プロフェッショナル人材を育む人事制度の在り方とは
〜雇用流動化社会時代に選ばれる企業を目指して〜
株式会社日本総合研究所 調査部 部長/チーフエコノミスト 山田久氏
カゴメ株式会社 執行役員 経営企画本部 人事部長 有沢正人氏
多摩大学大学院 経営情報学研究科 客員教授 須東朋広氏(モデレーター)
グローバル化やデジタル変革、さらには人口動態の変化に対して、多くの企業は既存の業界の枠を超えて事業を創造・融合していく必要があります。このときに、必要不可欠となるのがプロフェッショナル人材です。雇用流動化社会時代に選ばれる企業となるために、いかにプロフェッショナル人材を育んでいけるか。日本総合研究所の山田氏と、カゴメの有沢氏をお招きし、そのための人事制度や組織の在り方について解説いただきました。
【第1部/山田久氏】
日本型雇用人事の行き詰まり〜日本型雇用の特徴
日本型の雇用は、「職能型」「メンバーシップ型」などと形容され、職務・勤務地・労働時間が無限定になる「就社型」であり、一企業による雇用保障を最優先します。ただし、それが適用されるのは基本的に男性および現役世代の正社員のみであり、国際的にみれば男女間や正規・非正規間で処遇格差が大きいことが特徴です。この「職能型」と「就社型」のシステムが戦後経済の繁栄を支えてきましたが、今日では「付加価値生産性」と「制約ある人材の活用」の面で足枷になってきています。
付加価値生産性の引き上げ
では、付加価値生産性低迷の背景には一体何があるのでしょうか。日本ではよく「いいものを安く」「サービスはタダ」と言います。ところがモノを安く作るため、あまり儲かりません。これは物的生産性は高いものの付加価値生産性は低いということ。「儲かる新しいものを」「価値あるものを高く」といったビジネスモデルをとる欧米の高い付加価値生産性と対比すれば、わかりやすいでしょう。つまり低付加価値生産性→賃金下落→物価下落→低付加価値生産性…という悪循環に陥っているわけです。
過当競争の罠
物的生産性は高いが付加価値生産性は低い背景には、「過当競争の罠」ともいうべき状況があります。エレクトロニクス産業が典型です。実質生産性上昇率の面では、エレクトロニクス産業が自動車産業をはるかに凌駕。しかし、収益力は自動車産業の方があります。エレクトロニクス産業は、90年代に厳しい国内市場のシェア争いのもと積極的な国内投資によって実質生産性の向上を競ってきましたが、人口減少で国内市場が伸び悩む中、高い物的生産性が価格下落を引き起し、収益力を低下させる「過当競争の罠」に陥りました。今後は人口減少によって、あらゆる産業が「過当競争の罠」に陥る可能性があります。
「過当競争の罠」の背景には、日本型雇用システムの在り方が無視できません。製造業では、正社員の雇用維持を最優先して、不採算事業温存のための賃下げ・非正規への切り替えが行われ、「過当競争の罠」を生み出すことに。加えて、日本的な就社型雇用モデルのもとで就職型人材(プロフェッショナル)が育たず、個人の能力がモノを言う非製造業の生産性が低迷。その低生産性が人件費削減圧力を強めて、非正規が低生産性をもたらすという悪循環になっています。付加価値生産の向上に向け、就社型システムを見直し、就職型人材(プロフェッショナル)を増やすことが重要でしょう。
グローバル化・デジタル変革・人口動態の潮流を踏まえれば、事業環境において国境や業際が低くなっていきます。そうした中、グローバル・レベルで既存の業界の枠を超えて事業を創造・融合していく必要があり、そのためには企業組織が事業別地域横断ユニットの集合体になっていくことが有効です。
またこのとき、人材要件はグローバル化・プロフェッショナル化し、機能別(職能別)の横の移動(グループ内、企業間)をしながらの能力開発のあり方が重要になってきます。
「制約のある人材」の能力発揮
若年層・男性壮年層が減少に向かう中、女性・高齢者をはじめとした「制約のある人材」の活躍が不可欠になるでしょう。加えて、女性活躍に必要な家事分担、親の介護の必要性等から、従来は無限定で働けた男性現役社員の中にも制約のあるケースが増える見通しとなっています。適当な受け皿がなく、止むなく非正規労働者になっている人たちは、正規・非正規の二分構造のために、無制限な働き方ができなければ能力が発揮しづらく、賃金も低くなるのが現状です。
雇用システムをどう変えていくべきか〜ハイブリッド・システム
