産業能率大学
経営学部 教授
平田譲二氏
産業能率大学 経営学部教授・グローバルマネジメント研究所長。 東京大学法学部卒業後、日産自動車株式会社勤務。 一橋大学大学院にて商学博士号取得。 諏訪東京理科大学経営情報学部教授を経て、現職。 主な活動領域は、経営学・戦略論・組織論。
産業能率大学 経営学部 教授 平田譲二氏
ProFuture株式会社 代表取締役社長/中央大学大学院 戦略経営研究科 客員教授 寺澤康介
ビジネスのグローバル化が加速する中、日本企業のグローバル化は他国に比べ、遅れているのが実状です。また日本では優秀な人材が、いざ海外の現場に行くと、異文化における働き方や人材マネジメントの違いに戸惑い、十分に成果をあげられないケースが多く見られます。では、異文化で成果をあげられる人材の特性とは、どういうものなのでしょうか。その答えに科学的にアプローチする、産業能率大学 経営学部 教授、平田譲二氏をお招きして、お話を伺いました。
1989年にベルリンの壁が崩壊し、1991年にはソ連が崩壊。その後、東欧圏にて資本主義市場が誕生したわけですが、その際ドイツがそのマーケットを席捲しました。それと同時期に、中国では鄧小平の南巡講話のもと、社会主義市場経済が誕生。賃金1/20の巨大な労働市場が生まれました。一方その頃、日本はどうだったか。91〜92年にバブル経済が崩壊し、各企業が四苦八苦している中、1991年にはWindows3.1がリリースされ、会社のデスクの上にパソコンが置かれるようになりました。さらに95年にはWindows95がリリースされ、家庭にパソコンが普及します。要するに、東欧の製品市場・中国の労働市場・IT情報革命と、世界が大きく変わろうとしていた時期に、日本は「失われた10年」を迎え、足踏みをしていました。そしてその影響がいまだに続いています。
2014年の各国のグローバル化を比較するために、それぞれの国の直接投資残高(対GDP比率)と輸出額(対GDP比率)を比較したデータを見てみると、日本の直接投資残高が17.8%、輸出額が13.5%となっているのに対し、例えばドイツは直接投資残高が45.2%、輸出額が41.2%となっており、グローバル化が非常に進んでいることがわかります。中国や韓国も直接投資残高はあまり高くありませんが、輸出額は伸びており、ここから比べてもわかるように、日本はその経済規模に対してグローバル化が遅れているのが実状です。
約40年前に私は司馬遼太郎・山崎正和著の『日本人の内と外』という本を読みました。この中に次のような面白い記述があります。日本は古墳時代には、子供の粘土細工に毛が生えた程度の埴輪を作り、素朴な高床建築が行われていましたが、飛鳥時代になると、仏像や寺院建築の高度な技術が中国から入ってきて、造形に対する見方がガラリと変わりました。これはつまり中国のリアリズムが輸入されたということです。15世紀後半にも同じような事例があります。フランスのルイ11世の肖像画は横顔、明の成化帝の肖像画は正面を向いており、いずれも当時のその国におけるリアリズムでした。そんな中、あるフランス王が中国皇帝に自分の肖像画(横顔)を送ったところ、皇帝は「フランスの王様は可哀想だ。顔が半分しかない」と同情したという逸話があるのです。つまりモノを見るアングルは文化によって決定され、リアリティは異文化との接触から生まれるのです。そういう意味では、日本はファーイーストの島国ですから、他国と比べて外国のリアリズムと接触する機会がまだまだ少ないと言えるでしょう。
ここで企業内でのリアリズムについてご説明します。日本企業の本社部門のリアリズムが一体何でできているかというと、日本人と日本語と日本文化でできています。一方その会社の海外拠点のリアリズムはというと、外国人と外国語と外国文化によってできている。つまり本社部門と海外拠点のリアリズムが違いますから、コミュニケーション上の齟齬がたくさん生じるわけです。
どのような従業員が現場で活躍できるのか、その答えを求めて、過去の文献などを調査したところ、心理学での先行研究が見つかりました。その中で言われていることは、「文化に対する心の持ちよう」「自己調整能力」「状況調整能力」「感受性」という4つの領域が大きく影響しているということです。そこで我々は、この4つの領域に関係する質問項目(100問以上)を用意。長期海外赴任経験者1,000名、短期海外赴任経験・未経験者1,000名を対象に、インターネット調査を実施しました。
