近年、話題になっているのが「カスハラ(カスタマーハラスメント)」だ。これは、顧客が企業に対して過大なクレームや言動を行うことを意味する。中には、暴力を振るったり、土下座を要求したりと、かなりエスカレートしているケースもある。しかも、どこからが「カスハラ」に該当するのか判断が難しいところがあるだけに、企業としてもしっかりとした対策を講じなければいけない。そこで、本稿では「カスハラ」について、意味や事例、対応策など幅広く取り上げていこう。
A female employee and an abusive customer at a supermarket

「カスハラ(カスタマーハラスメント)」とは

「カスハラ」とは、顧客が企業に向けて理不尽なクレームや言動を行うことを言う。パワハラやセクハラなどと違い、法令上ではいまだ定義はされていないが、厚生労働省では「カスタマーハラスメント対策マニュアル」において以下のように記述されている。

「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」

●「カスハラ」が増加した背景と現状

「カスハラ」が増えている背景には、SNSの普及による顧客側の発言力が増したことが挙げられる。これによって、顧客が簡単に批判できるだけでなく、些細な不満が拡散しやすくなったことが大きい。一方、消費者の権利意識が高まる中で、自身の要求や不満を強く主張する顧客も増え、過剰なクレームや不当な要求につながるケースが増加している。

また、ハラスメント行為を戒める風潮が社会に広がっていることも、注目度を高めている要因だ。類する行動は以前から存在していたが、ハラスメントにはさまざまな類型があることが取り上げられる中で、「カスハラ」もその一つとして位置付けられるようになってきたと言える。

厚生労働省が行った調査結果によると、過去3年間で「カスハラ」に関する相談があった企業は19.8%。5社に1社の割合であった。また、過去3年間で相談件数が増加している企業の割合(3.8%)は、減少している企業の割合(2.2%)よりも高かった。

●「カスハラ」とクレームの違い

「カスハラ」と正当なクレームでは、境界線があいまいだが対策を使い分ける必要がある。区別すべき基準は、以下の通り二つある。

・顧客の要求内容に妥当性が認められるか
自社の過失が認められ、しかも顧客の主張に妥当性があるケースでは、正当なクレームとして対処すべきである。

・要求を実現するための方法が社会通念上、相当といえるか
たとえ、顧客のクレームに妥当性が認められたとしても、その主張をアピールするための手法や態度が社会通念上、不当と言える場合は「カスハラ」とみなされる可能性がある。

「カスハラ」を放置することによるリスク

次に、「カスハラ」を放置することでどんなリスクがもたらされるかを見て行こう。

●生産性の低下

「カスハラ」を受けた従業員は精神的なダメージを受けてしまうので、モチベーションが下がってしまう恐れがある。また、関係者や上司も対応にあたらなければいけないので、本来の業務がストップせざるをえなくなる。その結果として、生産性が低下する可能性がある。

●信頼性の喪失

「カスハラ」を受けてしまうことで企業は特に悪いことをしていなくても、信頼性が損なわれる恐れがある。場合によっては、SNSに事実でないことを書きこまれたり、迷惑行為の動画をアップされることもあったりする。

●離職や休職の増加

「カスハラ」に対応することとなった従業員は、酷い言葉を言われたり、暴力を受けることもあったりする。当然ながら、精神的に大きなショックを被り疲弊してしまう。その状況はいつまで続くかはわからない。最悪の場合には精神疾患を来し、離職や休職に繋がりかねない。さらには、当事者のみならずその場面に立ち会っていた従業員にも何らかの後遺症が残る可能性もある。

法律上の「カスハラ」の扱い

ここでは、法律や法令で「カスハラ」がどう扱われているのかを見て行こう。

●従業員への安全配慮義務がある

労働契約法5条では、「会社は従業員に対し、生命・身体などの安全を確保しつつ労働できるように必要な配慮を負う」と定めている。これを「安全配慮義務」と言う。当然ながら、「カスハラ」行為をする顧客が現れた場合も適用される。会社としては、従業員を「カスハラ」から守る必要がある。もし、これを怠り、従業員が何らかのダメージを被った場合には、損害賠償を請求されることもあり得る。

●適切な対応に必要な体制整備の義務がある

労働施策総合推進法30条の2第1項では、「会社は職場におけるパワハラを防止するため、雇用管理上必要な措置を講じる義務を負っている」と定められている。これに基づき、同条3項で、事業主が講ずべきパワハラ防止措置の適切かつ有効な実施を図るための指針も公表している。そこでは、「カスハラ」を「顧客等からの著しい迷惑行為」と定義付けていると共に、望ましい取り組みも列挙されている。

