かつては毎年新人が入社してくるため,常時育成という意識が働き,(機能的であったかどうかはともかく)後輩や部下を育てるという意識づけと習慣はできていたと考えられます。しかし,バブル経済が崩壊し,人員削減や採用の抑制が2000年代後半まで続きました。そうすると部下や後輩を育成するという意識が薄れ,その余裕もなくなってきました。
今後,団塊世代が企業を去っていくにつれ,新入社員の採用は増加すると考えられますが,一方,新入社員や若手を育てる人材および仕組みを欠く組織も増えてきます。そこで,今回は新入社員を企業に定着させ,育成させていくために必要な注目すべき制度の一つ「メンター制度」について規定化を検討します。この制度をあえて規定化する意味は,“会社全体の経営課題として重要なテーマである”と,社内に認識してもらうことにあります。
※メンターとはギリシャ時代に王の助言者や王子の師を務めた賢者メントールが語源。米国で1980年代に大企業の多くの経営者がメンター(経営者に対し,助言・支援等を与える相談役)を活用した。
※ここでは「メンター=世話する人」「メンティ=世話される人」と定義する。
■検討内容
・取り組みの位置づけ単に人事部や部門単位での取り組みではなく,経営課題として全社的に推進していく課題であるとの位置づけが重要です。そのためにも以下の検討事項は,人事部や経営戦略部門が素案を作った上で経営陣と協議検討して,部門のプロジェクトに移し,具体的施策を決定していくことが重要です。
(1)定義
まず,メンター制度の定義を明確にします。“誰が誰に何をする制度であるのか”です。
(2)目的や役割
企業が考えるメンター制度の目的について明記します。ここが不明確だと,メンターの心構えややる気を喚起できず,形式だけのものになってしまいます。
目的の例としては,①企業の持続的発展のための人材育成風土の醸成,②人材流出・企業ノウハウの流出防止,③仕事に対するモチベーションの高揚やコミュニケーションの向上,などがあります。また,メンターの役割としては,①人間的な成長をサポート,②OJT指導,③自立支援,④メンタルケア等の相談者,⑤プライベート面での相談者,などが挙げられます。
(3)任命の方法
メンターの要件について定めます。特に新入社員にとって最初に接する先輩社員は,その後の人生を左右するほどの大きな影響力を持っています。従って,現場だけでなく,人事部等も参画し,慎重に選定します。そのためにも企業としての考え方を明確に打ち出す必要があります。年齢や経験年数などはその企業がメンター制度で何を実現したいかによって変わってきます。OJTをメインにするのか,人間的成長なのか,環境に慣れてもらうためか,よき相談者としての役割を期待するのかなど,重点の置き方で変わってきます。
・メンターの責務
任命されたメンターにどんな責任があるのかについて認識を高めるためにも記載が必要です。メンターは通常業務を抱えたうえでメンターとしての役割も担います。ややもすると“余分な業務”と軽視しがちになりますので,業務上必要なメンター制度であることを強調します。ここで重要なのが上司のメンターに対する認識です。メンター制度への理解とメンターへの配慮やサポートが常にできるようにしておかねばなりません。また,メンター制度と同時にメンターの評価のあり方についても検討が必要でしょう。
・メンター制度の実施期間
メンタリングの期間は様々です。短いところで3ヵ月から6ヵ月,長いところで3 年ということもありえます。また,短期間で,次々とメンターを変えていくというやり方もあります。メンターとメンティの相性の問題を考慮して,いろいろな組み合わせを体験させるという考え方です。
・メンタリング活動
メンターが行う活動の最低限の決まりについて明記します。メンターの成長を考慮すると,裁量に任せるのが有効ですが,ある程度の基本的な取り決めはあったほうがいいでしょう。
・メンター研修
メンター制度を実施するにはメンターに心構えや基礎知識,OJTの基本など必要な情報とスキルを身につけてもらうことが必要です。我流では危険ですので,メンター研修は必ず実行します。社内講師でも可能ですが,メンター制度の概要や取り組みの基本については外部講師に依頼したほうが説得力があります。さらにメンティに対しても研修を施すことができればさらに効果的です。
・メンター制度マニュアル
研修で学んでも忘れてしまうことも多くありますので,定めた内容や使用ツールをまとめてマニュアル化します。メンターだけでなく,会社全体で共有できるマニュアルを整備しましょう。
メンター制度規定
第1 条(総則)この規定は,新入社員人材育成策であるメンター制度について定める。
第2 条(定義)
この規定において,「メンター制度」とは,先輩社員が指導者となって新入社員を指導・育成し,業務や組織へのスムーズな導入と定着を図る制度をいう。
第3 条(目的)
メンター制度実施の目的は,以下に定めるように人材育成風土を定着させることとする。①メンティ(※新入社員)の早期戦力化と自立化を図ること
②職場のコミュニケーションを活発にし,モチベーションを高めること
③メンティの成長とともにメンター(※世話する人)のさらなる成長を促進させること
第4 条(メンターの役目)
メンターの役目は次の通りとする。
①メンティの日常業務習得や知識スキルアップの支援
②メンティが職場の人間関係を円滑に行えることを支援
③メンティの積極的な自立を支援
④メンティのメンタル面での相談の窓口など
第5 条(任命条件)
会社は,メンティを配属する職場の社員の中から,部門の推薦をもとに協議し,次の条件に該当する者をメンターに任命する。
①健康でありポジティブであること
②明るく人柄がよく面倒見が良いこと
③規律性や責任感に優れていること
④業務に習熟していること(この要素はメンターが自部門か否かで基準を変える)
⑤年齢30歳前後もしくは勤続7 ~ 8 年程度(年齢26歳前後もしくは勤続3 年程度)
第6 条(メンターの責務)
メンターは,自らの使命と責任をよく認識し,誠実にメンターとしての役目を果たさなければならない。
第7 条(実施期間・任期)
メンタリングの期間は,原則として入社後○月○日までの○年間(○ヵ月間)とする。メンティの育成状況により延長することがある。
第8 条(メンタリング活動)
メンターは,メンター制度マニュアルを参考に,メンティとの日常の様々なコミュニケーション手段を通して第4 条に定める役目を遂行する。
2 メンターは少なくとも1 週間に1 度はメンティと面談するとともに,メンタリングの実施状況を毎週メンター活動報告書に記入し,所属長に提出する。
第9 条(メンターサポート)
人事部やメンターの上司は月に1 度メンターと面談を実施し相談に乗りアドバイス等を行い,メンターの日常の活動をサポートする。
第10条(メンター研修)
会社は,メンター制度の効果を高めるために,メンターを対象として研修会を実施する。2 メンターに任命された者は必ずメンター研修を受講しなければならない。
第11条(メンター制度マニュアル)
メンター制度の運用を適切に図るためにメンター制度マニュアルを整備する。社員はこ
のメンター制度マニュアルを理解し,制度運用を円滑に実行するものとする。
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