ここまで読んできて、「健康経営は確かに理想だけど、やっぱりお金も人も余裕のある大企業のやることだ」と思った人もいるかもしれません。「うちは日々の業務で手いっぱいで、とてもそこまでする余裕はない」と。確かに中小企業の経営者や人事労務担当者は、国民医療費とか健保財政改善といった大きな話では、なかなか実感がわきにくいかもしれません。しかし従業員の健康度が直接、業績にもつながっているとしたら、どうでしょうか。

※本稿は、鈴木友紀夫『企業にはびこる名ばかり産業医』(幻冬舎)の一部を抜粋・再編集したものです。
第3回 社員の健康度UPは、一人あたり30万円の損失削減に繋がる
健康経営や産業保健の分野で近年話題になっている言葉に、「アブセンティーイズム」と「プレゼンティーイズム」があります。聞き慣れない言葉かもしれませんが、これらはいずれも企業の健康関連コスト(損失)を表すものです。アブセンティーイズムは、従業員の欠勤、遅刻・早退による損失です。病気や体調不良、入院・通院などにより本来の勤務時間に職場にいないことによって生じる損失を指します。

それに対してプレゼンティーイズムは、従業員が職場にいるにもかかわらず、生産性が低下しているために生じる損失を表します。具体的には、頭痛などの体調不良やメンタル不調、過労・睡眠不足による集中力の低下などにより生じる、ミスや作業効率の低下、業務の遅れといった損失のことです。

従業員が心身の不調を抱えた状態で勤務を続けていると、アブセンティーイズム、プレゼンティーイズムといった「損失」が大きくなり、結果として企業の業績を押し下げる圧力になるのです。その損失を数値化した研究もあります。

経済産業省「健康経営の推進に向けた取組」では健康関連リスクとして、「身体的リスク」「生活習慣リスク」「心理的リスク」の3種を挙げ、それぞれ次のような因子とアブセンティーイズム、プレゼンティーイズム、医療費がどのように関連するかを示しています。

・身体的リスク(血圧、血中脂質、肥満、血糖値、既往歴)
・生活習慣リスク(喫煙習慣、飲酒習慣、運動習慣、睡眠・休養)
・心理的リスク(主観的健康感、生活満足度、仕事満足度、ストレス)

身体的リスク因子のなかで病気の既往歴のある人は、ない人に比べて欠勤による損失(アブセンティーイズム)が1.6日多く、医療費も年間13.7万円も高くなっていました。生活習慣リスクでは特に睡眠・休養の影響が大きく、睡眠・休養のリスクの高い人は、そうでない人に比べて欠勤による損失が0.7日多く、日々の生産性損失(プレゼンティーイズム)が32.9万円にも上っていました。

さらに心理的リスクの各因子は、身体的リスクや生活習慣リスクに比べ、欠勤による損失も日々の生産性損失も大きな相関がみられました。なかでも目立つのが日々の生産性損失で、リスクのある人とない人の損失の差は、主観的健康感で110.5万円、生活満足度で46万円、仕事満足度で71万円、ストレスで41.5万円と、大差になっていました。

総じて、各リスク因子に該当する数が多いほど、アブセンティーイズム、プレゼンティーイズムによる生産性損失が高くなっていました。そして健康リスクの低い人の損失額は年間60万円程度なのに対し、健康リスクの高い人の損失は90 万円ほどに上ることがわかりました。

これは健康リスクの高い従業員の健康度が上がれば(低リスクになれば)、一人あたり30万円の損失削減=生産性向上につながるということです。
第3回 社員の健康度UPは、一人あたり30万円の損失削減に繋がる
たとえば従業員100人の事業所で、健康リスクの高い人が30人いたとします。企業の健康増進の取り組みによってこのうちの3分の1、10人の健康度が上がった場合、一人30万円×10人で、年間300万円分の損失削減・生産性向上が見込めるわけです。しかもそれが3年、5年と続いていけば、その効果はさらに何倍にも大きくなります。こうして数字でみてみると、企業規模にかかわらず、健康経営は確かに〝投資〟だということが理解していただけるのではないでしょうか。

※ 健康経営®は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
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