(1)相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
・相談先(上司、職場内の担当者等)をあらかじめ定め、労働者に周知すること
・相談を受けた者が、相談の内容や状況に応じて適切に対応できるようにすること

(2)被害者への配慮のための取り組み
・被害者のメンタルヘルス不調への相談対応
・著しい迷惑行為を行った者に対して、従業員一人で対応させないこと

(3)その他
・顧客等からの著しい迷惑行為への対応に関するマニュアル作成や研修の実施
・業種・業態などに応じて必要な取り組みを進めること

●刑罰の対象となる

「カスハラ行為」は、暴力行為や脅迫行為、名誉毀損など、刑法の適用範囲に該当する行為が含まれる場合には、刑事罰の対象になり得る。よって、企業としてもその認識を持って相手に行動を控えるよう呼びかけるなど、的確に対応する必要がある。特に行為者が暴力を振るったり、脅かしたり、企業の評判を傷つけたなどの場合には、行為を直接受けた従業員のみならず、被害を被った法人も損害賠償を請求できる。

●労災の対象となる

「カスハラ」は労災の対象にもなり得る。なぜなら、労災であるかを判断する際に用いられる業務による心理的負荷評価表を見ると、「カスハラ」に関する事項が定められているからだ。特に企業の対策が不十分であった場合は深刻だ。従業員から民事上の責任を問われ、訴訟を提起される可能性がある。

「カスハラ」にあたる行為の具体例

では、実際にどのような行為が「カスハラ」にあたるのか見ていこう。

以下の例が挙げられる。
・顧客が自分で商品を壊したにも関わらず、「商品が壊れている」と言いがかりをいう。
・店員の行為に激怒して「土下座をして謝れ」と強要する。
・店員に対して暴力を振るう。
・店員を怒鳴りつける。
・店員の名前を店内で大声で叫び続ける。
・店側に不手際があったことを理由として、金銭の支払いを一切拒む
など

実際にあった「カスハラ」の判例

次に、実際にあった「カスハラ」に関する判例を紹介していこう。「カスハラ」とクレームの判別に役立つうえ、安全配慮義務の重要性に気付くはずだ。

●判例(1)強要や暴言

東京高裁平成20年7月1日の判例では、保険契約者が保険会社に対して1日19回、最長90分におよぶ電話を繰り返し、従業員に過度の負担をかけた。裁判所は、これを、①権利行使の範囲を超えている、②企業の資産利用を著しく妨げる、③従業員に過度の困惑や不快感を与える、④業務に重大な支障をきたす、として違法な業務妨害とみなされると判断した。この判決は、正当なクレームとカスハラを区別する基準を示し、企業が過度な要求や行為に対して法的措置を取る根拠を示したと言える。

●判例(2)不正行為

東京地裁令和4年1月12日の判例では、配送されていないと虚偽の申告を繰り返し、金銭を詐取しようとする顧客の行為が問題視された。この行為に対し、宅急便会社は、約款に基づき「不当要求を行う者」に該当するとして、該当者宛の荷物を返送扱いする措置を取った。裁判所は、約款に基づく措置が信義則違反や権利濫用にあたらないと判断し、運送事業者の対応を適法とした。判例から、クレームが正当性を欠く場合、企業は対応を拒否する正当性があり、過度な要求や不正行為は「カスハラ」として対処されることが示された。

●判例(3)従業員に対する安全配慮義務

東京地裁平成30年11月2日の判例は、スーパーの客とトラブルになったレジ担当従業員が企業に対して、労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるような必要な配慮を欠いたとして、損害賠償請求を求めた事例だ。この事例では、企業は直ちに客を入店拒否にするなどの措置はしなかったが、客からの当該従業員の退職要求には応じなかったことや、入店拒否措置の可能性を客に伝えていた。また、従業員の入社時に苦情を言う顧客への初期対応を指導し、トラブル発生時にサポートデスクや上司などへの相談ができる体制も整えていた。このことから裁判所は安全配慮義務違反を否定している。

企業がとるべき「カスハラ」への対策

「カスハラ」に備えて企業としてどのような対策を講じるべきかを考察してみたい。

●社内方針とルールの明示

企業のトップは、「カスハラ」行為に対してどのような方針で臨むのかを明確に提示し、発信する必要がある。併せて、ルールとして落とし込むことで従業員も何をすべきかが理解しやすくなる。社内方針には、「カスハラ」の内容や自社における重要性、従業員を守る決意などを織り込むようにしたい。

●対応マニュアルの作成

「カスハラ」被害を負った際に冷静かつ的確に行動できるよう、事前に迷惑行為や不当要求に関する対応マニュアルを作成しておくことを推奨したい。具体的には、業種の特性や取り扱っている商品・サービスの内容によって中味は異なって来る。自社での対応の手順や本部との連携の仕方などについて、しっかりと詰めておこう。

