【第2部】12社の若手調査から紐解く、求められる上司のキャリア支援とは 講師 東京経済大学コミュニケーション学部・小山健太准教授
キャリア支援をすることにより、さきほどの田中先生のお話のように学生が10人いたら10人が別々のキャリアになりますから、エンプロイヤビリティが高まることで、転職の可能性も高まります。ライフキャリアをサポートしていくということ自体が個人にとってはエンプロイヤビリティが高い、魅力になるわけです。エンプロイヤビリティが高い人材を引き付ける組織の力、それを慶応義塾大学名誉教授の花田光世先生は「エンプロイメンタビリティ」と言っています。これを意識して高めていかないといけない。今回の調査を行った理由も、どうしたらエンプロイメンタビリティの高い組織になれるのかということからです。私は東京経済大学で教えていまして、専門分野は組織心理学・キャリア心理学です。東京経済大学キャリアデザイン研究所の副所長も務めております。キャリアコンサルティング2級技能士やビジネス・スクール認定のケースメソッド・インストラクターでもあります。慶應義塾大学大学院の研究員や慶應義塾大学非常勤講師、上智大学大学院非常勤講師、早稲田大学の社会人向け講師でもあります。現在、高校商業科の文科省検定教科書『ビジネス・コミュニケーション』の執筆や、政府の「外国人留学生の就職や採用後の活躍に向けたプロジェクトチーム」委員をしています。今日のお話は「キャリア開発3.0」についてです。
「キャリア開発1.0」は、従来日本型で企業が敷いたレールの上を走っていく。終身雇用が限界、人員削減も必要ということで出てきた「2.0」は、比較的短期に成果を求めるようなやり方。しかし日本企業は完全にそちらに振れたわけでもなく、1.0と2.0の間を模索しているのが現状。なかなか2.0になれないので、第3の道を考える必要があって、それが「キャリア開発3.0」です。
大学を卒業して70歳まで50年近く働くとして、その間まったく変化がないということはありえない。どう変化対応するか。個人個人に寄り添ったキャリア形成が必要になります。エンプロイヤビリティを高めた人材に組織に残ってもらって、企業はエンプロイメンタビリティを高めていくのが大事です。
マッチング型キャリア論では「WILL・やりたいこと」、「CAN・できること」、「MUST・すべきこと」という要素で話をします。WILLは自分の価値観。CANは自分の能力、自分のことです。MUSTは仕事になるので、3つが重なるところで自分のキャリアを考えますが、日本だと多くの場合難しい。どのような仕事をするかを個人が選べない。新卒採用では、一括採用で配属先は企業に人事権があって、個別同意なしに所属が決定される。このような状況ですので、選べないのにキャリアデザインをするのは無理。これが可能であるグローバルスタンダードのジョブ型の企業でこの理論は研究されてきたので、こういった議論しかなかった。ジョブ型ではないメンバーシップ型の中での主体的なキャリア形成はどうあるべきかという議論を、我々研究者や企業の人事担当はいっしょに作っていかなければいけない。
また、マッチング型のキャリア論もほぼ同じで、「自分の価値観・能力」と「職務の内容・必要能力」をマッチングさせるというものです。これが欧米のジョブ型ではなぜマッチングできるかというと、あらかじめ仕事内容が明記されている中で仕事を探すからです。日本の場合はそのような明確な求人票ではなく「主体性がある人」、「チャレンジ精神がある人」のように非常に抽象度の高い要素で能力を評価します。難易度が高く、ある意味良い採用だとも思うのですが、マッチング型のキャリア形成ができない。
それではどうなるかというと、リアリティショックが起きます。入社前に抱いていた自分の期待・夢と入社後に直面する組織・仕事の現実がネガティブな方向で違っていて、そのときに感じる心理状態がリアリティショックです。これはマッチング型キャリア理論ではキャリアデザインの失敗なので、欧米型ではこれを回避する理論が昔からある。日本ではそれは難しいので、むしろリアリティショックを通じて成長するのですが、私は「ダイナミック型キャリア理論」と呼んでいます。壁を乗り越えるというプロセスを通じて自分を成長させる。これが、田中先生がおっしゃった「キャリア資本が蓄積されていく」ということでもあります。
新入社員の初任配置の際によくあることですが、自分の「やりたいこと」・「できること」とは全然違う仕事をすることになります。どうするかというと、まずはWILLによってWILL・CANをストレッチさせる。すると、つまらない仕事や、難しい仕事が見方を変えれば取り組んでみたい仕事になる。すると、その仕事を通じて新しいスキルが形成されてCANもストレッチする。「WILL」、「CAN」、「MUST」は重なっていないのが当然でそれが出発点となり、自分の価値観・能力をストレッチさせていくのです。
大学生にもそれなりに価値観・能力がありますが、そのままで大丈夫な仕事に配属されることはまずないので、リアリティショックを感じる。そこで逃げてはダメで一歩踏み出すことによって成長すると、より難易度の高い仕事を与えられたり、あるいは部下を指導する立場になったりして再びリアリティショックを感じて、また一歩を踏み出す。それを乗り越えると今度は異動になって新たにリアリティショックを感じて、成長していく。この連続になるわけです。日本企業の場合最初のリアリティショックは意図的だと思います。初任で成長するために難易度の高い仕事を与えている。だんだん立場が上になってくると、市場の影響や合併などで全然違う仕事になるような、意図しないリアリティショックもある。日本企業の場合、ある程度安全な場所で変化対応力を学ばせている。とはいえ、本人にとってはしんどいことなので、必ず支援者は必要で、多くの場合それは上司になります。上司がうまく支援することで、エンプロイメンタビリティの高い企業になっていく。このような問題意識でOriginal Point社と東京経済大学キャリアデザイン研究所が共同で調査をしました。
