企業の災害対策が必要な理由
平成23年に発生した東日本大震災、同28年に発生した熊本地震、同30年6月28日から発生した台風第7号や、西日本を中心に発生した同30年7月豪雨、令和元年台風第19号と、近年、さまざまな自然災害で大きな被害が見られています。また、今後も「南海トラフ地震」や「首都直下型地震」といった大規模な災害が起きる可能性が示唆されており、いつ地震や津波、また台風や大雨の自然災害に襲われても不思議ではないと考えられます。このような状況にどう対応できるかを考え、事前に準備をしておくことで、もしものときに安全を守るための行動を取ることができます。
なぜ、企業の災害対策が必要とされているのでしょうか。労働契約法の第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。この法律では、「使用者である企業は、労働契約に特段の根拠規定がなくても、労働契約上の付随義務として、当然に安全配慮義務を負う」ということを規定しています。「必要な配慮」とは、一律に定められているものではなく、使用者に特例の措置を求めるものではありませんが、労働者の職種、仕事内容、労務提供場所などの状況に応じて求められるものです。
災害時などには、通常と異なる状況、また情報が錯綜することもある中での判断が求められ、一般の人でも混乱やストレスを感じる場合が多いでしょう。障がい者社員の場合は、一般の社員よりも情報を入手しにくかったり、自分で判断することが難しかったりする場合があります。そのため、予想できる災害などのリスクに関しては、事前にできうる限りのシミュレーションや対策が求められます。
また、業務上で災害防止の措置をとらなかったことにより従業員が被害を受けた場合には、企業は「安全配慮義務違反」と判断され、従業員に対する損害賠償責任が生じます。平成23年3月の東日本大震災でも、安全配慮義務違反や過失があったとして、遺族らが企業に損害賠償を求め、法的責任が認められた例もあります。
さらに、東日本大震災では、障がい者手帳を持つ人の死亡率は、全住民の死亡率の2倍に上ったことがNHKの調査からわかっています。これは、NHKが東日本大震災で10人以上が亡くなった東北3県の沿岸部自治体を調査し、明らかになった数字です。
出典:東日本大震災時のデータ(障害者の死亡率)/NHK
災害対策として事前に検討しておくべきこと
私は、東日本大震災が起きたとき、神奈川県にある企業に勤務していました。当時、自社で雇用されていた障がい者の多くが知的障がい、または精神障がいのある社員でした。交通機関が全てストップしてしまっていたため、多くの社員は帰宅することができない状態になりました。家族のことが心配で連絡を取る社員もいましたが、電話がつながりません。家族のことを心配して、居ても立ってもいられない様子の社員もいました。社員たちの、いつも仕事をしている様子と違った一面を見たり、気づいたりすることもありました。夜になっても交通機関が復旧しないため、多くの社員が社内で泊まることになりました。ちょっとした修学旅行気分の社員がいる一方で、座っていると余震が怖さを増幅させてしまうことから、じっとしていられず一晩中歩き回る社員の姿も見られました。
また、服薬している障がい者社員がある程度いることは把握していたのですが、夜に自宅で服薬している社員が予想以上に多く、スタッフで手分けして、精神障がいや知的障がいのある社員を自宅に送り届けました。結果的に全社員の半数を自宅まで送り、最後に送ったスタッフが会社に戻ってきたのは、翌朝の4時過ぎでした。
障がい者と職場で一緒に働くことについては、ある程度の経験をしてきたつもりでいたものの、東日本大震災発生時のような状況を想定した対応はできていなかったと感じました。この経験をもとに、この後社内で検討したことや、他の企業の状況、また災害時にどのような対応を考えていくとよいのかなど情報収集したことから、企業で災害対策として考えておくべき点を挙げたいと思います。
●障がい別の対応について検討する
障がい者は、障がい別に状況や配慮しておくべき点が異なります。それぞれの障がいに合わせた必要を検討しておく必要があります。
例えば、杖や車いすを使用している人がいるのであれば、災害時にどのような支援が必要かを、本人に確認しておくとよいでしょう。移動に困難があれば、避難が必要な時に支援する人を決めておきます。また、支援する人に、当事者の障がいの特性や、「動作の前に一声かけてからサポートしてほしい」ということなどを伝えておくと、対応しやすくなるでしょう。
視覚や聴覚に障がいがある場合には、正確な情報が伝わらない可能性があります。本人のそばに行き、周囲の状況、現在の状況を伝える必要があります。緊急時には、通常では想定できないことも起こりうるので、特に聴覚障がいの人がいる場合には、身振り、口の動き、筆談、手話など、いくつかの情報伝達手段を想定しておくとよいでしょう。合わせて、情報を伝えるためのグッズなども準備しておくと便利です。
知的障がいや精神障がいがある人の中には、緊急時に混乱し、動けなくなってしまう人もいます。ゆっくり、はっきり簡潔に話すことを心がけ、普段から接している人がサポートにつけるような体制を組んでおくとよいでしょう。急に体に触られたり、手を引かれたりすることで、パニックになる当事者もいます。普段からコミュニケーションを取っている社員が関わり、当事者の特性やニーズを事前に把握しておくことも大切です。
●さまざまな状況における災害の発生を想定する
災害が起こる時間は、職場にいるときだけとは限りません。通勤時間や自宅にいるとき、外出しているときなども想定しておくことが必要です。
もし、通勤途中などで、緊急時に適切な状況判断ができなかったりすると、身の危険にさらされる恐れがあります。また、災害発生時には電話連絡が取りにくくなることも考えられます。緊急時の連絡先の確認と、もし連絡が取れなくなった場合にどうするのかなども、考えておくとよいでしょう。連絡先を複数用意しておくことや、メールやSNSでの連絡も可能な状態にしておくことは、安心材料の1つになります。
交通機関が止まり、かつ連絡が取れない状況になると、帰宅困難になることも想定されます。そのような場合に備えて、いくつかの案を考えておくのもおすすめです。また、困った時に他者に助けを求めるための練習や、連絡先を記載したものを身に着けておくといったことも有効的です。服薬している場合には、予備の薬を持っておくと安心できるでしょう。
全く想定していなかった状況が起こる場合、障がい者社員本人だけでなく、助けを求められた人も落ち着いた状態で対応できるとは限りません。職場内のことはもちろんですが、職場以外の通勤時などに災害にあったときの対応や連絡方法も考え、安全を確保するために必要なことを当事者へ教えるとともに、いざという時に実行できるようにしておくことが大切です。
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