「メンタルヘルス」の不調を訴える従業員が増加している昨今。オンとオフのメリハリをつけにくい在宅勤務が普及したことで、企業はより一層のメンタルヘルス対策が求められるようになった。「メンタルヘルス」は、従業員のエンゲージメントだけでなく、職場の生産性低下や経営リスクマネジメントにも影響をおよぼす。本記事では、職場での「メンタルヘルス」ケアの取り組み方法や不調者が出た際の対応の仕方などを紹介する。
「メンタルヘルス」対策として重要なセルフケア、職場での不調者へのサポート

「メンタルヘルス」とは? 定義やメリットを紹介

メンタルヘルスとは、「心(精神面)の健康」のことである。仕事について悩みやストレスを感じている人の増加によって、働く人のメンタルヘルスが重要視されている。また、厚生労働省によると、メンタルヘルス不調には精神的な疾患のみでなく、「悩みや不安を抱えている状態」も含まれている。

なお、同省では、国・事業者・従業員などの関係者が一体となって従業員の安全と健康を守り、労働災害防止対策に取り組むことができるよう「第 12 次労働災害防止計画」を策定。安全衛生水準の向上に努めることを求めている。

職場において、従業員のメンタルヘルスが良好というのは、本人が高いパフォーマンスを発揮できている状態だ。ストレスが増えるとメンタルヘルスは低下し、メンタルヘルスに不調を抱えた従業員がいる状況では、企業の成長や発展は難しい。従業員のメンタルヘルス不調を防ぐための取り組み「メンタルヘルスケア」を行うことは企業にとっても、重要課題のひとつなのだ。これが、メンタルヘルスが重要視されている「背景」である。

●「メンタルヘルス」対策のメリット・デメリット


・従業員の生産性やモチベーション
メンタルヘルスケアの一環として職場環境の改善を行うことは、従業員の労働生活の質を高めることにつながり、従業員のモチベーションの向上も期待できる。これは、メンタルヘルス不調の有無にかかわらず、すべての企業・従業員に対して行うことで、効果を発揮する。

・経営リスクマネジメント
メンタルヘルス不調があると、集中力・注意力が低下し、トラブルにつながる可能性があり、本人だけでなく顧客や同僚などの周囲の人に影響する場合もある。メンタルヘルス不調者への企業の対応が不適切で、該当の従業員の状態を悪化させてしまうと、最悪の場合、労災請求や民事訴訟につながる場合もありえる。実際、厚労省の調査では、労災請求数・決定数・請求数は増加傾向にあるという。

労災補償の支給や訴訟費用、賠償費用のほかにも、傷病手当金、欠員補充費用などでコストアップしてしまううえに、企業が心の健康を守る「安全配慮義務」への不備から、社会的イメージダウンも考えられる。メンタルヘルス不調の発生・悪化防止が、企業のコスト負担を低減し、ブランドイメージ低下を防ぐといった経営上のリスク回避につながる。

●「メンタルヘルス」不調を予防するストレスチェック制度

2015年、「労働安全衛生法」にもとづき「ストレスチェック制度」が施行された。「ストレスチェック」とは、医師や保健師などによる従業員の心理的負担の程度を把握するための検査を指す。社員50名以上の事業所では年1回の実施が義務、50人未満の事業所では努力義務となっている。結果は本人に通知され、「高ストレス状態にある」と判断された場合は、本人の希望によって医師による面接指導が行われる。

なお、メンタルヘルス不調の予防と活気ある職場づくりに必要な知識と対処方法を習得するために、「メンタルヘルス・マネジメント検定」も実施されている。内容によって3種類のコースがある。

1種:人事労務管理スタッフや経営幹部が対象
2種:管理監督者(管理職)を対象とする
3種:一般社員が対象

職種に応じて必要な知識を体系的に習得できる内容で、社員全員に合格を義務づけている企業や、受験を推奨している企業もある。


「メンタルヘルス」のケアに対して企業はどのように取り組むべきか

「メンタルヘルス」のケアに向け、企業はどのような取り組みを進めるべきだろうか。必要とされる取り組みについて、大きく3つに分けて解説していく。

●「心の健康づくり計画」の策定

「メンタルヘルスケア」は、中長期的なプランで継続的・計画的に行うことが重要だ。取り組みでは、事業者が従業員の意見を聴きつつ、事業場の実態に即した方法で推進することも必要である。このため、衛生委員会といった組織において十分な調査審議を行い、「心の健康づくり計画」を策定することは非常に重要となる。「心の健康づくり計画」に盛り込むべき事項は次の通り。

