社員に安心感をもたらす会社の積極的な情報開示
たとえば利益が残っていると、「もっと自分達(社員)に還元すべきだ」と言われるかもしれない、あるいは「こんなに役員報酬をもらっているんですね」といった経営者が本当に見て欲しい数字とは別のところばかり見られてしまうかもしれない、という誤解や歪曲を従業員がするのかもしれません。私も最初はそんなことはないだろうと思っていましたが、何年かコンサルタントをしていくにつれ、経営者の方々の懸念点もわかるようになってきました。実際に自分の周囲の人達に聞くと、「会社の数字を言われてもピンとこないから別に知らなくていい」、「自分の仕事まわりの数字だけしか興味がない」などいう回答が返ってきました。私が思っているより、会社全体の数字に関心がないという人がかなりの数でいるようです。私は経理出身なので、会社の数字が気になります。ただ、他の職種の方達は、関心がないというのが確かに本音かもしれません。ただ、会社の数字に関心がない、というのは「その会社が安泰」、「自分の身が安泰」という前提がある場合だと私は思います。
知人から聞いた話ですが、最近知り合いの会社が資金調達をし、その完了を社内にアナウンスをしたところ、社内からこれまでにない多くの反応があったそうです。今まではそのようなアナウンスをしてもほとんどの人が「ふーん」という反応だったのが、今回のコロナ禍による調達によって、「お疲れ様でした」、「よかったです」、「安心しました」など、資金調達の担当者に他部署の社員達から多数の感謝の言葉があったそうです。
今、会社員の方達の中には、口には出さなくても「自分の会社は今後大丈夫なのだろうか」、「自分の将来はどうなるのだろうか」と漠然と思っている方も多いはずです。ですから、今のような時期こそ、会社は積極的に情報開示をしてくれたほうが社員は安心します。たとえば「うちの会社は資金的にもしばらく大丈夫なのだから何も言わなくていい」と思わず、「今のところ2年くらいは売上がなくても大丈夫な資金があるから安心してください」など、具体的に社内アナウンスをしたほうがいいでしょう。そうすることで、経理や総務の社員達に、現場の社員達から「うちの会社はつぶれたりしない?」、「誰かリストラとかされちゃうの?」などと隠れて問い合わせが来る、ということが起こらずに済みます。
大丈夫な会社と大丈夫ではない会社の差は、「危機意識」や「風通し」
問題は、「実際に大丈夫ではない会社」です。「大丈夫ではない会社」にも2種類あり、「あらゆる手を尽くしている会社」と「何も対策を施していない会社」の2種類です。新型コロナの影響で2020年の夏以降、賞与の減額や本社屋の移転、人事改革などを行っている会社は数多くあります。たとえば、A業界のB社が9月に賞与の減額を発表して、11月に同業他社のC社も同様に賞与の減額を発表した場合、社会人経験の乏しい20代の頃の私なら「C社よりもB社のほうが、経営が大変なんだ」と思ったことでしょう。でも実際は反対で、B社のほうが組織としては風通しが良いからこそ、同業他社よりいち早く対策を打ち、開示が他社より早くできたということです。同じように新型コロナで減少した売上を回復させる方法も素早く協議、実施し、数字が回復する可能性もどこよりも高いはず。
同じ業界で新型コロナという同じダメージを受けているということは、基本的には同業同士の会社は「諸条件が同じ」です。本来は経営改善の開示も、同じ業界ならどの会社もほぼ一斉に発表してもいいはずなのに、なぜそうならないのでしょうか。
それは、「危機意識の差」と、「風通しの差」であると思います。ひょっとしたらC社では、「コロナはすぐ終息するだろう」、「自分達が一番手に賞与の減額など発表したら業界の笑いものでメンツが丸つぶれだ」、「従業員たちに反発を受けないように、まずは同業他社の対策案を見てからうちもそれに準じて調整しよう」など、社内調整や初動の遅さがあったのかもしれません。さらにはB社、C社の他に、同じ規模でD社という会社が存在し、その会社は依然沈黙を守っていたとしたら、D社の社員の中には「B社もC社も大変でかわいそうに。うちの会社は何も発表してないから安泰ということだな」と思っているかもしれません。しかし、そうした会社のほうがむしろ一番心配で、ある日突然経営破綻してしまう確率が高いのは、D社のような会社です。大丈夫なら「うちはB社やC社と違って、このような理由で大丈夫ですから安心してください」というアナウンスが必ずあるからです。
ネガティブな数字や情報を開示することで、苦境を乗り切れる確率が上がる
会社が危機になると、「社員に嫌われてでも、会社を維持するためにすぐ経費削減する経営者」と「給与を減らしたら社員がかわいそうだからぎりぎりまで今のままでいきたい経営者」の二つに分かれます。多くの場合、後者のほうが、取り返しがつかなくなるケースが多いのです。そして後者の経営者は、「こんな悪い数字を言ったら社員が辞めてしまうかも」といったように、数字を見せたくないという特徴があります。一方、前者の経営者は、「うちはこのまま売上が戻らないと1年くらいしかもたない金額しか今ないので、オフィスを安い賃料のところへ一旦移転します。ただ、今金融機関と借入交渉をしていて当面は大丈夫な体制にするので、雇用の件は当面は安心してください。ただ売上を回復させなければいけないので、責任は自分が取るので新事業や新業態のアイデア出しの協力を皆にもお願いしたいです」といったように、割とはっきり現実を社員に伝えます。
実際に数字と言っても、「〇千万円の△△費用……」という具体的な数字でなくても、「このまま売上が3割減のまま回復しないと、来年度の給与はトータルで3割減しないと経営が厳しくなる」というレベルでもいいと思います。人件費の例でいえば、「最悪、今後一律給与を3割カットするか、人員を3割削減という選択をしなければならないかもしれないけれど、なんとか回避したいと思っているので、協力して欲しい」と現実を言ったほうが、社員としてはショックかもしれませんが、黙っていられて突然会社が倒産するよりは、社員のことを考えてくれています。
経営者の方々には、ネガティブな数字や情報であればあるほど、勇気を持ってその状況を社内に共有していただきたいです。社員の計数感覚や危機感を上げるのは、その社員が勤めている会社の数字をリアルに見せてあげることが一番なのです。それを受けて、どう行動すれば数字が改善するかを全社一丸となって考えることで苦境を乗り切れる確率が高まります。
社員の方達も、会社の数字に興味がない人達ほど年齢を重ねるにつれ大変な目に遭っていく可能性が高いので、日頃から会社から発信される情報や数字を正しい理解で認識をし、自分はその情報や数字を受けてどのような行動をすればよいのか、敏感になっておいたほうがいいと思います。
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