日本企業には、年功序列型人事評価が深く根付いており、個人の業績をあまり重んじる文化にない。これは戦後の高度成長期を支えた昭和一桁の世代や、バブルの中核を担った 団塊世代の方々が深い愛社精神をもって会社を引っ張って来たからに他ならない。これらの世代の方々がリタイヤを迎え、新人類と呼ばれる世代が中核をなす会社の雰囲気は、かなり様変わりしている。一昔前ならば皆が楽しみにしていた社員旅行は、「海外は行きたくない」、「できるだけ短めに」、「旅行に行くくらいなら現金で欲しい」などと言い出す若手社員が多くを占める。
第2回 かつての成果主義は何故絶滅したか?
世代交代とともに愛社精神や会社の一体感は薄れ、より個人の評価を強く意識する傾向が強くなっている。これらのメッセージは、単に「会社のため、みんなのために頑張ろう!」と言うだけではなく、ある程度は会社の業績と切り離して個人の業績に応じた報酬を取り入れていかなければ、優秀な社員を引きとめることは困難になってきていることを物語っている。

かつて2000年代初頭に“成果主義”よる人事評価が一世を風靡したが、外資系を見よう見まねで導入した企業は軒並み失敗し、“日本には馴染まない”という風評を得て、数年で絶滅した。その後、“成果主義”なる言葉は死語になってしまったが、それらの失敗の原因には明確な共通点がある。
一番の原因は、単年度の業績評価を全ての人事評価に当てはめてしまったということだ。成果主義には漏れなくMBO(目標管理制度)が導入されるが、問題はその処遇の方法である。ほとんどのケースが次の2つに当てはまる。

(1)賞与の査定で差を付ける
(2)次年度の昇進・昇格、昇給

(1)は会社全体が目標に達しないと還元されないので、社員の動機付けとしては少々物足りないが、間違いではない。問題は(2)である。人事評価とは、昇進や昇給を伴うものである。業績は重要なファクターではあるが、それだけではない。会社の中核となる管理職のポストを与えるには、リーダーシップ、スキル、会社に対する貢献度、マネジメント適正など、あらゆる面で評価を行うべきである。また業績には、チームや担当分野、環境、業務の難易度といった自分ではどうすることもできない要素も年度によって影響度が変化する。

これらの要素を無視して、単年度あるいは数年の業績がずば抜けていたからといって、安易に管理職のポストを与えてしまうと、不適格なリーダーが乱立してしまうことになる。次年度の昇給で処遇するというのも、後々ボディーブローのようにダメージが効いてくる。会社の業績がずっと右肩上がりの時はよいが、業績が傾いた時に最も下げづらいのが基本給である。これが“成果主義”絶滅の一番の原因である。

他にも、管理職の業績評価に興味のない部下、定量化できない達成基準の曖昧な目標設定、個人の成果を重視するあまりチームワークや一体感の欠如、後進の育成に興味を無くした中堅社員など、失敗の原因は多くあるが、詳しくは後に導入のポイントで述べるとする。

多くの外資系企業は、単年度の成果は成果給として年度内にきっちりと清算し、昇進・昇格を伴う人事評価とはきっちり分けて実施することで、問題なく運用している。
報酬は単年度の業績に応じて適正に還元しつつ、人事評価は業績以外にもあらゆる角度から公平・公正に行われるべきである。単年度の業績は絶対評価、限られたポストを与えるための人事評価は相対評価で行うということである。
外資系のインセ ンティブ(成果給)と日本企業の年功序列型人事のいいところをうまくバランスをとることで、企業内の多くの人材の活性化が可能となると筆者は考える。

年功序列型人事では管理職のポストに在りつけなければ、給料は頭打ちになり窓際に追いやられる。しかし、インセンティブを取り入れることで、管理職になれないベテラン社員も成果を上げれば、管理職並みの報酬を手にすることができるので、現場も活性化するということだ。

もちろん働き方も変えていかなければならない。いままでのような働いた時間だけ時間外手当を支給するようなやり方では成り立たない。短時間でより成果を上げる働き方にシフトしていく必要がある。
そこで私は、このような働き方を実現するには、インセンティブと同時に、裁量労働制を併せて導入をすることをお薦めしている。別々のアプローチではハードルの高い裁量労働制とインセンティブも、同時に導入することで多くの相乗効果を生み出し、導入のハードルを数段下げることが可能になるのだ。

次回は裁量労働制の導入状況についてお伝えしたい。
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