「精神障がい」は、他の障害種別よりも障がい者雇用の対象となるのが遅れた
現在、障がい者雇用のカウントの基準とされている障害者手帳の種類は、身体障がい者に交付される「身体障害者手帳」、知的障がい者に交付される「療育手帳」、精神障がい者に交付される「精神障害者保健福祉手帳」の3つです。しかし、これらの障がいが、すべて同時に障がい者雇用の対象となったわけではありません。日本で最初に障がい者雇用の対象となったのは、身体障がい者です。身体障がい者の雇用がスタートした背景には、戦争で負傷した傷痍軍人の就職を進めるという目的がありました。そして、「障害者雇用率制度」が1960年に企業への努力義務として導入され、1976年に義務化されました。身体障がい者を雇用することが義務化された当初は、民間企業での法定雇用率は1.5%でした。その後、1988年に1.6%、1998年に1.8%と、段階的に上がっていくことになります。また1998年には、障がい者雇用義務の対象に知的障がいが加わりました。
障がい者雇用義務の対象となることは、図表1「障害者雇用率」の算定式における分子である、「対象障害者である常用労働者の数」と「失業している対象障害者の数」に含まれることを意味しており、これが1998年以前には身体障がい者のみであったところ、1998年以降は知的障がい者が加えられました。
図表1
出典:障害者雇用率制度・納付金制度について 関係資料(厚生労働省)
図表2
出典:障害者雇用率制度・納付金制度について 関係資料(厚生労働省)
しかし、しばらく前までは、精神障がい者の就労支援機関はほとんどありませんでした。また、精神疾患を発症すると精神病院に長期入院となり、患者が家族や社会生活から離れざるを得なかった時代が長くありました。このような背景から、精神障がい者の雇用は、他の障がいを持つ人の雇用よりも遅れていたことがわかります。
なぜ、「精神障がい者」の求人応募が増えているのか?
障がい者雇用は、身体障がい者、知的障がい者と進められてきたために、両者のうち、就労可能な障がい者はすでに働いているケースが多く見られます。一方、精神障がい者の雇用は、他の障がい種別よりも遅れてスタートしました。そのため現在では、障がい者雇用の採用募集をかけると、精神障がい者の応募が多数見られます。一方で、「障害者雇用率」は順調に伸びてきており、法定雇用率も段階的に引き上げられました。「ハローワークにおける障害者の職業紹介状況」によれば、障がい者全体の就職件数は、2009(平成21)年度が45,257件、2019(令和元)年度が103,163件と、10年間で2.3倍ほどになっています。
また、障がい種別の職業紹介状況を見ると、精神障がいの伸び率がとても高くなっています。その数は、2009(平成21)年度の10,929件に対し、2019(令和元)年度は49,612件と、10年間で約4.5倍の増加となり、2019(令和元)年度においては、障がい者雇用の全体の就職件数のうち48.1%を精神障がい者が占めています(図表3)。
図表3
出典:第105回労働政策審議会障害者雇用分科会(厚生労働省)
「精神障がい者」の雇用は難しいのか?
「精神障がい者の雇用が増えてきているのはわかった。でも、雇用するのはちょっと……」と、精神障がい者の雇用が増加していることは理解しつつ、実際に雇用するのは躊躇する企業の方がいます。確かに、前例がなければ、精神障がいにはどんな特徴があるのか、どのような対応をすればよいのかなどがわからず、心配になるのもわかります。しかし最近では、精神障がい者の雇用事例も多くなってきています。精神障がい者の雇用が義務化されたのは、2018年からですが、精神障がい者の雇用者数が「障がい者の雇用者数」としてカウントできるようになったのは、2006年からです。当時は、精神障がい者の雇用のノウハウが企業にほとんどありませんでした。そのため、厚生労働省は、2009(平成21)年度から2010(平成22)年度において、「精神障害者雇用促進モデル事業」を実施しました。精神障がい者の雇用のノウハウを構築するためでした。
この「精神障害者雇用促進モデル事業」に参加した10社は、大企業、または特例子会社が中心でした。モデル事業の成果からは、精神障がい者への適切な配慮や人材配置によって、精神障がい者の雇用が可能であることを示す結果がでています。精神障がい者の雇用の取り組みがうまくいっている企業の共通点は、「当事者と仕事とのマッチング」、「当事者の障がい受容とセルフコントロール」、そして「当事者に対する職場の適切な配慮と理解」です。
「精神障がい者」と共に働きやすい職場であるために
特に、障がい者に対する「職場での適切な配慮や理解」は、企業が取り組みやすいことの1つです。例えば、精神障がい者への配慮として「相談する時間をあらかじめ決めておく」ということが挙げられます。精神障がい者の中には、忙しそうな人に声をかけるのをためらってしまう人や、声をかけるタイミングを計ることが苦手な人がいます。「いつでも声をかけてね」と当事者に伝えると、当事者は声をかけるタイミングを自分で考えることに対し、大きな負担やストレスを感じてしまうということも少なくありません。また、職場でのキーパーソンとして、当事者に業務を教えたり、困った時にサポートしたりする人を決めておくのも有効です。精神障がい者は対人関係において自信を失っている人も多いため、キーパーソンは当事者の特性を認め、信頼関係を築くことが大切です。朝礼や面談、業務日誌などを活用しながら、業務のフィードバックを行ったり、職場で悩んでいることがないかを確認したりすることもできます。
しかし、特定のキーパーソンだけが精神障がい者のサポートを行うのは困難な場合もあります。障がい者を受け入れる現場はもちろんですが、組織全体で当事者について理解を深め、相談しやすい雰囲気を作ることも必要です。当事者の障がいの特徴や、通院・服薬について、業務上で必要なフォロー、配慮してほしいことなどについて職場で情報共有しておくと、スムーズに業務を進めやすいでしょう。
一方で、精神障がい者であることを職場でオープンにするかどうかは、当事者の意思を尊重することが必要です。当事者へは、「職場で障がいについて情報共有する場合には、内容も含め、事前に了承を得た上で行う」と最初に伝えておけば、当事者も安心できるでしょう。
もちろん、企業の規模や業種、社風などにより、精神障がい者の雇用における配慮などへの取り組み方は異なるでしょう。それでも、精神障がい者の雇用に取り組んでいるさまざまな企業の事例を知ることで、各企業の考え方を理解でき、自社における取り組みのヒントなどを得ることができます。
医療の進歩により薬の改良も進み、精神障がいがあっても働ける人は増えています。精神障がい者の雇用に対し、職場でどのような配慮や工夫ができるのか、改めて考えてみてはいかがでしょうか。
- 1