調査対象は一般企業に勤める2年目の社員、194人です。今回の焦点はどういう指導をしてもらったら、若手社員が変化対応力を身に付けられるかということです。調査の結果、入社後「本当は別に仕事がしたい」と思った方がおよそ半分でした。強いリアリティショックを受けていることがわかります。
「現在の仕事に関する意識」を調査したところ、7割程度が会社の役に立ち、成長し、興味を持って取り組んでいる中、「いまの仕事にやりがいを感じているか」という設問の回答は割れています。つまり、わりと淡々と仕事をしている若者がいるようだということがうかがえます。社会人2年目でこんなにクールな見方をして働いているのは少々危ういかもしれません。今後、この人たちが管理職になれるのか、なりたいのかというのは疑問です。
次に、「会社に対する意識」です。2年目で「会社の一員であることに誇りを持っている」人は6割以上いるという結果ですが、その一方で「当てはまらない人(誇りを持っていない人)」が4割弱いるというのはちょっとショッキングかもしれないですね。また、「会社を担っていくという意識」のほうは露骨で、当てはまらないほうが6割弱。やはり会社に対してはクールです。自分が成長できる場を会社が与えようとしているのか、よく見極めようとしているのかもしれないです。基礎的な能力を獲得後に、よりおもしろい、よりチャレンジできる職場に移ってしまうかもしれない。それはエンプロイメンタビリティが低い組織ということになってしまいますので、こういった若者にどう対応するかが大事です。
続いて、「キャリアについての意識」では、質問についての回答はすべて割れています。会社に対してポジティブにがんばろうと思っている人たちは半分ぐらいいるので、「キャリア開発1.0」でもやっていけるかもしれない。しかし、そうではない半分の方々がいる中で、どうやって一人ひとりの若者を支援するのかが問題です。
そして、「実現したいことと責任への意欲」についてです。実現したいことと「私は今後、より責任の高い仕事を担当したい」という質問には相関が高いことがわかりました。自分の実現したいこと「マイテーマ」を持っている人ほど、会社への貢献が高いということです。このような人の支援が必要です。「社会に貢献すること」というような大きなテーマを実現したいと思っている人ほど、会社でもがんばろうと思っている。自分自身のことは相関なしということです。
「仕事のやりがい」についての項目についての相関関係では、さきほどと同じく、実現したいことの中で「自分に以外に影響すること」が大事だということが見えてきました。若手社会人のキャリア観のポイントは仕事を通じて実現したいこと、その中でも特に社会性のある項目が、以下の4つです。
「社会に貢献すること」
「顧客に貢献すること」
「世の中の問題を解決すること」
「新しい価値を生み出すこと」
これら対して、どのように会社が支援するのかが大事です。
そして、「若手の意識と上司の支援」の関係についてです。若手の意識に関係することは、人事や人材開発のセクションの人たちがみんな期待していることだと思います。それに影響を与える上司の行動を調べたところ「内的キャリア開発支援」との相関が明らかになりました。
上司から部下への支援のポイントとしては、上司が必要な支援をしてくれたり、若手が望むキャリアについて確認したりといった行動をしていると、さきほどの4つの項目が高まる傾向があるということです。
それでは、どれぐらいコミュニケーションがとれているかというと、業務に関するコミュニケーションはできているようです。これは当たり前のことなのです。しかし、キャリアに関するコミュニケーションはほとんどできていないようです。大事であるにも関わらず、できていない上司が多い。キャリアを支援するようなコミュニケーションが日常的にすることが必要です。それがエンプロイメンタビリティにつながると思っています。
こういった「内的キャリア開発支援」が大事なのですが、苦手意識を持っている上司が多いので、研修が必要になります。研修のすえ、2年目の社員に対して前述のようなコミュニケーションがとれていると、人事のみなさんが期待している人材に育っていく傾向があるということです。
それでは、最後にまとめです。自分のキャリアをマネージする、つまりエンプロイヤビリティを高めていくのは自分自身である。そして組織のほうは手段、環境、機会を与える。キャリア開発を考えていくうえで大切なことだと思います。日本でも、2016年に「職業能力開発促進法」が改正されたときに、まったく同じコンセプトが書かれています。
この法律改正を受けて、厚労省ではさまざまな施策が展開されており、2019年4月から、事業所における職業能力開発推進者には、基本的に国家資格キャリアコンサルタントの有資格者を選任することとされました。
組織としてキャリア開発を支援することは、エンプロイヤビリティの高い人材を残すことにつながり、結果としてエンプロイメンタビリティの高い組織になるということです。調査の一部を紹介しつつ、私の思いを語らせていただきました。
※:セミナー会場で実際に投影された図とは一部異なります。