・事業者がメンタルヘルスケアを積極的に推進する旨の表明に関すること
・事業場における心の健康づくりの体制の整備に関すること
・事業場における問題点の把握及びメンタルヘルスケアの実施に関すること
・メンタルヘルスケアを行うために必要な人材の確保、事業場外資源の活用に関すること
・労働者の健康情報の保護に関すること
・「心の健康づくり計画」実施状況の評価・計画の見直しに関すること
・その他、労働者の「心の健康づくり」に必要な措置に関すること


また、「心の健康づくり計画」の実施においては、事業場内産業保険スタッフが中心的な役割を担う。事業場内産業保険スタッフが関わる「心の健康づくり計画」には、以下のものがあげられる。

・具体的なメンタルヘルスケアの実施に関する企画立案
・個人の健康情報の取り扱い
・事業場外資源とのネットワークの形成やその窓口
・職場復帰における支援など


なお、「ストレスチェック制度」は、各事業場で実施される総合的なメンタルヘルス対策の取り組みの中に位置づけられることが重要だ。「心の健康づくり計画」において、「ストレスチェック制度」の位置づけを明確にすることにも留意すべきである。

●4つの「メンタルヘルスケア」

企業内で適切なメンタルヘルスケアを進めていくためには、下記の4つのケアが必要だ。

(1)セルフケア

・良い睡眠をとる
起床時間を一定にして日光を浴びる
日光は、目を通じて体内時計を刺激し、一日の行動に適したリズムを作る。毎朝同じ時間に起床するようにし、目が覚めたら適度に日光を浴びることが望ましい。

睡眠時間は「日中に眠気で困らない程度」を指標に
健康で効率のよい業務を行うためには、5~6時間以上の睡眠時間を確保するのがよいといわれている。しかし、必要な睡眠時間は、人によって個人差があり、特に年齢とともに、必要な睡眠時間は短くなる傾向がある。適した睡眠時間を毎日キープするよう心がけたい。

睡眠前のリラックス法を習慣づける
軽い読書や音楽、ストレッチなど、自身にあったリラックス法を見つけ、眠くなってから寝床につくことが望ましい。コーヒーやお茶類にはカフェインが含まれ、覚醒作用があるため、睡眠前の摂取は避ける。

・規則正しい食事
朝食をとることで自律神経が活発になる。遅い時間の夕食は朝食の妨げになるため、避けるよう心がけたい。1日3食、規則正しく摂ることを習慣づけよう。

・運動習慣の維持
適度な運動習慣は夜間の睡眠を安定させ、睡眠の質を高める効果がある。1日30分週2~3回程度の軽く汗ばむ程度の運動を心がけ、無理なく長続きさせることが重要だ。

・正しい飲酒習慣
少量の飲酒は寝つきをよくする。しかし、寝酒は眠りが浅くなり、疲労の回復を妨げる場合がある。また、飲酒習慣が連続すると、同量では寝つけなくなり精神的・身体的な問題につながりおそれがあるので要注意だ。

・上司への相談・専門の相談窓口の利用
業務についての悩みは、部内の事情をよく知る直属の上司に相談する。上司に相談しにくい場合は、社内や社外に設置されている相談窓口などを利用する方法もある。

・医療機関の受診
上司や専門の窓口に相談しにくい場合は、直接、精神科や心療内科などの医療機関を受診することもできる。診断により、治療や休職といった対応が必要となる場合は、医療機関を受診したことを企業に伝え、対応について相談するとよい。

(2)管理監督者によるケア
ケアで大切なのは、管理監督者が、従業員の「いつもと違う様子」にいち早く気づくことだ。メンタルヘルス対策の中で、管理監督者の役割はとても重要になる。部下の行動様式や人間関係の持ち方について知っておくことが必要なため、日頃から部下に関心を持って接するよう心がけよう。なお、「いつもと違う」様子・行動は以下のようなものがあげられる。

【業務面での兆候】
・出退勤の変化

理由が明確でない離席・休憩や、遅刻・早退・有給休暇の取得が増加する/無断欠勤/同じ業務量にもかかわらず退社時間が遅くなる

・パフォーマンスの低下
業務進捗が滞る/メールの返信・書類提出の遅れ/アウトプットの質の低下/会議や打ち合わせでの発言が減少/会議の欠席/報告・連絡・相談がなくなる/ミスや事故の増加