この調査では、現場適応の程度を何で測るかについて探りました。その結果、「仕事適応:高い業績をあげた」「社会的適応:生活は快適だった」「組織コミットメント:組織が好きだ」「仕事コミットメント:仕事に没頭できた」「職場適応:信頼関係ができた」「成長感:成長の実感があった」「心理的適応:たくさん友達ができた」——。こういう項目で測ってみれば、その人が現場で適応できたかどうか測定できるだろうと結論づけました。
ではどのような人がこれらに当てはまるのか。さらに調査を進めたところ、「赴任中に、赴任先で期待されていた役割を十分に果たした」「赴任中に、赴任先で高い業績をあげた」「赴任中に、赴任先で大きな仕事を成し遂げた」「赴任中に、赴任先に対して十分な貢献を果たした」「赴任中に、赴任先の業績を向上させた」という5つの項目で、約3割の人たちが「そうではない」と答えました。要するに海外赴任に不適切な人が海外に行かされて、あまり成果をあげられないで帰ってくると。これは実にもったいない話です。ではそういう人の特性を具体的に何で測るかというと、変化対応力、異文化への関心度、仕事への自信、自己開示、達成意欲、対人リーダーシップ、ストレス耐性、感受性、自己開発意欲、好奇心、経験からの開放性、やいがい感、自分化への理解、行動志向、主張性などが挙げられます。こういう個人の特性を測ることで、さきほど挙げた現場適応の程度がわかるのです。
そこで実際にどのような個人の特性が現場適応に影響するのか調査しました。ここでは「仕事適応」についてご紹介します。結論から言うと最も影響を与えていたのは、「仕事への自信」で、次いで「異文化への関心」、「主張性」となっており、「語学力」などはあまり重要でないことがわかりました。
実際に中堅・中小企業に困っていること、実状などを伺ったところ、「事前教育する余裕がない」、だから「とりあえず仕事ができる社員を送る」、そして「最初は通訳を使って、何とかする」、「そのうち日本語でも何とかなる」、結論としては「スマートにできる社員ではなく、泥臭く汗をかける社員」ということをどこの企業の社長さんもおっしゃります。実はこれは大企業でも、ほとんど同じことが言えると思います。
当学のMBAコースで学ぶ社会人大学院生たちに、我々が開発した測定ツールを試用してもらいました。大学院の成績評価というのは、「授業内での議論に積極的に参加するか?」、「複数のレポート内容が的確か?」、「試験での得点は?」といった点を基準にしています。これは教室で実施していることですが、成績の良い学生は会社での評価も良いのだろうなという感触があります。つまり、仕事への自信、異文化への関心、主張性などは、総合成績評価に直結するということです。この結果から、我々の開発した測定ツールが使えると確信しました。現在、ベータ版という形で、多くのクライアント企業様に試用していただき、社員の方々の測定をさせていただいております。来年には正式な製品としてリリースする予定です。ご興味のある企業様は、ぜひご活用いただければと思います。
寺澤 | さきほど日本はグローバル化が遅れているというお話がありましたが、地政学的な背景やリアリズムの問題などがある中、今後日本は変わっていけるのでしょうか? |
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平田 | 変わっていけるか、いけないかの問題ではなく、変わっていかないと、日本経済の将来は危ういと思います。だからこそ私は今日のような機会や大学の授業などで、いかにグローバル化が必要なのかを話しているのですが、ただしそれがそれぞれの企業の中で、どのように捉えられているのかは別の問題です。日本の大企業に関しては概ねグローバル化が進んでいますが、中堅・中小企業はなかなか海外に出ていかない、あるいは出ていく判断が、社長さん個人の資質に大きく影響される。ですから例えば海外文化に興味があるような社長さんなら、どんどん海外に出ていって、成功もするでしょう。しかし、そうでない社長さんだと、その企業はおそらく海外展開しないでしょう。そういう状況をいかに変えていくかが今後の課題だと思っています。 |
寺澤 | そうした中、今回ご紹介いただいた科学的な手法を開発されたわけですが、企業はこれをどのように有効活用すればよいのでしょうか? |
