現在、日本が国を挙げて推進している「多様な働き方の実現」の中でも、多くの企業が注目している「副業・兼業」。歴史ある大手企業が副業・兼業を解禁したことがニュースにもなった。これまで原則的に禁止であった制度が解禁へと押し進められたのには、さまざまな背景がある。また、禁止されていたことにともない、企業と働く人、双方が抱いていた言葉に対するイメージもあまりポジティブなものではなかったかもしれない。ここでは、本来の「副業・兼業」の意味や使い分け、解禁することで得られるメリット、必要な制度や注意すべきこと、さらに、自社が副業・兼業を受け入れる側になる際の必要事項 などを徹底解説する。
副業・兼業

「副業・兼業」とは? 知っているようで知らない意味や、気になる違いを紹介

まずは、大前提となる「副業・兼業」の意味から把握していこう。「副業・兼業」とは、大まかに解説すると、法律的に明確な違いはなく、どちらも「本業以外にも仕事をもっている」という状態を指す。なお、仕事に限らず慈善事業から収入を得ている状態も、「兼業・副業」にあたる。

●副業と兼業の相違点

大まかに「違いはない」とはいえ、一般的には、ある程度の基準で使い分けられているのでチェックしてみよう。

「副業」は読んで字の如く「主となる仕事(本業)とは別に仕事を持つこと」。本業に比べて副業の収入・時間・労力が少ないことが特徴だ。あくまでも「メインは本業」というスタンスで他社の業務も行う、といった状態となる。

一方「兼業」は、「職務以外の他の業務にも従事すること」であり、本業以外の事業を2つ以上、同時並行して掛け持ちしている状態を指す。この場合、「1つが本業で、もう一方が兼業」ということもあれば、「すべての仕事をほぼ同等に行う」こともある。たとえば、会社に勤務しながら、個人事業主として本格的に仕事を持つ場合も「兼業」にあたる。1つのことだけを仕事とするという意味での「専業」の対義語として、「兼業(複数のことを仕事にする)」というとらえ方が一番明確だろう。

また、時間や収入額といった目に見えた差だけでなく、「スキルアップ」や「人脈作り」といった自己啓発、マインドの成長といった度合いが大きいものを「副業」、収入や事業拡大という実利的な意味合いが強いものを「兼業」とする場合もあるようだ。

なぜ、今「副業・兼業」が注目されているのか?

「副業・兼業」が今までになく注目されることになった背景としては、「政府の動き」と「働く側の変化」が挙げられる。

●政府の動き

2018年1月、厚生労働省が「モデル就業規則」を改定し、これまでの「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定は廃され、「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」こととなった。つまり、労働者の自由として、副業・兼業ができることを明文化した形だ。これに大きな注目が集まった。

このような改定が必要になった背景には、日本は副業・兼業を禁止している企業が多く、グローバル企業に比べて副業・兼業を許容している割合が低いという理由がある。

【関連リンク】
厚生労働省「モデル就業規則について」

●労働者側の変化

近年、景気変動や新型コロナウイルス感染症などの社会状況の影響を受け、収入面での不安を抱えている人が増加した。ボーナスがなくなるといった収入減少や、生活費や教育費などの高騰は、労働者の生活に直結する深刻な問題だ。こういった不安定な情勢の中で、収入の補填策として「副業・兼業」が注目されるようになった。

また、「多様な働き方」を求める労働者は多く、ネット環境下でできる仕事の増加や、テレワークの普及により、「副業・兼業」に挑戦しやすくなったという背景もある。通勤時間をかけず、わずかな空き時間でも従事できる点をメリットと感じている人も増えている。

「副業・兼業」が企業にもたらす「メリット」とは?

企業が「副業・兼業」を解禁することで得られるメリットには、下記のようなものが挙げられる。

●優秀な人材の確保と柔軟な雇用

上述の通り、まずは収入・生活面での不安が減ることで、より良い収入を求めた転職を防ぐことができる。また、育児・介護といった避けられない理由で退職を検討していた従業員も、本業の企業に在籍したまま在宅で副業・兼業が可能になり、パートやアルバイトに転職することもなくなる。企業にとっては貴重な戦力の喪失を防げるようになるのだ。

●モチベーションとエンゲージメントの向上

働き方・生き方に対する価値観が多様化する中、本業を続けながら、収入・生活や身分保障はそのままに「興味のある仕事」に携われ、「自己実現」もができるならば、労働者にとってその企業は「自由度の高い魅力的な職場」となる。その結果、本業の企業に対するエンゲージメントも向上するだろう。

●人材育成とスキルアップの手段

「人材育成」につながるという点は、企業にとっての大きなメリットだ。一つの企業内で獲得できる知識・スキルには限界があり、「副業・兼業」先の社外から新たな知識やスキルを獲得できれば労働・生産性の向上も図ることができる。スキルの向上は、キャリアの開発にもつながるだろう。たとえば、個人事業を開業するという兼業であれば、経営マネジメントのスキルを学ぶ機会にもなる。

また、社外で自分の実力がどれくらい通用するのかを試してみることは、客観的な評価基準を身につけることにもなるだろう。

「副業・兼業」を解禁する前に、まず企業がチェックすること

「副業・兼業」は、従業員が会社側に黙ったまま、誰でも始めてよいわけではない。企業は、下記のような手続きを経て開始してもらうよう、道筋を作る必要がある。

●届出制度の制定

企業側は、副業・兼業を希望する従業員には、書面で申請してもらい、管理していく方法がよいだろう。下記の提出によって、副業・兼業によって懸念されるリスクを回避することにも役立つ。

