迅速に意思決定が行える組織の要件は、「シンプル」であること
VUCAの時代に合わせて会社が変化していくためには、組織内の制度自体も、迅速な変化に対応できる性質のものでなくてはいけません。迅速な意思決定が行える組織の要件。それは組織の数が多すぎず、意思決定者同士の権限の重複がなく、かつ意思決定者の数自体も最低限であること。一言で表せば、「シンプル」であるということです。
さて、会社において意思決定を行うのは誰なのでしょうか?それは責任権限を与えられた人ということになります(会議体の場合もありますが、ここでは意思決定の迅速さについて考えているので、取締役会といった法令で定められたもの以外の会議体については言及しないことにします)。
責任権限を与えられるのは、「個人」に対してではありません。「本部長」や、「部長」といった「職(ポスト)」に対してです。
責任権限というと、少し大げさなイメージを持たれてしまうかもしれません。しかし、そもそも会社組織では、株主から経営を委嘱された取締役が、その経営の執行権を分掌規程によって下層の各部署に委譲しています。そうした責任権限の流れを骨格として運営されているのが、会社組織なのです。
したがって、部内の課長や、その部下の平社員なども、実はこの分掌規程の下流に位置づけられて業務が成り立っています。
そう考えると、そもそもジョブ型の人事制度においては、責任権限を与えられた「職(ポスト)」によって人財が雇用され、運営されていることになります。つまり、「責任権限によって構成された人事体制が、ジョブ型である」と捉えることも可能です。
くだけた表現で言うと、「あなたを○○という責任のもとで意思決定し実行していく職(ポスト)として採用します」というのが「ジョブ型雇用」なのです。そのポストでやるべきことが明確化されているのですから、その遂行に必要なスキルや専門性も明確になってきます。
こう考えてみると、ジョブ型雇用というものは、“本来”責任権限で成り立っている“はずの”会社組織に最も合った雇用制度であると言えるのではないでしょうか。
では、それに対して「メンバーシップ型」の組織とは何なのか?
恐らくそれは、責任権限は明確に決められていても、その責任の遂行については少し曖昧になっているような会社組織なのでしょう。例えば、皆で責任を分担したり、そもそもローテーションや育成などで、個人ではない組織全体で責任を遂行したりといった会社のあり方です。
「ジョブ型雇用」の制度への転換は、責任権限や組織を見直す契機になる
「経営」という視点で「組織」について考えたとき、組織ありきで経営戦略を考えるのではなく、「組織は戦略に拠る」という経営学者・チェンバレンの言葉のように、「会社の戦略の先に組織がある」と考えることができます。この考え方が、組織組成の原点です。そして組織というものは、前述のように、「責任権限」と、それを担う「人」の集合体です。
シンプルに、その会社が何をするのか。もっと具体的に言うと、「経営理念」や「経営戦略」といったことについて、それをストレートに実行できる組織にし、それに相応しい人財を集め、処遇していくこと。それがジョブ型雇用の目的と言ってもよいでしょう。加えて、それこそが、いま日本企業がジョブ型雇用の導入を検討すべき理由なのだと私は考えます。
下記の表は、「メンバーシップ型」と「ジョブ型」の組織のそれぞれの性質をまとめた図です。
もちろん、人事制度と意思決定のあり方を完全に紐づけて図式化することについては、批判もあるかと思います。日本の大企業の大半である、メンバーシップ型の人事制度を採用する企業の中にも、組織がシンプルで責任権限の明確な会社もあると思います。
ただし、ここで私が言いたいのは、意思決定や戦略の実行にスピード感が失われている場合には、まずは「ジョブ型」の人事制度に変えることが、責任権限や組織を見直してみる契機になるのではないかということなのです。「責任権限が曖昧な中で、皆が協力して意思決定・実行をする」という形よりも、「専門性に溢れた人財が、自らの責任において業務を迅速に行なっていく」ような形をとる。そのように関連性をデフォルメして示したのが、下表になります。
出典:筆者作成
「ジョブ型雇用」による人財獲得が、いま必要な経営改革を可能にする
前回(■第1回:日本の雇用が「ジョブ型」に移行すべき理由とは?)の冒頭に言及したコーン・フェリー・ジャパンの調査に、「ジョブ型雇用導入の理由」を問うたものがあります。ここで言う、「貢献度」とは何でしょうか?
「会社がやらなければいけないこと」を切り分けて各ポストに落とし込んだものを、「ジョブディスクリプション」と表現すれば、「貢献度」とは、「ジョブディスクリプションに対しての達成度合い」を指すものです。
「会社がやらなければいけないこと」とは、最上位を見ると「会社の理念」であり、今やらなければいけないことは「経営戦略」と言えるでしょう。
そして、大概の日本の大企業が「今やらなければいけない」経営戦略とは、「VUCAの時代に求められている経営改革の実行」です。
その「実行」にあたって、「適正に人財を処遇できる会社にしていきたい」ということが、ジョブ型の雇用および人事制度の導入を多くの企業が検討している動機なのでしょう。
言い換えれば、コーン・フェリー・ジャパンの調査で最も回答数の多かった「貢献度に応じた適正な処遇」を選んだ回答者の頭の中には、単に「業務内容の明確化」という視点だけではなく、一歩踏み込んだ「経営」という大きな観点から、与えられた職(ポスト)のジョブディスクリプションを「実行」して「会社に貢献」していく社員像が理想として存在します。そして、そのような人財を獲得するのに適した制度として「ジョブ型雇用」が求められていることを、コーン・フェリー・ジャパンの調査は示しているのではないでしょうか。
ジョブ型雇用の前提は、「会社がやるべきこと」を実行できる組織づくりになります。「失われた30年」を取り返し、経営戦略を遂行していくためには、ジョブ型雇用の導入だけではなく、経営戦略を実行するためのシンプルな組織体制も必要です。
今の時代に実行しなければならない「経営戦略」「経営改革」を実行する基盤として、「組織自体の見直し」と、「組織の中で実際に働く人財のあり方の見直し」の2.点がセットで行われる必要があるのです。
人生100年時代の新たな「会社と社員の関係性の変化」という目的に加え、複雑化してスピード感や柔軟性が失われた日本の大企業が、シンプルな組織や人事制度に立ち返って経営戦略・経営改革を行っていく。それこそが、いまジョブ型雇用が求められている理由なのではないでしょうか。
次回は、すでにジョブ型雇用が定着している外資系企業の実情について、個人的な経験も交えつつ、お話ししていきます。
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