慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授
岩本 隆氏
東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)工学部材料学科Ph.D.。 日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータ(DI)を経て、2012年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)特任教授。
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授 岩本隆氏
EY税理士法人 ピープル アドバイザリー サービス部 シニアアドバイザー(元日立総合経営研修所 取締役社長) 山口岳男氏
コニカミノルタ株式会社 人事部 人事企画グループ リーダー(部長) 北村幸彦氏
Indeed,Inc. Sr. International Operations Manager APAC Tamami Yemington氏
ProFuture株式会社 代表取締役社長/中央大学大学院 戦略経営研究科 客員教授 寺澤康介
現在、企業を取り巻く環境が大きく変化している中で、人事はますます経営に貢献することが求められてきています。また、グローバル化が進み、政府は働き方改革を推奨。HRテクノロジー、HRビッグデータの活用・分析が進み、経営戦略と組織や人事戦略の融合も人事にとっては重要なテーマとなってきています。そのような時代に、人事も変化をしていかなければなりません。「HRサミット2016」の基調講演では、HRテクノロジーの動向を熟知する各方面の第一人者である岩本隆氏、山口岳男氏、北村幸彦氏、Tamami Yemington氏に登壇いただき、寺澤康介が日本の企業が世界で通用するために、人事はどのように変化・進化すべきかについてうかがいました。
寺澤 | 今回の「HRサミット2016」は全体のテーマが、「人事×経営の未来へ〜生産性向上に貢献する人事〜」ということになっており、ますます人事が経営に貢献することが求められるようになってきています。まずは、「人事がどうあるべきか」ということについて、この基調セッションで第一人者の方にお話をうかがうことにしました。「進化する人事へ。テクノロジー、グローバル、働き方変革が人事を変える」ということで、現在の企業を取り巻く環境の変化の中で、人事がどのように進化、変化すべきなのかについて、パネリストの皆さんのお話をお聞きしたいと思います。 ご承知の通り、経営を取り巻く環境は非常に激しく変化しているのが現状です。その中で、世界の経営者が今の時代をどう見ているかということですが、先が見えない「VUCAの時代」と言われています。「VUCA」というのは、「Volatility=変動性」、「Uncertainty=不確実性」、「Complexity=複雑性」、「Ambiguity=曖昧さ」の頭文字を取ったものです。VUCA時代の中で、ほんの少し先のことさえ予測しにくい時代には、柔軟な経営戦略が必要で、組織もそれに沿って変わっていかなければなりません。経営戦略は実行が伴ってこそ意味があるとされ、戦略1割、実行9割で結果が出ます。戦略の実行を担うのは人です。だからこそ、人事の役割がますます重要になってきます。そこで求められるのは、変化対応力のある経営戦略と人事戦略の連携です。 先が読めないVUCAの時代で、背景となる重要な変化は2つあります。それは、「グローバル化・日本の働き方改革」、「AIなどテクノロジーの進化・HRテクノロジーの進化」です。まず、「グローバル化・日本の働き方改革」ですが、世界人口が増えている中で、日本は少子高齢化が進み、人口がどんどん減少。2050年、日本のGDPは中国・アメリカの6分の1、インドの3分の1以下の規模となって、存在感は著しく低下すると言われています。しかも、生産年齢人口は2010年には現在の約4割減。労働生産性はOECD加盟34カ国中、第21位となり、主要7カ国では最下位になると予測されています。まして、日本はOECD諸国の中で最も解雇規制が厳しい国の一つとされているのです。 そうした環境の中、アベノミクスの働き方改革では、日本の働き方、雇用のあり方を変える一連の施策を政府は目指しています。このような時代に、グローバル化と日本が置かれた環境の中で、人事が成すべきことは何かということについて、お話をいただきたいと思います。 山口さんがこれまで取り組まれてきた政策ですが、経営の変革と合わせてお話しいただけますでしょうか? |
