タレントレビューというのは、日本の企業には難しい部分があるのではないかと感じていますが、どうお考えですか。
そうですね、人事評価をオープンにしないカルチャーがありがちですから、すぐにうまくいくかというと難しい企業が多いと思います。当社も現在では、HRならグローバルHRオフィサーのもと、大勢のHRリーダーであの人はどうだ、この人はどうだと非常に盛んなディスカッションをしますが、そういうカルチャーは、最初はありませんでした。
やはり、人事評価とは人事が持っているもの、上司と部下が持っているものという考え方が一般的ですからね。
それと、当社の場合、もうひとつ難しさがありました。評価にはナインボックスを使っており、縦軸はパフォーマンス、横軸はコンピテンシーとして、この2軸で社員をカテゴライズしますが、従来の方法のように、コンピテンシーが左だと「低い」、右だと「高い」となるのではなく、当社では、左は「深い」、右は「広い」となります。つまり、その人のラーニングアジリティ(学習機敏性)がどちらを向いているかであって、研究者なら狭い範囲を深く極めるコンピテンシー、経営幹部ならいろいろなことに広くチャレンジし、新しいことを見事にこなすコンピテンシーが求められるわけです。この考え方を浸透させるのに苦労しました。
新しい仕組みを浸透させるというほかにも、トランスフォーメーションを推進する上での難しさはありませんでしたか。
TET候補として上げてくる人の年齢が、日本では50代が多いのですが、欧米ではずっと若く、30代半ばから後半の人もいます。かなり差があり、そこの意識を何とかして変えてもらう必要がありました。
TET候補が30 代半ばですか。日本では50歳で部長になれば早い方だという企業がまだ多いですよ。
実際、当社では30代でTETに就いて高業績を上げている極めて優秀な外国人がいますし、社長のクリストフは47歳で社長になっており、現在まだ49歳です。
えっ、社長はそんなにお若いんですか。なるほど、海外からそういう優秀な人材をどんどん登用してグローバル化を加速しようというとき、日本人は新卒で採用してゆっくりゼネラリストに育てるというのでは、ギャップが起きますね。日本の社員たちの意識を変えるには何が必要でしたか。
すでに変わった人も、変わりつつある人もいますが、やはり社長が強い意志を持ち、これはこのように変えるのだと明確に打ち出したことが最も大きかったと思います。
タレントマネジメントをグローバルに行っていく上で、システムは導入されていますか。
まだ入っていない国も若干ありますが、グローバルシステムを組んで、そこにいろいろな人材情報を入れてきており、グローバル共通で使っています。当社はグローバルな組織編成ですから上司と部下が違う国にいる場合も多いのですが、日本人の部下が必要事項を書いてシステムに入れておけば、上司がアメリカにいてもネットですぐに見ることができる形です。
システムの使い方について、もう少し教えていただけますか。
評価の仕組みを、今年から変えようとしているところです。これまでは期首の目標設定、中間フォロー面談、期末の評価という各段階で上司が部下に対してチェックやフィードバックを行う形でした。いま、導入しようとしているのはクオリティカンバセーションという概念で、何かあれば、目標達成状況に関していつでもチェックやフィードバックを行い、その記録をシステムに入れて、常にアップデートしましょうというものです。これまでその都度入れてきたことが期末評価そのものなので、期末には何も書く必要はなくなるという新しい仕組みです。今後の展開として、この仕組みがノーレーティングとセットになり得ると考えています。
ああ、なるほど。最近、アメリカの大手企業の間でノーレーティング、つまり年次評価を廃止して、個々の人材開発に主眼を置いたパフォーマンスマネジメントに転換し始める動きが出ていますね。いまおっしゃったクオリティカンバセーション、上司が部下と頻繁に対話して記録するという仕組みが機能すれば、ノーレーティングができますね。
当社全体でノーレーティングの導入を決めたわけではありませんが、アメリカでは、ノーレーティングの要望があり、トライアルとして年次評価を廃止しました。グローバルHRでは今年度からノーレーティングにします。
アメリカの現地法人では、年次評価を廃止してみてどうでしたか。
これまではナインボックスで真ん中の評価をもらっていた人がモチベーションを落としがちで、それをなくせたことがよかったと聞いています。また、マネージャーはこれまで4月に評価会議、5月にボーナス配分会議と、同じようなことを2回やっていましたが、4月の評価会議がなくなり、時間の無駄を省くメリットが大きかったそうです。
非常に興味深いですね。ただ、現場のマネージャーが部下の指導を相当できないと、ノーレーティングは難しいでしょう。
