定年退職後再雇用された労働者の賃金の定めが無効に
平成28年5月13日、東京地方裁判所において、定年退職後再雇用された労働者の賃金の定めを無効とし、企業に対して定年前との賃金の差額の支払いを命じる判決が出された。横浜市の運送会社に勤めるトラック運転手の男性3人が、定年後再雇用時に、業務内容が定年前と全く同じなのに賃金が下がったのは労働契約法20条に違反するとして、定年前の賃金規定の適用、定年前と現在の賃金の差額の支払いを求めた事案だ。訴えた嘱託社員と他の正社員との間では、業務の内容・当該業務に伴う責任の程度・配置転換の可能性について違いはなかったが、賃金は定年前に比べて約3割引き下げられていた。
労働契約法20条は、同一の使用者と労働契約を締結している。有期契約労働者と無期契約労働者との間で、期間の定めがあることにより不合理に労働条件を相違させることを禁止する規定だ。
この規定は,有期契約労働者は無期契約労働者と比較して、雇止めの不安があることによって合理的な労働条件の決定が行われにくいことや,処遇に対する不満が多く挙がっていることを踏まえ,法律上明確化することとしたものである。
被告会社(訴えられた運送会社)は、高年齢者雇用安定法により義務付けられている定年後再雇用として、新たに賃金等の労働条件を設定して有期労働契約を締結したものであり、「期間の定めがあること」を理由として労働条件の相違を設けているわけではないから、労働契約法20条の適用はない。仮に適用があるとしても、定年前と同一の労働条件で再雇用する法的義務を負っておらず、不合理な内容ではないと反論した。
これに対し裁判所はからの判決は、期間の定めの有無に「関連して」賃金格差が生じている場合には、労働契約法20条の適用があり、また、職務の内容、配置変更の範囲が通常の労働者と同一であるにもかかわらず、賃金の額に差を設けることは、特段の事情のない限り不合理な賃金差別に該当する。とした。
また、被告会社においては、定年退職者を再雇用して正社員と同じ業務に従事させるほうが、新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるということになるから、賃金コスト圧縮の手段としての側面を有していると評価されてもやむを得ないだろう。
更に、企業において、賃金コストの無制限な増大を回避しつつ定年到達者の雇用を確保するため、定年後継続雇用者の賃金を定年前から引き下げることそれ自体には合理性が認められるものであるが、被告企業においてその財務状況ないし経営状況上合理的と認められるような賃金コスト圧縮の必要性があったわけでもない状況の下で、しかも、定年後再雇用者を定年前と全く同じ立場で同じ業務に従事させつつ、その賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定することにより、定年後再雇用制度を賃金コスト圧縮の手段として用いることまでもが正当である、と解することはできないとした。
この裁判により、定年後再雇用制度を利用して有期雇用された労働者には労働契約法20条の適用があり、職務内容や配置変更の範囲で定年前と同じ責任を負わせながら新入社員より低い賃金にまで引き下げるのは不合理な賃金差別に該当することが明らかとなった。
今後、企業としては、定年後再雇用者の労働条件を設定する場合には下記3点を考慮し、賃金を設定する必要が出てくるといえる。
①定年退職前と再雇用後の職務内容・責任の程度の違い
②定年退職前と再雇用後の配置の変更の範囲の違い
③新入社員の賃金水準
「同一労働同一賃金」の実現となるか
また、この裁判で、原告側(訴えた嘱託社員達)は嘱託社員と正社員とでは、職務の内容、配置の変更の範囲が同一であるにもかかわらず、賃金に差があることは、同一労働同一賃金に原則に反し、公序良俗に反すると主張していた。同一労働同一賃金とは、同じ仕事をすれば同じ賃金が支払われるべきだという概念である。
被告側は我が国の労働市場においては、年功序列的な賃金体系が一般的であり、賃金決定については、学歴、勤続年数、職種、職能資格、成果、責任の度合い等が考慮されているほか、家族の有無等の生活給的要素まで勘案されることがあり、正社員と定年後再雇用者との間で同一労働同一賃金の原則を適用する余地はないと反論していた。
判決文によれば「特段の事情」があれば、同一の労働に対して、必ずしも同一の賃金でなくても良いといえそうだが、どのような事情が「特段の事情」といえるのかは、今後の裁判例の流れを待つ必要がある。
安倍総理は1月22日の施政方針演説において、本年取りまとめる「ニッポン一億総活躍プラン」では同一労働同一賃金の実現に踏み込む考えであることを述べている。同一労働同一賃金が議論される大きな要因は、正社員と非正規労働者の賃金格差が大きいことに起因するが、属人的な要素により賃金が決定されるのが一般的な日本において同一労働同一賃金が実現されるのは簡単なことではないと言えそうだ。しかし、今後の流れに注意する必要があるだろう。
松田社労士事務所
特定社会保険労務士 松田 法子