日本の現行雇用システムは、人材ポートフォリオの面で片寄りが見られます。「人材マトリックス」でいえば、「職種限定・高賃金タイプ」を増やすことが重要です。それによって企業が事業の思い切った変革を実施しやすくなるとともに、新興企業が人材を集めやすくなり、女性・高齢者の能力発揮も促進されやすくなります。ただし日本の正社員は「職種無限定・高賃金」タイプで、これがきめ細かさや高品質という日本企業の競争力の源泉になっている面も。二者択一でなく、「職種無限定・高賃金」タイプを基本にしつつ、「職種限定・高賃金」タイプを増やすという「ハイブリッド」を実現することで、環境の変化に対応しつつ、競争力の源泉である「日本的なもの」を堅持することを目指すべきでしょう。
「ハイブリッド人事制度」の構築
【1】30歳代までは能力主義で運用し、日本的利点を教育。40歳代以降は役割主義で運用し、「プロフェッショナル・コース」を創設。
【2】 「プロフェッショナル・コース」の雇用契約は欧米タイプ(「職種限定・高賃金タイプ」)とし、あくまで本人の自主的選択による。社会人大学院など自己啓発手当を支給するほか、本業への悪影響ないことを前提に副業を許容。
働き手サイドからみれば、今後増えていく「制約のある人材」が能力を発揮するには、働き手が働き方をライフステージに応じて最適に選択できるようになることが重要です。
また働き手が働き方ポートフォリオを自由に組めるには、異なる雇用形態間の行き来が円滑に行われる必要があり、その意味では同一労働同一賃金が重要。その結果、職場ではダイバーシティ・マネジメントが重要になり、マネージャーの機能の転換(「羊飼い」から「猛獣使い」へ)が求められることになります。
「所属企業が変わってもキャリアを継続していけるような社会的な仕組み」形成に向けて
外部労働市場形成に向けた4つの取り組みについてご紹介しましょう。1つ目は、一企業を超えた産業別・職種別の人的交流機会・就職斡旋の創設。業界合同研修会、業界単位での就職斡旋(地銀業界における配偶者転職先での就職斡旋の仕組みなど)が挙げられます。2つ目は、節目における「キャリアの棚卸」と転職も含めたキャリア選択機会の設定。若い頃から、例えば10年の節目ごとに行います。3つ目は、業界・地域横断の再就職支援組織の創設。そして4つ目は、産業界の積極的な関与による実践的な職業大学制度の創設です。以上でございます。ありがとうございました。
【第2部/有沢正人氏】
グローバル人事制度導入に向けて
今、山田さんにはアカデミックな観点でお話いただいたので、それを実際にどのように実践したらいいのか、カゴメの例と、私が以前勤めていたHOYAの例をお出ししながら、一つの方向性をご提示させていただきます。
まずはグローバル人事制度導入に関する3つの課題についてご説明します。1つ目の課題は、人事評価です。これに対する施策としては、役員評価・報酬制度の導入、新人事評価制度、共通コンピテンシー、B S C視点の導入、グローバル・ジョブ・グレードの導入などが挙げられます。2つ目の課題は、人材調達・育成です。これに対する施策としては、採用の多様化(国籍・キャリア)、コース別人事制度→テーラーメード型人事制度、交流型人事、早期海外経験、グローバルリーダーの育成などが挙げられます。そして3つ目の課題は、ダイバーシティです。施策としては、多様な人材登用、女性役員・管理職のモデルケース作り、グローバル間での異動(海外から日本へ)などが挙げられます。
グローバル人事制度を導入する目的は、グローバル化のためのインフラ整備と、職務を評価基準とし、年功序列を是正するため、そしてメリハリの効いた評価で人件費を適正に配分するため(削減ではない)です。
プロジェクト・アプローチ
グローバル人事制度を導入する際、まずはトップから変わらないと、うまくいきません。ということでフェーズ1では、役員人事制度の構築を行います。具体的には役員評価制度・報酬制度の構築、ストックオプション、役員および部長を対象にしたグローバル・ジョブ・グレードを日本、米国、欧州、豪州に導入、役員への職務記述書の導入、さらに部長評価報酬制度の改訂などです。続いてフェーズ2では、グローバル人事制度を構築。ハードの部分として、グローバル報酬制度の構築、報酬委員会の実働化、課長の評価報酬制度構築、キーポジションの選定、サクセッションプランの導入などを行います。そしてフェーズ3では、運用の仕組みを開発・充実、つまりソフトの部分を拡充します。具体的にはアセスメントツールや教育パッケージの開発等、採用の仕組みの強化、研修プログラムの開発、コーポレート・ユニバーシティや次世代後継者育成等のプログラム開発などです。
グローバル化を推進するための基盤づくりは、「上から変わるとともに、外(海外)へも同時に導入すること」がポイントになるでしょう。
管理職向け新等級・評価・報酬制度
