(1) 人的資本開示は、一義的には「経営状況の開示」、すなわちIRに関することなので、社内のIR担当(多くは、財務部門、あるいは企画部門)と連絡を密に取って、対応について、プロジェクトチームの発足等、社内横断的な対応組織(チーム)を作ること。そして、そのチームには必ず企画部門等、経営戦略を司る部署を入れること
だと思われます。開示の直接的なフィールドは、有価証券報告書であって、従前より国や取引所の方針の変更によって、開示方法について対応してきたIR部門が開示そのものの対応部門になるからです。
そもそも、有価証券報告書と言うものは、企業の所有者であり、取締役に経営の執行を委任している株主に対して、経営の状況、今後について適切に情報の開示を行う、言わば、株主と会社の「コミュニケーションツール」と言うことができます。
根拠法である「金商法」を始めとする様々なルールによって作られるのが有価証券報告書なわけですが、企業の「オーナー」(現在あるいは将来の)に対する報告であり、企業にとっては株価水準、そして今後の資金調達を左右するものであるだけに、適切な開示が求められることは明らかです。
したがって、人的資本については、企業が成長していくために適切に運営されていることを投資家に理解してもらう内容でないといけないことになります。
上記(1)では、「必ず企画部門等、経営を司る部署を入れる」と記しましたが、当然株主から経営を委任されている取締役会のコミットメントも必須となります。
企業の成長にコミットするHR戦略になっているか
(2) 経営戦略を有効に実行し会社を成長させて行けるHR、すなわち「戦略人事」が機能していることをどうやって示すかを企画担当、経営者と共に整理することHR部門がやるべき2つ目が、上記の(2)です。
「この会社が企業価値の向上を果たせるのか?」というのが、投資家の有価証券報告書を見る場合の基本姿勢です。それだけに、今回の人的資本開示についても、人事について会社がきちんと人的資本という資本に投資を行っていて、その結果が企業価値の向上に結び付くことを、経営者自身が経営戦略と整合性のある形(今回の「人的資本開示」を巡る政府の検討では「ストーリー」あるいは、より説得力のある「ナラティブ」という表現が使われています)で示す必要があります。
筆者の感触では、上場企業の場合、一応経営戦略と人財戦略を整合的に書くことは出来るのだろうと思います。
しかしながら、投資家と言うものはシビアなものです。筆者自身、現在は人財育成を始めとするコンサルティングを行っていますが、証券アナリスト資格を所持し、かつては1,000億円を超える資金を運用するファンドマネジャーでもありました。
ですから、単に、人財育成のために、職位別に「このような研修体系を構築していて、人財育成には注力しています」と書いても、
・会社は成長しているのか? 特に、同業他社(グローバルな比較も重要)の成長に比べ遜色ないのか?
・成長しているなら(いないなら)、その原因は何か? HRとの関連ではどうなのか?
・戦略人事が上手くいっているなら、それをさらにどう改善していくのか?(上手くいっていないなら、何が原因で、どう改善していくのか?)
と言ったことを厳しく問いたくなります。
要するに、開示云々を離れて、現在のHRの制度が、企業の成長に資するものとなっているのか? 経営戦略を実行していく人財をどう確保・育成していくのか?と言う根本的な問いに立ち返り、現在のHRのあり方を根っこから見直すこと。そして、不十分な点を具体的に変えていく勇気をもつこと。それらが大事なのです。
前回、「HR3.0」と呼んだ「HR担当者がこれまでやりたくてもやれなかった抜本的な改革」を今こそ実行する日が来たのです。
上記で記載した「(2)」が本質的な目的(企業価値の向上)に資する対応だとすれば、「(1)」は、アクションについての「初めの一歩」となります。
(3) 内閣府が発表した「人的資本可視化指針」に続く、具体的な政府/取引所の方針についての情報収集に努め、世間、社外の動向についてアンテナを高く張り自社の対応策の参考にすること
(4) 具体的な開示データなどについて、「(3)」を踏まえ、着々と整備していくこと
それに次ぐ上記の、「(3)」と「(4)」は、「(2)」の目的を実際の開示という「手段」に落し込むために必要な手順です。
そもそも、この「人的資本開示」と言うものは、簡単には定型化できない「企業経営」に関するものなので、「開示」についても企業の裁量の余地は大きいと言って良いでしょう。正しい開示なのかどうかは、投資家を始めとするステークホルダーの評価、突き詰めれば株価に反映されるものです。
実体の伴わない美辞麗句や会社にとって都合の良い「開示」ではなく、成長にコミットするような、より良いHR戦略≒戦略人事をこの「開示」を契機として構築していく姿勢が、今HR部門には求められているのです。
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