「オンボーディング」に立ちはだかる5つの壁
新卒、中途採用問わず、新規採用した人材の定着率の向上には各社が力を入れているところである。その背景には、「多様化する人材が自社のカルチャーにマッチできない」「事前に受けた説明から抱いたイメージと実際の業務内容が一致しない」「人材不足から先輩社員や上司に疑問を気軽に聞ける環境がない」などの理由が挙げられる。これらの課題を解決する一助として、近年「オンボーディング」に期待する企業が増えているのだ。各種研修や取り組みなどを通して、新入社員は企業風土や文化、業務内容を理解し、人間関係も深めていくことができる。
しかし、このようなメリットのあるオンボーディングも、導入時の設計が誤っていては効果が薄まってしまう。オンボーディングプログラムは、「新入社員に立ちはだかる5つの壁」に合わせて設計することが肝要だ。ここでは、その「5つの壁」とは何かを具体的に説明する。
(1)準備の壁
新入社員の定着率を向上させるためには、入社から90日間の対応が重要だといわれている。この期間に研修や施策などを通じて適切なフォローを行うことで、入社から90日以内のパフォーマンスが向上するという。新入社員が入社してからではなく、入社日以前から受け入れ体制を構築し、新入社員のモチベーションとパフォーマンスを向上できるよう取り組むことが重要だ。
(2)人間関係の壁
「会社になじめるかどうか」の大きなカギを握るのは人間関係だ。配属されるチームのメンバーや上司、同期にはどのような人がいるのかを把握できない、教育担当者がだれか分からない状態では、大きな不安を抱えたまま業務に取り組むことになってしまう。いち早く会社になじめるように、良好な人間関係を構築できるよう「オンボーディング」でフォローしよう。(3)期待値の壁
自分が会社にどのようにして貢献していくのか、期待を持って入社した社員と、会社が社員に求めていることにずれが生じ、離職につながることもある。事前に伝えられていた業務内容のイメージと実際の業務内容に大きなギャップが生じることは避けたい。お互いに何を求めているのかをよく話し合い、目指す場所や必要なスキルを確認し、認識をすり合わせる必要がある。(4)学びの壁
担当業務に関する知識やスキルに加え、企業風土や文化、価値観、細かな点でいえば「コピー機がどこにあるのか」など、新入社員が覚えなければならないことは非常に多い。これらを早く覚え、身につけられるよう研修や取り組み等でサポートする必要があるだろう。社員の即戦力化を考えるうえでも、学びの機会を多く持たせたい。(5)成果の壁
新入社員に対し、なるべく早い段階で成功体験を与えることも大切だ。本人が体感できる成果があるまで、新入社員は自分が会社に貢献できているのか、周囲にどのように評価されているのか分からず不安を抱いてしまう。「小さな成功体験」を得られるように、周囲がサポートする必要がある。5つの壁をこえるための「オンボーディング」の具体的な施策
ここからは、新入社員に立ちはだかる「5つの壁」を乗り越えるための具体的施策を紹介する。●「準備」の壁には採用前からの取り組みが必要
「オンボーディング」の施策の最初の段階として、「採用ターゲットの明確化」が挙げられる。新たな人材を採用する段階から、ミスマッチを防止する取り組みを行うことが重要だ。まずは、「自社に必要な人材とはどのような人材か」「採用する人材に必要な要件や知見は」など、必要な人材を具体的に明らかにしておこう。採用の候補者が既存の社員の人となりがわかるように、事前に交流する機会も持っておきたい。Web会議でつないだり、会議室や個室を用意したりして、顔合わせする時間を設けよう。
また、採用の候補者に対して自社のデメリットもはっきりと伝えておく必要がある。優秀な人材を多く獲得したいために、メリットばかりを誇張して伝えてはいけない。入社後に新入社員がイメージと現実とのギャップの大きさに「こんなはずではなかった」とモチベーションを低下させる原因となってしまうからだ。
オンボーディングを実施する際には、既存社員にオンボーディングに関する情報を共有しておく必要がある。「新入社員に対する教育方針」が会社側と既存社員とで剥離した状態では、新入社員が混乱し時には不満を感じてしまう。
教育方針の共有と合わせて、新入社員に教えるべきことをリスト化し教育担当者やチームメンバーに共有するといいだろう。これらの情報を既存社員と共有することによって、新入社員が業務上で疑問を感じたときに誰が聞かれても答えられるようにしよう。