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山口 | 国内市場が成熟してきているので、日本の企業が成長するには海外で成長を図らなければなりません。これは、経営の課題として浮かび上がっていました。当時、日立の社長に中西さんが就任した時、「グローバルプレイヤーになりましょう」という明確なメッセージを出して、それぞれの部門がそのために何ができるのかを検討しました。人材部門として何をしていくかという議論を通じて出した結論は、社長の戦略を人事面で実行してこれを支えることです。その取り組みをしていく中で、テクノロジーやHRのシステムがないとできないことに気がついて、既存のものを捨ててでも新しい仕組みを入れて、全員がその仕組みを使うことができるようにしていこうとしたのです。それを通して、ビジネスにインパクトを与えようとしました。 しかし、その時、今の日本の人材部門の組織では、グローバルな人材マネジメントは達成できないと気がついたのです。それならば、役割を変えて、役割を果たす能力を身に付ける取り組みをしていこうではないか、ということです。 今、シニアアドバイザーとしてクライアントと話していて感じることは、グローバル化に対する本気度が上がってきたことです。一方で、グローバル化を目指して数値目標を作っていても、実際に人事が実行したり、経営のサポートをするという点については、残念ながらまだ一歩を踏み出していない企業が多いと感じています。だからこそ、グローバル化で企業を成長させると決めたのならば、それをサポートする人事マネジメントを構築しなければなりません。そのためには、HRテクノロジーは欠かせないですし、人材部門の変革は避けることはできません。これらを同時並行的に短期間で進めるしかないと思います。 |
寺澤 | ありがとうございます。北村さんは、グローバル化の時代に人事がやるべきこととは、どのようなことだとお考えですか? |
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北村 | グローバル化のべースになっているのは、デジタル化だと私は思っています。2000年頃にインターネットが爆発的に普及して、ビジネスモデルを変えてきているというのが率直な印象です。あらゆるビジネスがグローバル化を展開できるのは、そのようなデジタル化があるからですが、いろいろな意味の価値の転換と人事が向くべき方向はどんどん変わってきていると思います。俯瞰的に見てもそのスピードは進んでいますが、コニカミノルタでは特にデジタル化に注目しているのです。 現在、IOTという、システムやデータに価値があるものをどのようにビジネスモデルにしていくのかということを、経営として注力すべきだと思います。それをするために、「人財はどうあるべきか」という点で、人事は環境をよく理解しなければなりません。私もそうですが、日本の人事は確立している部分があり、現場を見る視点が弱くなりがちです。これからの人事は経営と現場という時としては二律背反的なことを考えて取り組まなければいけないでしょう。 人事の仕事は通常、オペレーション、企画・戦略を考えること、ビジネスのパートナーになることの3つに分けられます。そのうち、人事の仕事の約3割であるオペレーションはBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)で外部に委託可能だと思います。また、流れとして2000年頃から給与や勤怠のシステムをアプリケーションに落とし込んでいっています。このように、生産性を向上させるシステムを使ってきていることは間違いありません。グローバル化についても、アメリカでは人事機能の多くを社外にアウトソーシングしている企業が多くあります。しかし、ヨーロッパでは、いろいろな法規制や地域の特性もあって、アウトソーシングを推進している国もあれば、そうでもない国もあり、地域によってバラバラです。そのような状況の中で、オペレーションからシステム化を進めているのが現状だと思います。 経営戦略を実現する人事としては、もっと付加価値を出さなければいけないのですが、それに対応するシステムがあるかと言えば、まだまだ難しい問題です。人事は数値管理に弱い面がありますし、数値で表すことが難しい仕事でもあります。今後ますますさまざまな人事データを用意するというハードルを越えなければなりません。その戦略に資するアウトプットが出るシステムというインフラが整ったとしても、それを活用して経営のプラスアルファにするマネジメントとプランを持っていないと、単にツールを入れただけになってしまいます。人とデータが揃って変化しないと、なかなか価値を生み出すことができないでしょう。 |
寺澤 | 北村さんからはシステムのお話までしていただきました。山口さんは日立で客観的なデータや知識を持たなければいけないけれど、それができていないと仰っていましたがいかがでしょうか? |
