前回の記事(※)では、前編として「副業・兼業」の捉え方、個人や組織の視点から考えるメリットなどについて触れた。今回は後編として、「副業・兼業」のリスク管理、推進するうえでのポイントなどを確認し、人事部門が担うべき役割を考えていく。
4つの視点から考える「副業・兼業」のメリットとその事例とは
ガイドラインや裁判例が示す「副業・兼業」のリスク管理と企業が推進するうえでの4つのポイントとは

おさえておきたい「副業・兼業」に関する4つのリスク管理

後編では、まず裁判例を基に企業が直面する可能性のあるトラブルを確認し、リスク管理について考えたい。

(1)「副業・兼業」は原則として禁止又は制限することはできない

アルバイト許可申請を不許可にされて争われた「マンナ運輸事件」(京都地判平成24年7月13日)では、不許可の理由がなく、不法行為に基づく損害賠償請求が一部認容された。労働者は、労働契約で定められた就業時間にのみ労務に服するのが原則で、就業時間外は本来労働者の自由な時間であり、就業規則で「副業・兼業」を全面的に禁止することは、特別な場合を除き、許されないことが確認された。

(2)許可制とすることはできる

事務職員が就業時間外にキャバレーで毎日6時間無断就労し解雇された事案「小川建設事件」(東京地決昭和57年11月19日)では、解雇が有効とされた。「副業・兼業」を全面的に禁止することは認められないが、会社に対する労務提供に支障が生じることや、会社の対外的信用や体面を傷つける可能性があることは、就業規則に制限を設け、許可制とすることが肯定された。

(3)競業避止や秘密保持に関する誓約を求める

同業他社での副業・兼業や、副業・兼業を通じた業務上の秘密漏洩は大問題である。競業他社の取締役に就任した「橋元運輸事件」(名古屋地判昭和47年4月28日)や、同業会社を経営した「ナショナルシューズ事件」(東京地判平成2年3月23日)、副業・兼業ではないが機密情報を複製・配布した「古河鉱業足尾製作所事件」(東京高判昭和55年2月18日)などでは懲戒事由に該当すると判断された。入社時に誓約書を締結することは多いが、副業・兼業の禁止事項を定め、事前にチェックするべきであろう。

(4)安全配慮義務を負うことになる

2020年に改定された「副業・兼業の促進に関するガイドライン(※)」では、自社と副業・兼業先での労働負荷どちらに対しても安全配慮義務を負うことが示された。実際は、明確な裁判例はなく、法的根拠も不明確と言われる。企業としては労働時間などを定期的に自己申告させ、適切に管理することがリスク管理上、重要となる。
厚生労働省:副業・兼業の促進に関するガイドライン

「副業・兼業」を推進するうえでの4つのポイント

これらのリスクヘッジをしたうえで、「副業・兼業」を有効に活用するためのポイントを整理する。

【1】規程の整備

まずは就業規則などを見直すことから始めてみよう。副業・兼業に関する条文を整え、原則認めることとする他、厚生労働省のモデル就業規則にある以下の禁止又は制限の要件を記載する。

(1)労務提供上の支障がある場合
(2)企業秘密が漏洩する場合
(3)会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
(4)競業により、企業の利益を害する場合


副業・兼業の事前申請・許可制度、定期的な申告、許可の取消や制限についても定める。事前申請時の情報収集は、労働時間管理や健康管理、労災事故対応などへの対処としても重要である。

また、規程類の整備だけでなく、副業・兼業を認める雰囲気づくりも大切だ。企業姿勢を明確に示すと共に、フレックスタイム制などの柔軟な労働時間制度やテレワークの推進によって、副業・兼業を行いやすい環境を整備するのも良いだろう。申告せずに副業・兼業を行う「伏業」も多い中、企業の安全配慮義務に対応する環境整備は進めておきたい。

【2】労働時間管理

自社と副業・兼業先の労働時間は通算する必要がある。労働基準法36条6項に定める「時間外労働と休日労働の合計で単月100時間未満」と「複数月平均80時間以内」の要件にも対応しなければならない。副業・兼業の促進に関するガイドラインには通常の通算方法の他、運用負荷を軽減するための「管理モデル」が示されている。事前に各社の労働時間に上限枠を設け、各社が上限枠の範囲内で労働させるもので、ANAやJTB、東京海上日動火災保険などが既に導入している。

ただ、各社が互いの労働時間を確認し合うのは現実的でなく、短時間労働者は別として、多くの場合、副業・兼業先で時間外の割増賃金の支払いが必要となる。管理モデルの場合も同様で、あえて割増賃金を支払って雇用するとは考えにくく、グレーな部分が残る。

なお、労働時間規制が適用されない場合は通算の必要はない。業務委託型の自営やフリーランスの他、他社の管理監督者や高度プロフェッショナル適用者などは通算しない。雇用型の副業・兼業を認めていない企業が多いのもこの辺りが要因である。ただし、定期的に労働時間を把握し、長時間労働を防止することは求めたい。

【3】健康管理

「副業・兼業」を行うと業務量や労働時間が過重になりやすく、健康管理が求められる。定期的に経過報告を従業員に求め、必要に応じ副業・兼業の停止や中止を要請する企業もある。また、現時点では、長時間労働者に対する面接指導などの健康確保措置の対象者を選定するうえで、副業・兼業先の労働時間を通算することは求められていない。リスク管理を高めるうえでは、必要に応じ、法律を超える健康確保措置の実施を検討するのも良いだろう。

健康管理をうまく生かしている企業もある。働き方改革に積極的なある企業では、副業・兼業を認める条件を「自社での年間実労働時間が1,900時間未満」かつ「自社での時間外労働の月平均が15時間以下」とし、副業・兼業を行いたい人が効率的に働く動機付けになっている。また、自社の時間外労働と副業・兼業先の労働時間の合計を月45時間以内と定めているのだ。

健康管理のルールにはその他、「月30時間以内と定める」、「10時間の勤務間インターバルを確保する」、「深夜勤務は禁止する」、「週に1日は休日を取る」などがある。

【4】労働・社会保険の取り扱い

「副業・兼業」する社員に労災事故が起きた場合、従来は事故が起きた会社の賃金額だけで保険給付額が算定されたが、2020年の法改正後は、自社と副業・兼業先両方の賃金額を合算し保険給付額が算定される。

雇用保険に関しては、労働時間は通算せず、個々の会社ごとで加入要件を判断する。ただし、初回の記事で触れた通り、2022年1月から65歳以上の社員は申し出ベースで、複数の会社の労働時間を合算して加入要件を判断する「マルチジョブホルダー制度」が始まった。

健康保険・厚生年金の加入要件では、副業・兼業先と労働時間を通算する必要はなく、個々の会社ごとで判断する。なお、複数の会社で健康保険・厚生年金の加入要件を満たす場合は、事業所管轄の年金事務所および医療保険者を選択する必要があり、両社の報酬額を合算して標準報酬月額と保険料を決定し、保険料は各社に按分される。

自社で「副業人材」を確保する場合

ここまで、自社の社員が副業・兼業をする場合について述べてきた。一方で、優秀な人材の獲得などを目的に、副業人材を受け入れることもあるだろう。もし業務委託で対応する場合は、2021年3月に策定された「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(※)」を確認いただきたい。独占禁止法や下請法の他、労働関係法令の適用関係が明らかにされ、労働者性の判断も明確になっている。
経済産業省:「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」

次回は、「人材戦略としての副業・兼業」をシニア活用に絞って言及したい。
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