●「人間関係」を円滑化する「横・縦」のつながり
新入社員を取り巻く人間関係が良好になるように、まずは横のつながりを広げるコミュニティを形成しよう。同じく入社した同期とのつながりを深めることで、連帯感や仲間意識を芽生えさせることができる。社内で何かあった際の相談相手にもなるだろう。定期的に顔を合わせる場を設けることが難しくとも、チャットツールを使えば簡単に気軽に話せる場を作れる。
同時に、先輩社員や上司を「いつでも頼れる存在」「業務で困った際の相談役」のメンターとして、新入社員のそばに置くようにするといい。メンターを用意しておくことで、会社での自分の将来像も見えやすくなる。
メンターには、できれば直属の上司以外を選定するようにしよう。人材不足からプレイングマネージャーが増加している中で、上司が自分の業務を行いながら新入社員を育てるのは現実的ではないからだ。いつでも気軽に相談できる先輩社員は、右も左もわからない新入社員にとって心強い存在になる。
そして入社初日には歓迎会も実施しよう。業務以外のさまざまな話や、業務中に役立つちょっとした話をできるようなフランクな場を設けることで新入社員は自分が歓迎されていることを肌で感じられるだろう。これが帰属意識の芽生えにつながり、定着率の向上にも寄与する。
●「期待値」のすり合わせには入社前研修・インターンを
自社が実際にはどのような取り組みをしているのか、目指すビジョンはどこか、新入社員にどのような役割を求めているのかをすり合わせるために、入社前研修で期待値のズレを埋めておこう。これにより、入社後のギャップを軽減できる。インターン制度を利用するのも手だ。新入社員向けのオリエンテーションや研修は入社後も定期的に開催し、「会社の一員である」ことを意識づけられるようにしておきたい。
あわせて、新入社員が持つ期待値を聞いておくことも重要だ。「自社にどのような期待を抱いているのか」を聞き、教育担当者や人事担当者がその情報を共有し、新入社員が大切にしている価値観等への理解を深めよう。
●「学び」の種類は多種多様
学びの機会を与える施策にはさまざまな方法が考えられる。気軽に質問できる窓口を設置して、「困ったときにはいつでも聞ける」環境を作り、疑問を学びのきっかけとするのも一つの方法だろう。日報を提出させる方法で学びを深めるのも手だ。今日はどのような業務に取り組んだのか、得たものは何かを言語化させる。これにより、新入社員は一日の振り返りができ、教育担当者は「新入社員がどこまで学び、何を身につけているのか」を具体的に理解できるようになる。
入社から一定期間をオンボーディング実施の時期と決めたのなら、その間各種研修を定期的に行ってもよい。「会社の成り立ち」「自社の製品やサービスについて」「経営理念」「各部署の業務内容」などを座学形式で学べる機会を用意しよう。
日々の業務に役立つ学びを提供する方法として、ナレッジの共有もある。チャットツールやナレッジ作成・共有ツールを使い、わからないことがあれば自分で調べられる体制を構築しておけば既存社員の育成にかかる工数を省力化できる。
●「成果」を感じられるフィードバックを
成果の壁を乗り越える際に必要な「成功体験」は、短期的な目標の設定と達成によって比較的容易に得られる。3ヵ月程度の短期的な目標を設定し、目標を達成するまで周囲の先輩社員が適宜フィードバックを行える環境を作るといいだろう。目標を設定して、行動し、フィードバックをもらい次の行動につなげていく。行動とフィードバックを繰り返していくなかで、新入社員は自己の振り返りながら、業務内で小さな成功を数多く獲得できるようになる。目標を達成した際には、「この会社に入って初めての目標を達成できた」喜びを得られるだろう。
このように多くの人から気軽にフィードバックを得られる環境とあわせて、じっくりと話し合う定期的な面談も実施したい。直属の上司が話を聞き、不満や不便はないか聞き取りを行いつつ、日ごろの業務に関するフィードバックを丁寧に行っていこう。オンボーディング施策に面談を取り入れる際は、面談を行う上司側に対して「人材育成に関する教育」を行い、適切な面談を実施できるようにしておくといい。
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