「人間関係からの切り離し」パワハラのキーワードは“相対的”
●『基準に達していないこと』と『相対的なこと』
例えば、「仕事ができないと感じる部下がいる」と上司が思った時、その要因は、大きく2つの類型に分けられると考えます。1つ目は『基準に達していないこと』です。例えば「提出期限を守らない」、「パソコン作業が得意な人材を募集したのに、実際はほとんどできない」、「業務上で必要な技術が未熟である」など、業務遂行においてクリアすべき明確な基準があるにも関わらず、それに達していない状況がこれにあたります。
2つ目は『相対的なこと』です。つまり、自分自身や他者、一般的な基準と比較して「仕事ができない」と判断するに至る状況が当てはまります。
●『相対的なこと』を問題と捉える弊害
『基準に達していないこと』については、問題点がはっきりしています。実際に改善されるかどうかは別として、少なくとも改善策は絞りやすいのではないでしょうか。一方、『相対的なこと』は、その職場の事情や環境などによって直接的な要因が異なるため、改善策が練りにくいのが特徴です。例えば、部下5人の中で「最も仕事ができないと感じた部下」がいたとします。その部下を「問題」と捉えた場合に、「2番目に仕事ができない部下」と同じ水準に達すれば良いというわけではないでしょう。つまり、部下が複数いる場合は、それぞれの水準がどうであれ「必ず誰かが最も仕事ができない部下になる」ということなのです。
このような相対的な事象を「問題」と捉えてパワハラが発生すると、周囲とのバランスや評価といった事情なども絡むため、解決策を見出すのが困難になります。
●従業員が「最も低い評価は受けたくない」と思うこと、それがパワハラにつながる
「最も低い評価を受ける」のは、本人の仕事に対しての能力が低い場合が多いかもしれませんが、必ずしもそうであるとは限りません。例えば、仕事の能力が高くても、上司に反抗的な姿勢を示す部下がいれば、その部下が最も低い評価となることもあります。「何が低い評価に当たるか」ということは、上司や従業員全体の考えによって左右されるのです。相対的な事象が価値観を左右するような職場風土が醸成されているのであれば、従業員の誰もが「最も低い評価は受けたくない」という気持ちになるのは当然でしょう。そして、それぞれの従業員自身が、故意ではなくても自ずと特定の人に厳しく接したり、その人を避けたりするようなことが生まれていきます。これが深刻化すると、「隔離」、「仲間外し」、「無視」といった「人間関係の切り離し」につながります。
パワハラとなる「人間関係からの切り離し」を起こさないためのポイント
●ポイント1:『相対的なこと』であれば、指導は慎重に
まず「仕事ができないと感じる部下」がいると思った時、それが『基準に達していないこと』なのか、もしくは『相対的なこと』なのかを分析して、慎重に指導を行いましょう。『基準に達していないこと』の場合は、必要な指導を行った上で解決できなければ、会社の対応に委ねましょう。人材戦略の観点からも、会社の経営に影響を及ぼす可能性があるからです。しかし、『相対的なこと』であれば一度立ち止まって、本当に強い指導が必要かを考えてみましょう。例えば「5人の中で最も仕事ができないと感じる部下」が、他の同僚4人の異動によってチームメンバーが入れ替わり、結果的に「5人の中で最も仕事ができる部下」という立場になったとき、当人を含めた5人の部下全員に強い指導を行うことが必要なのか、ということです。
本当に指導が必要なケースもありますが、多くの場合は「5人全員」には強い指導は行わないという判断になるでしょう。なぜなら、『相対的なこと』であれば、すぐに会社の経営や業績に大きな影響を及ぼすことは少ないからです。すべての従業員に強い指導を行い、すべての従業員のモチベーションを下げることの方が、会社にとっても大きなリスクとなります。それまでは「頼りにならない部下」だったとしても、状況が変わったときは一転して「頼りになる部下」になってもらわないと、上司が困ることになるのです。
そのように考えれば「仕事ができないと感じる部下」がいても、それを『相対的なこと』と捉えることができれば、普段のイライラが少し解消できるのではないでしょうか。
●ポイント2:「相対的」に見ずに、「個性」として捉える
パワハラを避けるためには、日常の場面では「相対的」に物事を捉えないことです。「相対的」な価値観が根付いてしまっている職場環境では、従業員はすべての面において平均点以上を目指すことになり、結果として平均点以上の人もいれば、平均点以下の人も出てきます。これではパワハラにもつながるような「相対的に問題を捉える職場風土」からは抜け出すことができません。大事なことは、従業員一人ひとりの「個性」を伸ばすことです。仕事の能力が低くても、その人は“職場の雰囲気を明るくするムードメーカー”の役割を担っているかもしれませんし、上司に反抗的な姿勢を示しても、それは“真正面に仕事に取り組んでいる裏返し”かもしれません。会社の生産性を上げるためにも、日常の場面で従業員を「相対的」に捉えるのではなく、一人ひとりの「個性」を最大限活用する意識を大切にしましょう。
●ポイント3:必要な場面では、「相対的に評価が高い人」へスポットを当てる
一方で、必要な場面においては「相対的」に物事を捉えることも大切です。例えば、昇進や昇給の仕組みが不明瞭であれば、「相対的に評価が高い人」へスポットを当てる場面が限られます。努力が認められないなど、人事評価制度によって従業員の気持ちが満たされていないと、職場に不平・不満が充満し、結果的に「相対的に評価が低い人」に意識が向けられ「人間関係からの切り離し」といったパワハラにつながってしまいます。他の従業員よりも、会社に大きく貢献をしている従業員がいれば、待遇面などにおいて差が出る仕組みは重要です。そのためには、会社としての人事評価制度を構築し、上司は人事考課を行うような特別な場面で、従業員を「相対的」に捉えていく必要性も認識しておきましょう。
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