雇用保険マルチジョブホルダー制度の加入条件とは
従来の雇用保険は、週所定労働時間20時間以上、31日以上の雇用見込みといった条件を単体の事業所で満たす場合に適用され、かつ1つの事業者でのみ加入が可能なものであった。2022年1月からは、2020年の雇用保険法の改正により65歳以上の労働者に限り、2つの事業所の労働時間を合算して条件を満たせば雇用保険に加入できるようになった。この制度は「雇用保険マルチジョブホルダー制度」といい、被保険者のことを「マルチ高年齢被保険者」と呼ぶ。具体的な加入条件は以下の通りである。・2つの事業所(1つの事業所における1週間の所定労働時間が5時間以上20時間未満)の労働時間を合計して1週間の所定労働時間が20時間以上であること
・2つの事業所のそれぞれの雇用見込みが31日以上であること
「マルチ」と言っても3つ以上の事業所に雇用される場合、合算できるのは2つの事業所の労働時間のみで、3つ以上の中から2つを選択して加入手続きをすることになる。
マルチ高年齢被保険者が失業した場合、離職日以前の1年間に被保険者期間が通算して6ヵ月以上あることなどの条件を満たせば、高年齢求職者給付金(いわゆる失業手当)が支給される。待機期間や給付制限は高年齢被保険者と同じである。なお、別途条件はあるが、2つの事業所のうち1つの事業所のみを離職した場合でも受給できる点は興味深い。給付金は原則、離職日以前の6ヵ月間に支払われた賃金の合計を、180で割って算出した金額の約5~8割が支給される。パートで働くシニアの方々にとってはありがたい制度といえる。
また、条件を満たせば、育児休業給付・介護休業給付・教育訓練給付などの給付を受けることができる。育児休業給付の活用頻度は低いかもしれないが、配偶者など家族の介護が必要な人やスキルアップをしたい人には魅力的だろう。
なお、手続きは労働者自ら、労働者の住居所を管轄するハローワークで行う必要がある。これは行政や事業所が労働時間を把握することに限界があるのが背景にあるが、制度の浸透という点からするとネガティブな要素となろう。通常の雇用保険の被保険者のように強制加入とはならず、労働者側の任意による制度なのである。
実際に雇用保険の適用を受けるには、雇用の事実や所定労働時間の情報など、手続きに必要となる証明書類の作成といった事業主の協力が必要となる。事業主にとっては手続きが面倒で、保険料を支払うのに抵抗が生まれ、取得の申出を拒否したくなる恐れがある。そこで厚生労働省は事業主に対し「事業主の協力が得られない場合は、ハローワークから事業主に確認が入る」、「申出を理由に解雇や雇止め、労働条件の不利益変更など、不利益な取扱いを行うことは法律上禁じられている」と注意喚起している。
人事に関わる皆さんは対応が必要であることをご認識いただきたい。
今後は「マルチジョブホルダー制度」の適用範囲拡大の可能性も
雇用保険マルチジョブホルダー制度は65歳以上の労働者が対象である。よって対象は必然的に高年齢被保険者である。自社には再雇用者はいても65歳以上の労働者でかつ副業・兼業をしている社員はいないので関係がないと思われる人事の方もいるだろう。ここで意識いただきたいのは、本制度で年齢が限定されているのは、まずは65歳以上の労働者を対象にその効果を検証する目的があるからだということである。
2021年4月の改正高年齢者雇用安定法の施行により70歳までの就業確保措置をとることが努力義務となった。マルチジョブホルダー制度は、こうした働く高齢者を支えるための受け皿を、社会全体で増やす動きに呼応した制度といえる。
一方で、これまで労働政策審議会(職業安定分科会雇用保険部会)での検討や働き方改革実行計画の策定、また「複数の事業所で雇用される者に対する雇用保険の適用に関する検討会」などを通じ、副業・兼業を行うマルチジョブホルダーに関する議論がなされている。そこでは、65歳以上に限定した議論はされておらず、あくまで労働者全体に対する検討であった。
今回のような、複数の事業所で働く労働者を対象にした社会保険制度の改正は、2020年9月の労働者災害補償保険法に続く動きといえる。この改正により、休業をした場合、全ての勤務先の賃金額を合算した額を基礎に給付額などが決定されることになったが、この対象も65歳以上に限ったものではなく、労働者全体である。
65歳以上を対象とした雇用保険マルチジョブホルダー制度はあくまで効果検証の意味あいがあり、今後制度の適用範囲が拡大する可能性がある。自社に現時点では、制度の対象者がいなかったとしても、今後の法改正にはぜひ注目していただきたい。
そもそもの「副業・兼業」促進の流れとは
そもそも「副業・兼業」は、2017年3月公表の働き方改革実行計画で示された「柔軟な働き方がしやすい環境整備」の具体策として例示された背景がある。これにより、厚生労働省が公表しているモデル就業規則は2018年1月の改訂以降、副業・兼業については原則禁止から原則容認の文言に変わった。同じ月には、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」がまとめられ、Q&Aも公表された(いずれも2020年9月に改定済み)。ちなみに、以前から副業・兼業を禁止する会社は多かったが、判例上は、働き方改革の前から一貫して副業・兼業は原則労働者の自由であり、禁止できるのはあくまで例外であった。そのため巷で聞かれる副業・兼業の“解禁”という言葉はあまり適切とはいえない。
働き方改革実行計画が公表された2017年当時はそれほど注目されたとはいえなかった副業・兼業であるが、コロナ禍で働き方の見直しが進む中、企業側、労働者側から共に脚光を浴びている。
副業・兼業をうまく活用している会社も出てきている。これまで社内で確保できないような多様なスキルや経験、人脈などを持った人材を獲得できたり、働く人のニーズに応える施策として積極的にアピールし、人材の採用・定着に上手く活用したりしている。こうした企業は、政府の働き方改革の流れに沿って仕方なく実施するのではなく、人材戦略の一環として取り組んでいる。
翻(ひるがえ)って、今回の雇用保険マルチジョブホルダー制度は、前述のとおり労働者の申出により適用されるのだが、だからといって申告がきて初めて対応するのでは、後手に回りすぎている。会社として、働きやすく働きがいのある職場づくりを目指す姿勢を示すためにも、少なくとも対象者がいるのであれば、人事部門は雇用保険マルチジョブホルダー制度を積極的に告知し、活用を促すくらいであってほしい。
同時に「副業・兼業規定」などルールを定めておくことが求められる。そもそも禁止している場合はもちろん、申告時・申告後の面倒な手間を考え、会社に言わずに副業・兼業を行っているケースは多い。きちんと会社としてのスタンスと共に具体的な手続きを示しておくことが大切である。なお、会社として副業・兼業を一気に認めることに対し抵抗がある場合は、雇用保険マルチジョブホルダー制度の対象である65歳以上に限定し始めると良いだろう。あるいは自営やフリーランス、ギグワーカーによる業務委託契約のような副業・兼業スタイルから適用し様子を見てみてはいかがだろうか。
今回は、雇用保険マルチジョブホルダー制度の概要を説明し、その背景にある働き方改革の一環としての「副業・兼業」について触れた。次回以降は「人材戦略としての副業・兼業」と題して、副業・兼業に関する事例から人事部門として取り組むべき事項を考えていきたい。
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