・行動面の変化
挨拶しなくなる/服装・髪型の乱れ/対人関係トラブル/突然泣き出す・独り言など情緒不安定な様子が頻繁に現れる

【心身面での兆候】
・心に現れる症状

イライラする/悲しくなる/不安や焦りを感じる/やる気の低下/集中力の低下/自分を責めるなど

・体に現れる症状
吐き気/食欲不振/不眠/肩こり・背中・腰の痛み/耳鳴り/頭痛や頭がボーっとする/動悸/微熱/倦怠感など

上記のような「いつもと違う」様子の従業員への対応としては、「まずは健康状態をたずねてみる」ことが有効だ。気にかけて見ている姿勢を態度で部下に示そう。一方、やってはいけない行動もある。「頑張ろう」や「なんとかなる」といった激励の言葉はプレッシャーをかけられていると受け取られてしまう恐れがあるので禁句である。

管理監督者は、職場環境の把握と改善や、従業員からの相談に対応することが重要だ。職場環境等の改善は従業員のストレスを軽減し、メンタルヘルス不調の発生や悪化を防止することが期待できる。

(3)「事業場内産業保健スタッフ」によるケア
産業医や衛生管理者、保健師などの「事業場内産業保健スタッフ」は、「セルフケア」、「ラインによるケア」が効果的に実施されるよう、従業員や管理監督者へ支援を行う。前述の通り、「心の健康づくり計画」の実施においても中心的な役割を担う。

(4)「事業場外資源」によるケア
「事業場外資源」には下記のものが含まれる。

・従業員支援プログラム(EAP)
・労災病院・診療所
・都道府県産業保健推進センター
・地域産業保健センター


情報提供や助言を受けるなど、これらの外部サービスを活用することや、ネットワークの形成、職場復帰における支援などがケアに含まれる。

●「メンタルヘルスケア」対策の進め方

「心の健康づくりのためのケア」を適切に実施するには、事業場内の関係者(従業員本人、事業者、管理監督者、事業場内産業保健スタッフ、事業場外資源)が連携し、取り組みを積極的に推進することが肝要だ。また、カバーすべき分野が多岐にわたるため、上記に加え、産業医や保健師、弁護士や社会保険労務士などの専門家にも加わってもらうと効果的である。必要に応じて専門家にも相談することが望ましい。

では基本的な「メンタルヘルスケア」対策の進め方を大きく3つに分けて紹介したい。

(1)「メンタルヘルスケア」の教育研修・情報提供
従業員・管理監督者・事業場内産業保健スタッフに対し、それぞれの職務に応じた教育研修・情報提供を実施しよう。事業場内に教育研修担当者を計画的に養成することも有効だ。

(2)職場環境の把握と改善
従業員のメンタルヘルスは、作業環境や作業方法、労働時間、仕事の質と量、ハラスメント、人間関係、組織、人事労務管理体制など、きわめて多岐にわたる要因から影響を受けている。職場環境の評価と問題点の把握、その改善をはかることが求められる。

(3)「メンタルヘルス」不調への気づきと対応
万が一、メンタルヘルスに不調がある従業員が発生した場合には、その早期発見と適切な対応をはかることが重要であり、下記3点に関する体制整備が必要だ。ただし、従業員の個人情報保護には十分留意する必要もある。

・従業員による自発的な相談とセルフチェック
従業員が業務の悩みを相談できる社内窓口の設置など、従業員の相談に対応できる体制の整備が必要である。窓口は常勤の産業医が望ましいが、非常勤の場合は、人事管理担当者や衛生担当者が窓口となっている場合も多い。

また、社内で相談は避けたいと感じる従業員もいるため、病院の心療内科やメンタルクリニックと契約するなど事業場外の相談機関を活用して、従業員が自分から相談を受けられる環境整備も大切である。

・管理監督者、事業場内産業保健スタッフによる相談対応
管理監督者は、日常的に、従業員からの相談には対応するように努めることが大切だ。聞き取りや、適切な情報提供によって、必要に応じて産業医や産業保健スタッフ、外部サービスなどへの相談や受診を促すといいだろう。事業場内の産業保健スタッフは、管理監督者と協力して従業員の不調への気づきを促すよう、保健指導・健康相談を行うとよい。必要ならば、外部の医療機関への相談・受診も促そう。

・従業員の家族による気づきと支援
従業員の家族にも、ストレスやメンタルヘルスケアについての基礎知識や職場のメンタルヘルス相談窓口などの情報を提供する。

「メンタルヘルス」不調者が職場で出たらどうするか

従業員のメンタルヘルス不調のサインに気づいたら、早急な対応が必要だ。厚生労働省の調査によると、業務上の心理的負荷が原因で精神障害を発症した、あるいは自殺したとして労災が認定された件数は増加傾向にあり、働く人の年間自殺者数は7,000人にものぼるという。