平田 | 2020年に東京オリンピックが開催され、当然ながら観光客ベースのインバウンドが増えていきます。そうすると必然的に、日本国内で外国の方々と接する機会も増えてくるでしょう。それによって多くの日本人が「グローバル化は必要だよな」と思うようになる。そのときに、果たして自分はそれに適応できるのだろうかという疑問が出てきたら、このツールを使って自分の適応度を測ると。活用方法としては、そういうイメージですね。 |
寺澤 | 日本の大企業はグローバル化がある程度は進んでいるというお話がありましたが、私が聞く限りでは、多くの大企業が壁にぶつかっていると。果たしてどんな壁かというと、日本では優秀なリーダーが海外に渡ってグローバルポジションで異文化の人たちと接すると、途端に失敗するという事例が多いようです。その点はどのようにお考えでしょうか? |
平田 | 外資系を含めて、外国人で管理職に就く方の中にはMBAホルダーやPh.Dホルダーが当たり前のようにいます。しかし日本人はそうではないですよね。そういう状況を見ただけでも、日本の国際化が遅れているのがわかります。ビジネスの交渉であれ、会議での議論であれ、きちんと論理的に話せるかどうかがリーダーにとっては重要ですが、日本人はそういう場でそれほどうまく喋ることができません。これは教育の問題が背景にあるでしょう。つまり社会的な構造、あるいは教育的な構造を長い時間をかけて変えていかない限りは、企業の中で外国人と対等に渡り合えるようなリーダーを作ることは難しいと思います。 |
寺澤 | グローバルなリーダーを育成していかないといけない、そういう状況の中で、企業がこの測定ツールを使うことで、炙り出せるものはあるのでしょうか? |
平田 | それぞれの個人特性を主に4つのパターンで示すことができます。そのパターンの中で、能力が足りている領域と足りていない領域が見えてきますので、それを会社として、例えば教育システムや配置などに反映できれば、全体的な底上げに繋がると思います。 |
寺澤 | 仕事適応に影響する個人特性に関して、最も影響を与える個人特性とは「仕事への自信」だというお話がありましたが、例えば日本では仕事に自信があるのに、海外へ行くとうまくいかない人の場合、他にどのような特性が影響を与えているのでしょうか? |
平田 | 先ほどご説明させていただいた個人特性を測るための項目の中に、「主張性」というものがありましたが、これは「ストレスが溜まると文句を言う」という言葉に言い換えることができます。ですから例えば国内では仕事ができても、何かとストレスを溜め込んでしまうタイプの人っていますよね。そういう人は海外に出て失敗するケースが多いようです。やはり海外に行ったら主張性が大事、つまり自分の思ったことをきちんと口に出さないと、やっていけません。そこができれば、現地での仕事の成果もだいぶ違ってくると思います。 |
寺澤 | この測定ツールに関しては、現在さまざまなデータを蓄積されているそうですが、今後さらに精度が高まってくるものと思います。ご関心のある方はぜひお問い合わせしてみてはいかがでしょうか。本日は誠にありがとうございました。 |
産業能率大学 経営学部教授・グローバルマネジメント研究所長。 東京大学法学部卒業後、日産自動車株式会社勤務。 一橋大学大学院にて商学博士号取得。 諏訪東京理科大学経営情報学部教授を経て、現職。 主な活動領域は、経営学・戦略論・組織論。
1986年慶應義塾大学文学部卒業。同年文化放送ブレーン入社。2001年文化放送キャリアパートナーズを共同設立。常務取締役等を経て、07年採用プロドットコム株式会社(10年にHRプロ株式会社、2015年4月ProFuture株式会社に社名変更)設立、代表取締役社長に就任。約6 万人以上の会員を持つ日本最大級の人事ポータルサイト「HRプロ」、約1万5千人が参加する日本最大級の人事フォーラム「HRサミット」を運営する。 約25年間、大企業から中堅中小企業まで幅広く採用、人事関連のコンサルティングを行う。週刊東洋経済、労政時報、企業と人材、NHK、朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、アエラ、文春などに執筆、出演、取材記事掲載多数。企業、大学等での講演を年間数十回行っている。