新しい生活様式では心の距離は埋まらない
次に、【佳作】の中から抜粋して5作を紹介します。WEB面接 なぜかとなりに お母さま (東京都 ぴとさんさん)
これまで見てきましたように、WEB面接中の家族の乱入や映り込みを詠んだ句はほかにもいくつかありましたが、こちらの句で詠まれているケースはさらに強烈なエピソードです。WEB面接の画面に、学生の隣にスーツ姿の母親が座っていたとのこと。画面に映り込まないように小声でサポートするというレベルではなく、堂々と画面に登場し、「自分の家ですけど、何か?」と当然のように話し、面接の質問で子どもが困ると代わりに自ら回答までしてしまう母親に、ただただ呆気にとられる作者の様子が目に浮かびます。
背景の アイドルポスター 部屋一面 推しメン分かる Zoom面接 (東京都 ねぎさん)
WEB面接は自室で受ける学生が多く、部屋の様子から趣味趣向が垣間見えることもあります。このケースではアイドルグループの同じメンバーのポスターが部屋一面に貼ってあり、推しメン(応援しているメンバー)が面接官にも分かってしまったという作品。自宅の中で白い壁を探したり、合成背景を設定したりする学生もいるようですが、面接官の側からすれば、ありのままを見せてくれると受け答えだけでは伝わらない、学生の人となりが分かり、良い面もあるのかもしれません。
WEB面接では、面接の受け答えといった「言語情報」だけで判断せざるを得ないケースが多くなりますが、「非言語情報」をどうやって取得するかが鍵になりそうですね。
採用で 保ち続けた ディスタンス 内定しても 距離は埋まらず
(愛知県 守りの会社の攻めの人事担当さん)
新型コロナウイルス感染拡大への対応として、選考過程のオンライン化が進む中、緊急事態宣言が採用活動の本来のピークと重なり、今年は「一度も直接学生に会うこともなく内定を出す」というケースが少なくありませんでした。これまでのような対面式の面接であれば、「一緒に頑張ろう」と握手したり、「期待しているぞ」と肩を軽くたたいたりなどのスキンシップもできましたし、一緒に食事してじっくり話し込むこともできました。
そんなことが何一つできない、ただの画面越しの関係だけでは、「内定後フォローをしても心の距離が縮まっている感じがしない」と作者。やはりオンラインでのコミュニケーションの限界というのはあるのでしょうか。心の距離を埋められない、採用担当者のもどかしく、切ない気持ちが表現されている作品だと思います。
なお、この作者は別の作品でも佳作に入選しています。
リモートで 面接するため 出社する(東京都 ウチサダイタルさん)
採用活動時期を直撃した今回のコロナ禍。早急な対応を迫られ、企業の採用担当者はさぞかし苦労し、戸惑ったことでしょう。新型コロナウイルスの感染拡大防止のためにリモート面接を設定しているにもかかわらず、自宅の通信環境が不安なのか、上司の面接支援のためなのか、その理由は定かではありませんが、自分自身はそのリモート面接のために出社しなければならないという矛盾を端的に表した作品です。シンプルながらも、作者の戸惑いとやるせない気持ちがうまく表現されていると思います。
ほかにも、リモートで面接を設定しているにもかかわらず、面接官である役員がペーパーでの面接資料を要求するため、その出力のためだけに出社するやるせなさを詠んだ作品などもありました。
面接で 「ウサギの耳は 外してね」 背景外し 耳は外れず
(神奈川県 学生を見る目が母親モード)
「Zoom飲み会」という言葉がSNS等でも話題になったように、WEB会議ツールを面接だけでなく、プライベートでも利用している学生は多いようです。しかし、プライベートでの設定のまま切り替えを忘れてしまうと、面接の場面でこのような悲劇も起こってしまいます。
ZoomなどのWEB会議ツール用に、仮想背景のほか、加工フィルター機能のあるアプリがあります。例えば、実際には化粧をしていなくてもナチュラルメイクをしたかのように顔の部分を自動的に補正してくれたり、今回の作品にあるようにウサギの耳などキャラクターと合成したり、髭を生やしたりした顔の画像に加工してくれるものです。面接用の画面にログインした後に、自分の画像を見て驚いた学生がプライベートで設定していたウサギの耳を外そうとしたものの、誤って仮想背景のほうを外して部屋の様子は丸見えになり、ウサギの耳は残ったままというミスを犯し、焦りまくっている学生と、その状況に驚くとともに吹き出してしまいそうになる面接官の様子がよく伝わってくる作品です。ちなみにこの学生は女性ではなく、男性だったとのこと。