2015年度の管理職人事制度改訂のポイントと狙いについてご説明します。改訂ポイントは、「年功型」から「職務型」等級制度への移行、より業績・評価と連動した報酬制度への改革、そしてメリハリを付けた明確な処遇の実現です。では実際にどのようなことを実現するのかというと、各ポジション毎のミッション・アカウンタビリティと処遇の関係性の可視化、社員の納得感の醸成とモチベーションの向上、ダイバーシティ対応力強化、グローバル・カゴメ・グループでの適材適所の実現などが挙げられます。仕事の成果・価値が明確になり、健全な競争意識のもとで抜擢人事が進むことで、組織と個人の成果最大化と、グローバルに勝てる事業推進体制の構築を目指しています。
グローバル・ジョブ・グレードの対象の範囲は、総合職コースの管理職層(常務、執行役員、部長、課長)および海外(欧米豪)子会社で、係長層は職務評価のみ実施しましたが、運用は保留。一方、担当職(一般社員)層については、コース別等級制度の見直しも含めて、今後検討していきます。
職務評価指標
3要素8項目の評価指標で職務を評価しました。
1つ目の要素は「知識・経験」で、評価指標は、【1】テクニカルノウハウ(実務的・専門的ノウハウの幅と深さ)、【2】マネジリアル・ノウハウ(経営管理体制内での責任領域の広さ)、【3】対人関係スキル(他者の行動に対する影響力)。
2つ目の要素は「問題解決」で、評価指標は、【4】思考の自由度(思考の枠組み・性質)、【5】思考の挑戦度(直面する問題の難易度)。
そして3つ目の要素は「達成責任」で、評価指標は、【6】行動の自由度(どの位の監督を受けるか)、【7】職務規模(期待成果の大きさ)、【8】職務成果に対するインパクト(成果達成への関与度合)。
これらの8項目の評価結果から「職務の大きさ」を算出し、各ポジションを格付けしました。
日本本社と海外現地本社のグレード管理方針
タレントマネジメント面では、グレード5〜8以上に関しては、グローバル一元人材管理として、人材情報を本社でも把握。ローテーションや教育など、今後のカゴメグループの各種人事施策の対象にしています。また、一般社員〜グレード4までに関しては、各国・地域毎に管理。各国人事が人材情報を把握して、現地事情に合った形で適切な人事施策を実施します。一方、処遇面では、グレード6〜7の層にいる現地CEOにはグローバル共通の「CEO報酬ルール」を適用。各社業績と各国報酬水準に基づき、本社人事が処遇を決定します。また、一般社員〜グレード4までの層にいる現地管理職・専門職は、現地の報酬制度を適用。各人の成果と地域水準に基づき、各国人事が処遇を決定します。
共通グレードの導入により、グローバルな処遇や育成・登用の基礎ができ、一定以上の層は、タレントマネジメントにおいてグローバルで一元的に人材情報を管理していきます。
固定報酬/グレード別の月額水準イメージ
CS(部長級)以上にはシングル・レートを適用。同じグレードの職務に就いている限り、月額は変わりません。個人業績は変動報酬に反映されます。一方、課長層にはグレード別に月額レンジを設定。固定報酬の月額分は、評価結果に基づきレンジ内での昇降給が発生します。また個人業績結果は変動報酬(=賞与)にも反映。固定報酬(月額分)については、グレードと役位により水準が異なります。
サクセッション・マネジメントの全体像
まず最初にポジションの可視化(キーポジションの選定と後継状況可視化)、人材情報の可視化(人材要件の明確化、望ましい経験・キャリアパスの可視化、現有人材の可視化)を行い、続いて経営陣で議論・意思決定します。さらに取締役・取締役候補の育成およびトレーニングを実施。サクセッション・マネジメントとして、こうしたプロセスの議論を踏まえて、適切な人材を登用する仕組みの構築と定着を目指します。
HOYAの事例から〜HOYAとグローバル経営の特徴と人事部の解体
HOYAは、事業ポートフォリオ戦略を前提としたカンパニー(事業部)制と、エリア・マネジメントを柱としたグループ連結経営が事業運営の特徴です。そんな中、グローバル本社の役割を、少数精鋭の戦略創造組織へと変化させ、事業部の役割を、完全な独立採算制へと移行させました。これにより中央集計的な体制から分権化に伴う事業部への大幅な権限委譲を実現。従来的な人事部は解体され、人事機能の大半は事業部へ委譲されました。
HOYAの事例から〜現在のグローバル本社の人事部の機能
基本的に事業部で出来ることは事業部にやらせます(事業部の人事権は事業部長にある)。一方、グローバル本社の人事部(HRDセンター)は、各事業部の人事担当への指揮命令権を持たず、「評価制度の構築」、「キャリア支援プログラムの構築」、「上級職の事業部間異動の実施」、「報酬・指名委員会の主宰」などグローバルベースで全社横断的な機能に特化。
