ケース
堀内力也は、エレクトロニクスメーカーの技術マネジャーである。“アルファ”と命名された新製品の開発を任されており、3人の部下とともに開発プロジェクトを進めてきた。3人とも非常に優秀であり、このプロジェクトチームは社内で一目置かれる存在だった。もちろん問題がなかったわけではない。アルファの開発に没頭するあまりに、既存商品の改良や不具合対応の要望をないがしろにしてしまうことも多々あった。社内で孤立しかけたものの、アルファの成功がすべてを好転させると信じて、開発にまい進した。そして、開発上の多くの問題を次々と解決していった。
基本設計レビュー、詳細設計レビュー、試作品評価を無事に通過し、次は最後の事業計画レビューである。事業部長をはじめ、営業部長、生産部長、品質管理部長をはじめ、それ以外にもすべての関係者が招集された。
事業計画を発表するのは、堀内である。製品開発結果や品質問題だけではなく、市場環境や競争状況、需要予測と売上計画、生産計画と生産コスト、設備投資と償却計画、そして最終的な収支予測、さらには想定されるリスクと対応策を説明した。
説明は完璧だった。もちろん、この段階では詳細までは詰められていないものの、概要レベルは十分に伝わった。事業部長は大いに満足した。営業部長や生産部長をはじめ、この事業に今後関わっていくすべての人がわくわくするような内容だった。その場にいた全員が、この計画通りに進めるべきだと口々に言った。
この会社では、開発プロジェクトのリーダーが、そのまま事業責任者になる慣わしになっている。開発が終わった今、堀内は事業責任者としての役割を担うことになった。
堀内は、詳細計画を詰めた。“この製品には、事業部長をはじめ、すべての部門が前向きになってくれている。方向性は完全に一致している。”そう思うと、大変な業務の中でも安堵を感じた。
「4人にしてもらわないと困るんです。そうしてもらわないと、事業計画レビューで承認された売上計画通りにいかないんですよ。越本部長だって、計画通りに進めるべきだって言ったじゃないですか。」営業部門のフロアで、堀内の声が響いた。越本は営業部長であり、事業計画レビューにも出席した。堀内が説明した計画を高く評価し、協力を約束していた。「とはいってもねぇ。うちはいろんな製品を売っているので。協力する気持ちはもちろんあるけど、この製品だけにそんなに労力をかけることはできないんだよ。うちは売上で評価されるので、売れる商品により多くの営業担当を割り当てなければならないんだよ。例えば、商品“ベータ”なんて、かなり前の商品だけど競合他社が手を引いちゃったから売れて売れてしょうがないんだよ。あ、もちろんできる限りの協力はするよ。それでも、専任の営業担当は2人しかアサインできない。申し訳ない。」
生産部長の坂口も同じだった。「工場は生産性が最重要なので。その1カ月後だったらラインが空くので、それまで待ってくれないか。いや3週間でいいや。何とか調整するよ。それで我慢してくれないだろうか。生産性をあげるためには稼働率を平準化しなければならないことは、堀内さんだってわかっているでしょ。」しかし、量産スタートが3週間も遅れれば、旬の時期を逃してしまう。売上計画に達しないことが目に見えている。「事業部全体で承認されたプロジェクトなんですよ。やってもらわなければ困るんです。やる義務があるんですよ。」そう言う堀内に対して、「売れなかったらどうするの。投資回収できないじゃないか。リスクを負うのはいつも生産部なんだよ。だから、こっちの都合を最優先してくれないと。」と坂口の怒りを買ってしまった。
なぜうまくいかないのか。何がいけなかったのか。