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山口 | 6年ほど前、日立の若手のHRの人たちに私たちの部門で何をしなければいけないのかについて話しました。その時、私たちの部門はこのままだと、絶滅危惧種になるのではないかと言ったのです。つまり、ビジネスに価値を与えることを忘れた瞬間に、人事なりHRはコストセンターになってしまって、ソーシングされてしまうと言いました。そうならないためには、「経験と勘よ、さようなら」、「ソーシャルサイエンス(社会科学)、ウェルカム」というメッセージを出したのです。今、振り返って、そのことを考えてみると、修正しなければならないと思うところもあります。それは、経験と勘を蓄積するような環境になっていないことです。「経験と勘よ、さようなら」と言っても、さようならするものがありません。だからこそ、まず経験と勘を蓄積しなければならないと思っています。そして、「ソーシャルサイエンス、ウェルカム」と言ったのは、私たち人事は経験に頼って、データの分析や理論に見向きもしないことについての警鐘の意味でした。現在は、ソーシャルサイエンスに加えて、テクノロジーを入れないといけないと思います。 私たちが若い頃は、9時〜17時の間は席にいないで、現場に行けと言われました。それは、開発や製造の現場に行って会話をして、苦情を聞いて、どのような人間がいるか観察して、人を知れということです。そのようにトレーニングされたことで、その事業部の中のキーパーソンや将来のスタープレイヤーのことは分かっていました。それは、職人芸と言えるかもしれません。そのような経験や勘が人事としての知見としてありました。それが上手く機能していましたが、社会が変わって法規制が複雑になってくると、人事は対応しなければなりません。そうなると、人事は仕組みや仕掛け、制度を作る方向に傾きました。その結果として、人事の現場主義というものが忘れさられてしまったのです。 職人芸と言われるものは、視界に入るところだけに有効ですが、グローバル化でビジネスが変わってきたことで、人事のスコープが広げられてしまうと、職人芸は通用しません。そこで、私たちはグローバル化を無視して、国内のことだけを考えながら仕事をしてきたように感じます。経験を積んで勘を養っていくのは、昔のやり方ではもう無理です。別の方法を考えなければいけないでしょうし、その一つの方法として科学的なアプローチを使いながら、経験や勘を蓄積する、ソーシャルサイエンスを学んで実地に応用するという両方を実行していくことが重要だと思います。 |
寺澤 | 岩本先生はいろいろな企業の事例を見てきたと思いますが、山口さんと北村さんのお話を聞いて、どのように感じましたか? |
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岩本 | とても興味深く聞いていました。日本の企業は海外売上比率が高かったり、海外の会社をM&Aしたり、数字だけ見るとグローバル化しています。しかし、カルチャーがグローバル化しておらず、ただの投資事業とも言えるのではないでしょうか。欧米の企業はカルチャーのグローバル化に取り組んでいまして、そのためにデータとファクトで論理的に判断して、論理的に語らないと、グローバルカルチャーは作れません。そこで、タブレットなどに全社員のデータを入れて、その場でいろいろなことを考えることができるようにしています。一方で、データが手元にあるので、人間しかできないことに時間を使うことができるようになったのです。今までは部下と月に1回しか会話しなかったのが、週1回はインターネットやLINEでやり取りすることができます。今、人事はデータを揃えるためにやらなければいけないことはたくさんありますが、環境が整ってしまえば人事はいらなくなる可能性があるのです。むしろ、人事は経営に入ってサポートすることになるかもしれないと言われています。山口さんと北村さんのお話は、グローバルなトレンドと一致していると感じました。 |
寺澤 | Indeedさんはデータ主義の会社だと聞いています。また、すでにグローバル化している企業が使っていることで見える採用のトレンドはありますか? |
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Yemington | 世界から見ても日本の採用は特殊なのではないかと思います。というのも、弊社はアメリカの会社ですので、アメリカの採用方法が軸にあるというのが理由なのですが、日本の採用は新卒が多く、中途は少ない。非正規雇用が多い点も、ユニークではないでしょうか。また、アメリカではタレントアクイジション(TA)というポジションが、人材を採用するエキスパートです。この人たちは、会社の各部署がお客様という対応で、「あなたの部門ではどのような人が必要ですか?」「この人はどうですか?」「この人はなせダメだったのですか?」というものが、データとして蓄積されていき、TAの人たちもスキルが上がっていきます。