その通りです。アメリカでも昨年、マネージャートレーニングをしっかり実施していました。まだアメリカのトライアル結果は検証中ですがノーレーティングに対しては否定的なコメントもあるようで、マネージャーの力量が問われるようです。
日本では、ノーレーティングを導入してうまくいく企業はまだ少ないかもしれません。どうお考えですか。
おそらく、年次評価を廃止すると、上に上げる候補として誰をプロモートしていいかわからなくなって困るという企業が多いでしょう。でも、タレントレビューがきっちりできていれば、ノーレーティングはやれると思います。従来は1人の上司、あるいはその上の上司を含めた限られた人の評価で決めていましたが、タレントレビューだと多くの人の目で見ます。しかも1年ごとの結果ではなく、ここ数年のパフォーマンスを見て、ディスカッションした上で決まります。タレントレビューを正しく行い、誰が優秀で、誰をプロモーションするべきかを決めるというのが、本来あるべき姿だと思います。
お聞きしていて、タケダさんは欧米のHRの新しいトレンドに沿った形でいろいろなことに取り組まれているなという印象を持ちました。
我々のグローバルHRのヘッドはデイビッド・オズボーンというアメリカ人ですし、タレントマネジメントやトレーニングのヘッドも外国人です。彼ら、彼女らの主導で当社の人材マネジメントは大きく変わってきました。私自身も当社は3社目で、グローバルなHRのやり方は前職でも経験していたつもりでしたが、欧米の新しいHRの考え方を常に学んでいかなければと思っています。
藤間さんは日本人ですが、やはり外から来られたわけで、外国人の社長を筆頭に、タケダさんはまさしくダイバーシティ&インクルージョンを推進力とする企業に変わってこられたように感じます。今日はありがとうございました。
武田薬品工業株式会社 グローバルHR グローバルHRBPコーポレートヘッド
1961年大阪生まれ。神戸大学農学部卒業。1985年藤沢薬品工業(現アステラス製薬)に入社、営業、労働組合、人事、事業企画を経験。人事部では米国駐在を含め主に海外人事を担当。2005年にバイエルメディカルに人事総務部長として入社、2007年に武田薬品工業に入社。海外人事を中心にCMC HRビジネスパートナー部長等を歴任し、現在は本社部門の戦略的人事ビジネスパートナーをグローバルに統括するグローバルHRBPコーポレートヘッドの任務に従事。M&Aは米国と欧州の海外案件を中心に10件以上経験し、米国駐在は3回、計6年となる。武田薬品工業のグローバル化の流れを日米欧の3大拠点で経験し、グローバルに通用する人材像とその育成を探求。人と組織の活性化研究会「APO研」メンバー。
1961年大阪生まれ。神戸大学農学部卒業。1985年藤沢薬品工業(現アステラス製薬)に入社、営業、労働組合、人事、事業企画を経験。人事部では米国駐在を含め主に海外人事を担当。2005年にバイエルメディカルに人事総務部長として入社、2007年に武田薬品工業に入社。海外人事を中心にCMC HRビジネスパートナー部長等を歴任し、現在は本社部門の戦略的人事ビジネスパートナーをグローバルに統括するグローバルHRBPコーポレートヘッドの任務に従事。M&Aは米国と欧州の海外案件を中心に10件以上経験し、米国駐在は3回、計6年となる。武田薬品工業のグローバル化の流れを日米欧の3大拠点で経験し、グローバルに通用する人材像とその育成を探求。人と組織の活性化研究会「APO研」メンバー。
中央大学大学院 戦略経営研究科(ビジネススクール) 客員教授
戦略的人材マネジメント研究所 代表
東証一部エレクトロニクス関連企業3社の社員を経験した後にベンチャー企業社長を10年経験。2009年より年間500社の人事部門を5年連続訪問。人事部門の役割と人事の人たちのキャリアについて研究。多数の企業で顧問も担う。主な著書:「破壊と創造の人事」(出版:ディスカヴァー・トゥエンティワン)2011年は、Amazonのランキング会社経営部門4位(2011年6月21日)を獲得した。最新の著書は「内定力2015〜就活生が知っておきたい企業の『採用基準』」(出版:マイナビ)
戦略的人材マネジメント研究所 代表
東証一部エレクトロニクス関連企業3社の社員を経験した後にベンチャー企業社長を10年経験。2009年より年間500社の人事部門を5年連続訪問。人事部門の役割と人事の人たちのキャリアについて研究。多数の企業で顧問も担う。主な著書:「破壊と創造の人事」(出版:ディスカヴァー・トゥエンティワン)2011年は、Amazonのランキング会社経営部門4位(2011年6月21日)を獲得した。最新の著書は「内定力2015〜就活生が知っておきたい企業の『採用基準』」(出版:マイナビ)