・副業・兼業先の情報
会社名、所在地、業務内容、雇用形態、就業時間、勤務日数など、基本情報を聞き取る。

・情報漏洩についての誓約書
本業で知った情報や、得たリソースを副業先で使わない旨を、書面として残しておく。

・「本業に支障をきたさない」旨を記載した誓約書
労働時間の上限や深夜労働の可否など、一定の規制は設けておく。

●就業時間や健康状況の把握

「労働基準法」で「労働時間に関する規定」が定められているため、副業・兼業先で就業している時間と本業での就業時間を合算する必要がある。そのため、従業員から「副業・兼業先での就業時間」を申告してもらわなければならない(「労働基準法」第38条:労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する)。

副業・兼業を行う従業員の健康面への懸念がある場合、自社と副業・兼業先の企業で時間外労働(残業)や休日労働の抑制・免除するといった配慮も必要になる。さらに、従業員の健康状況を把握するためには、定期健康診断のほかに産業医との面談を設定することも有効だ。

「副業・兼業」解禁に際して、企業が対策するべき「注意点」

副業・兼業を解禁するにあたっては、「解禁前」・「申し出があった時」・「開始後」という3つのタイミングによって、企業がとるべき対応にポイントがある。

●企業が「副業・兼業」の解禁前に行っておくべきポイント

企業側は「副業・兼業」の解禁を従業員に向かって通知する前に、あらかじめ制度化し、ルールを明確化しておく必要がある。

・「副業・兼業」を行う際の手続き方法
「事前の承認・承認者」、「届け出の有無」、「提出書類」など。従業員が副業希望を申請し、直接、上長・管理部などへ届け出るのか、上長を通じてエスカレーションするのか、また、どのような書類が必要なのか、といった制度は事前に整備しておくことが必要だ。

・「副業・兼業」を認める業態
「業務内容」、「就業日・時間」、「就業期間」、「就業時間帯」、「勤務地」など。当然のことだが、知らされた副業先が反社会的なものとつながっていないか、といった点にも注意が必要だ。副業先選びは個人の裁量とはいえ、現代の風潮では、万一の時に「調べていなかった」という言い分は通らない。

・従業員の副業先での労働時間・健康状態を把握する仕組み
「勤務表の提出」、「産業医面談」、「上司や人事担当との面談・報告」など。

●従業員から「副業・兼業」の申し出があった時点でのポイント

企業側は、従業員が申し出た「副業・兼業」に問題がないかを確認する。明確な基準をあらかじめ作っておき、それを基に確認するのがよいだろう。開始にあたっては、必要な手続き・書類の提出といった、企業への通知方法について、しっかりと説明する必要がある。

なお、この際にも、従業員に対して「必要以上に情報を求めないこと」が重要だ。企業側が副業・兼業先の情報を求めることは必要だが、機密情報まで求めるといった行き過ぎがあった場合、競業・利益相反として裁判になってしまう恐れがある。これでは、企業の信用失墜につながってしまう。従業員への確認は、「本業に支障がないかどうか」の確認に留め、基本的に後押しする姿勢をとるべきである。

●「副業・兼業」の「開始後」のポイント

定期的に「副業・兼業」を開始した従業員とコミュニケーションを取り、健康状態の確認や業務への支障がないかを定期的に確認する。同じ職場の従業員からヒアリングするのも有効だ。

「副業・兼業」の「受け入れ先」となる場合

ここまで解説してきた「副業・兼業」は、あくまで自社の従業員が他社の業務に従事する場合を想定したものだが、「副業・兼業の解禁」にはもうひとつの側面もある。他社に勤務している優秀な人材を、副業・兼業として自社で受け入れることができるメリットだ。

自社が「副業先」となる際にも、人材の受け入れを開始する前に規定を設け、制度化しておく必要があるのは同じことである。社外の人材に自社の業務にあたってもらい、充分に能力を発揮してもらうには、働きやすい環境整備が必要だ。

・雇用期間や賃金の規定
自社従業員と同様に雇用する場合もあれば、あるプロジェクトにだけ参加といった短期雇用の場合も考えられる。また、月給制か時給制なのか、交通費・通信費支給の有無といった賃金規定も、副業者全員一律でなく、個々に応じて明確に設けなければならないケースも考えられる。

・副業者用の就業規則の制定
就業時間や日数、働く場所の決定。リモートワークの可否など。

・リスク回避のための書類
本業との混同を避ける旨や情報漏洩に関する誓約書などを用意する。

・自社従業員とのコミュニケーション方法
リモートワーク下でも孤立しないコミュニケーション方法を考慮し、社外で得たスキルを、ミスマッチを起こさず充分に発揮できる環境を整える。

これらの明確なルールは、副業者の募集前からしっかりと準備し、副業者に業務に就いてもらう旨は社内に周知しておかなければならない。万全の準備のもと、社外リソースを必要に応じて短時間・短期間だけ雇い入れるといった「柔軟な人材活用」を行うことは、新たな空気を社内に持ちこみ、企業の成長や自社従業員の意識変革を促すきっかけにもなる可能があるだろう。

【関連リンク】
ライオンが副業を推進する意義とは――「副業によって人材開発を促進する」という人事の挑戦
これまでの「副業・兼業」という言葉からは、社内リソースの外部流出といったマイナスのイメージを持っていた企業も多いかもしれない。しかし、きちんと制度化し、明確なルールのもとで運用されれば、限られた優秀人材を複数の企業でシェアでき、社会全体にメリットがあるサイクルを築くことができる。従業員側にとっても、自身のスキルを高く評価してもらえることで労働意欲が増進し、収入面の安定にもつなげられる。政府の後押しもある今、「副業・兼業」をポジティブにとらえ、企業・人材双方の成長手段として活用していくことが大切だ。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!