HOYAの事例から〜グローバル・エグゼクティブ・プログラムの概要
HOYAは、グローバル企業としての観点から将来経営を担うミドル人材を育成するために“グローバル・エグゼクティブ・プログラム”という全世界から優秀な人材を集めて、育成する独特の育成制度を展開しています。実際に全世界のHOYAの社員(3万人以上)を対象に、自薦他薦を問わず将来経営を担いたいという人を募集したところ、日本人60人を含め、約300人が集まりました。今後はこれをカゴメにも導入したいと考えております。
具体的なアプローチとしては、第1次選抜で「リーダーシップ行動特性・性格的特性に関する評価」を、第2次選抜で「リーダーとしての基礎的能力に関する評価」を、第3次選抜で「ライブケース研究を通して経営幹部としての能力要件を備えているか否かについて評価」を、第4次選抜で「リーダーとしての総合能力評価」を、そして最後のOJTプログラムで「実績による検証」を行いました。
人材を育成したり、付加価値をつけていくという意味において、職務等級型の人事制度は非常に有効だと思います。しかし、職務等級に完全に寄りかかると、ハイブリッド型の人材はできません。また、HOYAのように組織としてシステムを作るという考え方もあります。そうすると、しっかりした人事制度を作らなくても、組織が人を作るということも十分あり得ます。この2つが重要なポイントです。
以上、本日はありがとうございました。
株式会社日本総合研究所 調査部 部長 / チーフエコノミスト
山田 久氏
【研究・専門分野】 マクロ経済、経済政策、労働経済 【略歴】 1963年大阪府生まれ、87年 京都大学経済学部卒業、同年 住友銀行入行、90年 同行経済調査部、91年 (社)日本経済研究センター出向、93年 (株)日本総合研究所出向 調査部研究員、98年 同主任研究員、03年 経済研究センター所長、法政大学大学院修士課程(経済学)修了、05年 マクロ経済研究センター所長、07年 (株)日本総合研究所調査部主席研究員 ビジネス戦略研究センター所長、11年 (株)日本総合研究所調査部長、13年 法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科客員教授(16年より兼任講師) 【主要著書】『失業なき雇用流動化』(慶應義塾大学出版会、2016年)、 『市場主義3.0「市場vs国家」を超えれば日本は再生する』(東洋経済新報社、2012年)、『デフレ反転の成長戦略—「値下げ・賃下げの罠」からどう脱却するか』(東洋経済新報社、2010年)、『雇用再生—戦後最悪の危機からどう脱出するか』(日本経済新聞出版社、2009年)ほか 【公職】厚生労働省「仕事と生活の調和のための時間外労働規制に関する検討会」委員(2016年9月〜 )
カゴメ株式会社 執行役員 経営企画本部 人事部長
有沢 正人氏
1984年に協和銀行(現りそな銀行)に入行。銀行派遣により米国でMBAを取得後、主に人事、経営企画に携わる。 2004年にHOYA株式会社に入社。人事担当ディレクターとして全世界のHOYAグループの人事を統括。全世界共通の 職務等級制度や評価制度の導入を行う。また委員会設置会社として指名委員会、報酬委員会の事務局長も兼任。グローバルサクセッションプランの導入等を通じて事業部の枠を超えたグローバルな人事制度を構築する。 2009年にAIU保険会社に人事担当執行役員として入社。ニューヨークの本社とともに日本独自のジョブグレーディング制度や評価体系を構築する。 2012年1月にカゴメ株式会社に特別顧問として入社。カゴメ株式会社の人事面でのグローバル化の統括責任者となり、全世界共通の人事制度の構築を行っている。 2012年10月より現職となり国内だけでなく全世界のカゴメの人事最高責任者である。
多摩大学大学院 経営情報学研究科 客員教授
須東 朋広氏
2003年、最高人事責任者の在り方を研究する日本CHO協会の立ち上げに従事し、事務局長として8年半務める。 2011年7月からはインテリジェンスHITO総研リサーチ部主席研究員として日本的雇用システムの在り方の研究から中高年の雇用やキャリア、女性躍進、障がい者雇用、転職者、正社員の研究活動を行ってきた。 2016年7月から、今までの研究活動から組織内でなんらかの理由で声を上げられない社員が、イキイキ働くために、一般社団法人組織内サイレントマイノリティを立ち上げる。 同社代表理事として現在に至る。そのほか、専修大学 非常勤講師、HR総研 客員研究員を兼任。