もし従業員がメンタルヘルス不調を伝えてきたら、「気づいてあげられなかった」とネガティブに考えるのではなく、「早期発見できてよかった」とポジティブに認識することが大切だ。では、メンタルヘルス不調の従業員への接し方について解説していこう。

●「メンタルヘルス」不調の社員への適切な対応方法


(1)就業を継続している従業員への対応
従業員・部下がメンタルヘルス不調になってしまった、または、メンタルヘルス不調の疑いがある場合、もっとも重要なことは「相手を否定せず、聴く姿勢で接すること」である。当事者からネガティブな気持ちの発言があった場合も、「励まし」や「叱責」は絶対にしてはならない。相手の気持ちを十分に理解すること、解決方法を一緒に模索すること、「自分は味方である」という「気持ちを伝える姿勢」が必要なのである。

相談を受ける中で、症状が比較的に軽いと確認できた場合には、「セルフケア」をすすめてみるのもよい方法だ。また、必要な場合は、担当業務を一時的に軽減したり、症状によっては、病院・クリニックの受診をすすめてみたりすることも有効だ。

(2)従業員が休職した場合の対応(休職中~休職後)
メンタルヘルス不調により、従業員が休職することになってしまうケースもあり得る。そういった場合の対応には、「注意すべきポイント」がある。

・休職中連絡は最低限にとどめる
従業員が休職することになってしまった場合、休職期間中は療養に専念できるよう配慮する必要がある。引き継ぎは最小限にとどめ、以降は業務に関する連絡はしないように心がけよう。連絡の頻度も最低限に抑え、1~2ヵ月に1度、メールや書面によるやり取りが望ましい。また、休職者とやり取りする連絡窓口は1人に限定するのがよい。

休職中の従業員に伝える情報については、休職中の経済的不安や、将来に対する不安をできる限り軽減できるよう、傷病手当金制度や復職手順についてなどを伝えよう。

・職場復帰に向けた対応
メンタルヘルス不調により休職した従業員が、円滑に職場復帰し、就業を継続するためには、衛生委員会といった組織において調査、審議し、職場復帰支援プログラムを策定する必要がある。あわせて、体制整備やプログラムの組織的かつ継続的な実施で、従業員への支援を行う。

主治医によって「職場復帰可能」と判断されたら、すぐに職場復帰を決定するのではなく、実際に業務につける状態であるかどうかについて、産業保健スタッフを中心に情報収集と評価を行おう。産業医面談を設定することも有効だ。復職に際して、産業保健スタッフや復職する従業員、その管理監督者、人事労務スタッフを含めて、勤務時間の配慮や職場環境の調整が必要かどうかなども十分に話し合ったうえで、「職場復帰プラン」の作成を行おう。

・従業員が復職を果たした後の対応
復職後、該当の従業員の同僚に対してはどの程度まで情報を共有するのかを、事前に話し合っておいた方がよい。また、職場復帰後は、時短勤務や業務軽減などの措置をとり、徐々に通常業務へ戻す期間が必要となる。管理監督者は、同僚に対して勤務上の配慮事項を明確に伝え、職場復帰した従業員がスムーズに働けるよう配慮し、再休職が必要とならないよう適切なフォローを行うことが大切だ。

「メンタルヘルス」へのケア・対応を行う際に最も重要なことは、「適応障害やうつ病などメンタルヘルスの不調の回復期は、常に快方へ向かうといったものではない」という認識をもっておくことだ。メンタルヘルス失調におちいってしまった従業員は、調子のよい日と悪い日を繰り返しながら、少しずつ安定に向かう。調子が良く見えていても次の日にはまた崩れてしまう、といったこともある。それが「普通」である、ということをきちんと認識して対応しよう。
新型コロナウイルス感染拡大を機に、テレワークを導入する企業が増えていきている。メリットがある一方で、デメリットもあり、「メンタルヘルス」の不調に陥りやすいのもその一つだ。「メンタルヘルス」の不調は、企業や上司からの支援だけでなく、セルフケアでも防止することができる。ただ企業は従業員任せにすればいいというわけではない。従業員が適切な対策を行うために、企業側は「ストレスとメンタルヘルスについての基礎知識」、「ストレスの気づき方」、「セルフケアの種類」など、セルフケアに関する情報を発信していくことが求められる。企業がきちんと教育を行うことで、従業員は心身の異変が起きた際に早期に察知できたり、自分自身で対策を行えたりできるようになる。従業員それぞれが主体的にセルフケアを実践できれば、エンゲージメント向上だけでなく、生産性の拡大にもつながっていくだろう。
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