●相談窓口の設置

「カスハラ」を受けた従業員が一人で悩んでしまうことは禁物だ。気軽に相談できるよう、相談員を置くなり、相談窓口を設置し、社内に広く周知するようにしたい。また、「カスハラ」が発生した際の連絡体制の構築なども必要だ。プライベートな情報を取り扱う可能性があるので、情報管理は徹底しておきたい。

●従業員研修の実施

従業員研修も有効な施策だ。正当なクレームとの違いや事例、「カスハラ」顧客への接し方などを事前に理解しておくと、いざという時に役立つからである。社内連携もよりスムーズに進むはずだ。たとえ、年に1回のペースでも良いので定期的に実施するようにしたい。

●外部機関への相談体制構築

「カスハラ」顧客は、特定の従業員をターゲットにすることもあり得る。その場合、被害にあった従業員は精神的なショックを受けてしまうだろう。相談窓口を設けるとともに、状況によっては産業医や臨床心理士などの外部の専門家と連携・協議しながら、適切にケアすることが求められる。

「カスハラ」が起きた時の対応

実際に、「カスハラ」が起きた場合の対応について整理しておきたい。

(1)責任者への情報共有と引継ぎ

「カスハラ顧客」には、絶対に1人で対応しないことが基本だ。対応マニュアルに基づき、定められた連絡フローに基づいて責任者に連絡を取り、現場の情報を共有するとともに引継ぎを行いたい。

(2)顧客の主張聴取と事実確認

「カスハラ」顧客の主張内容を聴き取り、記録に残すとともに事実を確認することも重要となる。なぜなら、「カスハラ」顧客は発言内容が論理的でなかったり、矛盾した言い方をしたりすることがあるからだ。あくまでも記録された内容を踏まえて、冷静に対応することを心がけよう。

(3)現場対応が可能かの判断

「カスハラ」顧客に対しては、現場ですべてを対応しようとしない方が良い。むしろ、ケースによっては現場限りでの対応が危険であったりする。例えば、犯罪に当たり得る場合や重度なトラブルに陥りそうな場合だ。そうした際には、持ち帰って本社や本部と連絡を取って対応すべきある。

(4)社内での対応方針決定と顧客への報告

持ち帰りとした場合には、追って会社としてどう対応するのかを決めた上で、その内容を「カスハラ」顧客に通達すべきである。その際には、顧問弁護士にも相談しアドバイスを受けるようにしておきたい。

(5)被害を受けた従業員のケア

「カスハラ」顧客に対応した従業員は、精神的に多大なダメージを負ってしまうかもしれない。もし、暴力を振るわれていたら怪我などを被ることもあり得る。最悪の場合には、離職や休職に至る可能性もあるので、適切なケアを施すようにしたい。

(6)再発防止に向けた取り組み

同じような「カスハラ」が起きないよう、事例から学ぶ姿勢も重要だ。現場や会社としての対応に問題はなかったのか。改善すべき点はあるか、など一連の流れを検証し、必要な点に関してはマニュアルのブラッシュアップを図っていこう。

まとめ

「カスハラ」がこれだけ注目されている割には、実は対策に積極的に取り組んでいる企業はまだまだ多くない。取り組んでいる企業であっても多くの課題を抱え、試行錯誤を繰り返しているのが実態だ。その要因としては、「どうしても顧客優先の対応をしてしまう」、「ハラスメントの定義や判断基準が難しい」、「企業側の努力だけでなく、顧客側の理解も欠かせない」などが挙がる。ただ、手をこまねいているだけでは何も前に進まない。例えば、厚生労働省が作成した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」の末尾には、チェックシートが用意されている。自社の現状を把握するために、まずはこれに回答することからスタートするのも一つの手と言える。



よくある質問

●「カスハラ」と判断される基準は?

「カスハラ」と正当なクレームを区別すべき基準は、主に「顧客の要求内容に妥当性が認められるか」、「要求を実現するための方法が社会通念上、相当といえるか」の2つが挙げられる。自社の過失が認められ、しかも顧客の主張に妥当性があるケースでは、正当なクレームとして対処すべきである。たとえ、顧客のクレームに妥当性が認められたとしても、その主張をアピールするための手法や態度が社会通念上、不当と言える場合は「カスハラ」とみなされる可能性がある。

●「カスハラ」を放置するとどうなる?

「カスハラ」を放置することで、従業員のモチベーション低下や本来の業務にあたる時間が削られることになり生産性の低下を招く。また信頼性の喪失や離職や求職者が増加してしまう恐れもある。
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