このようにして、有力な候補者を連れてくることができるようになるのです。 日本ではこのところ、配偶者控除の話題が上がっています。パートタイマーで働く主婦には年収103万円の壁があり、それを超えてしまうと配偶者控除を受けることができないというものです。そこで、弊社のデータを見てみたところ、「主婦歓迎」というキーワード検索が、昨年の同時期と比べて70%ほど増えています。また、「託児所完備」や「シニア・中高年」というキーワード検索が増えていました。このような方々は潜在的な候補者であって、機会があるなら、自分に合うものがあるなら、何か試してみたいと思っている人たちです。企業の人事の皆さんには、このチャンスをがっちり掴んでいただきたいです。そのためには、自分の会社のそのポジションがいかに魅力的なのかを的確に伝える技術を磨く必要があると思います。それは、求人票の書き方においても、「この会社で働いたら、こういう仕事の仕方ができる」という明確なビジュアライズした内容にすることが求められるのです。例えば、「子どもを保育園に送った後に、3時間だけ働くことができます」と書くことで、求職者が「これなら、私にも働くことができる」と感じられれば、もっと応募者が見つけやすくなると思います。 |
寺澤 | データを使うことで、確率も上がってくるということですね。また、採用のデータも内部と外部のデータを連携することで、あるポジションに人がいないということが瞬時に分かるようにする活用の仕方もあるようですが? |
Yemington | 弊社の場合は、ご利用いただいた際には全てのデータを提供しております。どのような仕事に対して、どのようなクリックがあり、最終的に応募まで至ったかどうかまで弊社で把握することはできますが、もしお願いできるのであれば、その方が採用に至ったかどうかまで教えていただけると、弊社でもマッチングの精度を上げていくことが可能となります。 |
東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)工学部材料学科Ph.D.。 日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータ(DI)を経て、2012年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)特任教授。
1975年に日立に入社以来、本社、事業部において人事勤労部門で人事管理に従事。その間、米国勤務を二度経験(日立アメリカ社ニューヨークで1985年から90年、日立グローバルストレージテクノロジー社で2003年から2009年まで人事責任者)し、企業のグローバル化とこれを支えるグローバル人事についての見識と知識、幅広い経験を有する。2009年帰国後、日立のコーポレートユニバーシテイである日立総合経営研修所の社長をつとめた後、2011年より、日立本社で人財統括本部副統括本部長(グローバル人財戦略担当)をつとめ、2014年4月から日立総合経営研修所の社長に復帰。2016年3月退任。4月より現職。
1989年大学卒業後、株式会社イトーキに入社、人事部人事課に配属。 採用・人事・労務・教育及び人事制度改定プロジェクトに参画。1998年現ソニーイーエムシーエス株式会社に入社。事業所人事労務を担当し、2003年よりソニー株式会社 人事センター東アジア人事戦略部統括課長として、中国・韓国等東アジア圏のトップクラスエンジニア人材の採用・活用に従事。2005年よりソニー株式会社人事センター採用部経験者・東アジア採用グループ統括課長。2006年楽天株式会社に入社。人事・労務・国際人事・ファシリティ管理を担当し、2010年よりグローバル人事部長。2014年コニカミノルタ株式会社に入社し、グローバル人事担当部長として制度企画・グローバル幹部のタレントマネジメント企画立案を実施。
インターナショナル・チームにてAPAC地域を担当。Indeedには日本サイト立ち上げメンバーとして2009年入社。オースティン勤務。
1986年慶應義塾大学文学部卒業。同年文化放送ブレーン入社。2001年文化放送キャリアパートナーズを共同設立。常務取締役等を経て、07年採用プロドットコム株式会社(10年にHRプロ株式会社、2015年4月ProFuture株式会社に社名変更)設立、代表取締役社長に就任。約6 万人以上の会員を持つ日本最大級の人事ポータルサイト「HRプロ」、約1万5千人が参加する日本最大級の人事フォーラム「HRサミット」を運営する。約25年間、大企業から中堅中小企業まで幅広く採用、人事関連のコンサルティングを行う。週刊東洋経済、労政時報、企業と人材、NHK、朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、アエラ、文春などに執筆、出演、取材記事掲載多数。企業、大学等での講演を年間数十回行っている。