約1,000社あることや、「障がい者雇用ビジネス」に賛否両論がある理由、そしてそれぞれのステークホルダーの考え方を見てきました。いろいろな意見がある中で、それでも企業が活用している理由はどのような点にあるのでしょうか。

障がい者雇用に取り組む企業では、障がい者に任せる業務の創出や、それに関わる雇用管理で悩んでいることが多くあります。この要因の一つとしては、障がい者雇用は「配慮が必要」ということが、あまりにも強調されすぎてきたことに原因があると考えています。

本来、雇用においては事業者側が求める業務や役割があり、それに合わせて人材を採用していくものです。しかし、障がい者雇用の中では、人材を採用してから、業務の進め方や内容を障がい者に合わせていくことが求められる場合も少なくありません。結果的に、企業側は無難な業務を創出することになり、それでも適応できない障がい者の雇用管理に振り回されてしまうという悪循環に陥ることもあります。また、障がい者雇用では、法定雇用率を達成しなければならないという側面があり、一般の採用、雇用にはない要素も関係しています。

一方で、障がい者に任せる業務の創出で悩んでいる企業に対し示される事例は、障がい者雇用の定番ともいえる事務補助的な業務や清掃、軽作業的なものがほとんどで、20年前からほとんど変化がみられません。リアルな職場を見ると、ITやAIの進歩による様々な機器やツールの導入、ペーパーレス化、働き方の変化などで、仕事のスタイルが大きく変わってきていますが、それに適した障がい者雇用の事例はまだ少ないのが現状です(実際の企業の雇用事例を見ると、素晴らしい取り組みをしている事例もあります)。

このような現状の中で、障がい者雇用の法定雇用率が上がり、達成しなければならないとすると、「障がい者雇用ビジネス」を活用して障がい者雇用に取り組もうとする企業がでてくるのも、不思議ではないでしょう。

「障がい者雇用ビジネス」を活用することのメリットとデメリット

とは言いつつ、「障がい者雇用ビジネス」を活用することは、雇用する企業にとってプラスになるのでしょうか。農園系ビジネスを見ると、雇用する障がい者の給料はもちろんですが、多くの場合はその他に農園の賃貸料、管理費等が固定費としてかかることになります。また、私が今まで情報収集してきた限りでは、生産された農産物からペイできる可能性を感じたことはありませんでした。さらに障がい者のスキルアップなども、場所や人材の制約があり難しいだろうと感じます。つまり、一度スタートすると、障がい者雇用がコストとしてかかり続けることになります。

しかし、障がい者雇用を組織の中でどのような位置づけとするのかによって、少し視点を変えてみると違った面が見えてきます。障がい者雇用は、「障がい者を雇用する」ことだけに注目されがちですが、障がい者を雇用することによって、組織が大きく変化することは少なくありません。

例えば、今いる社員にさらにステップアップしてもらいたいと考えるのであれば、新たな業務を任せるために、その社員が担当している業務を他の社員に引き継ぐ必要があるでしょう。その業務の後任として、障がい者に担当してもらうことができるかもしれません。中小企業では、人材の採用頻度は、それほど高くないことも多いです。本来であれば、マネジメントを担ってもらう人材なのに、後輩や部下がいないためにマネジメント経験を積めていないという場合もあるでしょう。そこで、障がい者雇用のマネジメントを担ってもらうことで、社員のマネジメント能力を高める機会になることもあります。

このように、組織で障がい者雇用のポジショニングを捉え直すことで、社員が今よりも活躍できる体制づくりに繋がったり、社員一人ひとりが自分の役割を認識するきっかけとなったり、会社の活性化・組織風土の変革に役立ったという声も聞かれます。

また、障がい者当事者も、はじめは補助的、サポート的な業務を担っているかもしれませんが、スキルや経験値は上がっていきます。苦手な特性があっても、それをカバーできる仕組みを作ることで、クオリティをあげたり、キャリアアップしていくことができます。このような障がい者雇用は、「コスト」ではなく「投資」になっていきます。もちろん、障がい者雇用を「投資」にするためには、組織としての障がい者雇用の方針を明確に持つことや、障がい者と一緒に働く社員の理解が必要になります。

最近、持続的な企業価値の向上に向けて、経営戦略と人材戦略を連動させる「人的資本経営」に取り組む企業が増えています。障がい者雇用もこのような考え方から捉え直すと、違ったアプローチや取り組みが見えてきます。しかし、農園での障がい者雇用において、このように投資や資産になりうる人材育成および活用を行うことは難しいと考えます。

一方で、企業が障がい者雇用に取り組むことは必要ですが、企業経営の中からみたら、優先順位はそれほど高いものではない場合もあります。今後の経営計画や事業内容、マンパワーなどを考えると、「今、障がい者雇用に取り組むのは難しい」という状況もあるかもしれません。さらに、障がい者雇用の未達成企業には、ハローワークや労働局から障害者雇用率達成指導や障害者雇用雇入計画作成命令、ひいては企業名公表が行われることもあります。状況によっては、このような代行サービスを活用することが適切なケースもあるでしょう。

障がい者代行ビジネスを活用することのメリット、デメリットについてまとめると、次のような点があります。

【メリット】
・目下、障害者雇用率を達成することができる
・障害者雇入れ計画書の作成や企業名公表を回避できる
・障がい者雇用以外の取り組むべき課題に集中できる
・障がい者雇用に必要なマンパワー不足に対処できる

【デメリット】
・実質的な「雇用」とは言い難い仕事内容もある
・障がい者雇用に対するコストが継続的にかかる
・外部に依存した障がい者雇用で、社内のリスク管理がしにくい
・障がい者雇用、障がい者の人材育成や将来的な投資になりにくい

もちろん、企業の状況はさまざまで、どのように法定雇用率を達成するかという方法を選ぶのは企業です。しかし、将来的に法定雇用率が上がり続けていく中で、障がい者雇用ビジネスのサービスを利用し続けることが企業にとって得策なのか、考えていく必要はあると思います。

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