髪型や服装は,本来は各自の自由です。これは日本国憲法に「表現の自由」として保障され,他人が侵害することはできません。しかし,仕事中にどんな格好をしてもよいということにはなりません。例えば制服がある会社では,効率性や安全性を考慮してそれを採用しているのですから,私服勤務が認められないのは常識です。そもそも制服着用は入社時より職務の前提として周知徹底されているはずですので,改めて議論する必要はないでしょう。
個人の表現の自由に対してどこまで踏み込んで注意できるのかという問題です。接客業や食品関係ではサービス提供や安全衛生上の理由から,服装や身だしなみが仕事に与える影響は明らかです。行き過ぎた服装や不適切な身だしなみによって会社が損害を被る恐れがあるなど,服装や髪型の制限に合理的な理由があれば,就業規則でそれを制限したり,守らない従業員に処分を下すことはある程度可能です。
従業員の服装や身だしなみを規制する場合,まず就業規則での明文化が前提となります。そのうえで採用時の説明や社内教育,朝礼などでふだんから会社の考え方を浸透させることが重要です。以上のことを行っていれば,業務に具体的な悪影響がある場合,会社が服装や身だしなみを制限する合理的な理由が確立し,業務命令として改善を促す根拠が成立します。上司は単なる私見ではなく,一定の基準に従って迷うことなく,自信を持って注意できるというわけです。上司の悩みも少しは解消できます。
ただし,規則に反して改善指示に従わない従業員に重い懲戒処分ができるかというと,そう簡単ではありません。「会社の品位を害する」等の抽象的な理由だけで解雇までは不可能です。ハイヤーの運転手が口髭を理由に乗務を外されたケースでは「口髭を生やしていても,無精ひげとの関係は直接的でなく,この場合必ずしも業務に支障はなく,顧客からの苦情もないならば口髭をそる義務はない」と判断されています(イースタン・エアポートモータース事件・東京地裁昭和55年12月15日判決)。
また,茶髪を理由に運送会社の社員が解雇されたケースでは「営業に具体的な悪影響を及ぼした証拠はない」として解雇は無効になっています(東谷山家事件・福岡地裁平成9 年12月25日判決)。
■検討内容
・対象となる業種ファッションや美容関係の会社であれば,規制をかけることによって業績がダウンするリスクもあります。逆に規律が重視される業種や教育関係などは就業規則による規制が必要になります。
・対象となる職種
対外的に会社の顔となる営業部門などは厳しい規制の対象となってもよいかと考えますが,そうでない内勤者の場合,それほど強い規制が必要ないともいえます。一方,作業系の職場などでは安全面を考慮した制服が用意されているケースが多いようです。
・対象者の範囲
アルバイトを含めた全従業員なのか,正社員だけなのか,あるいは特定の部署だけなのかを決める必要があります。
・服装や身だしなみの具体的基準働きやすさや会社組織の一員として他者へ与える影響などを考慮して決めていきます。
服装……男性・女性に対するものはそれぞれ別に基準を設けます。どんな服装が望ましい姿なのかを具体的な表現で明記します。
靴……スニーカーや女性の夏のミュールなどが問題になることがあります。
身だしなみ……身だしなみで特に問題になるのが,茶髪でしょうか。また最近は男性のアクセサリーも問題になることがあります。
最近は茶髪が認められている職場も少なくないのですが,赤など極端な染色は問題になります。
・禁止事項
禁止する服装や身だしなみの基準を決める必要があります。比較的カジュアルな服装を認めているといっても,何でもいいわけではありません。男性,女性それぞれに適用する内容が必要です。
・違反者への対応
服装や身だしなみが基準に違反している場合の対応を明確にします。従業員の服装や身だしなみに問題がある場合,上司はその基準に基づいて改善を命令します。規定があっても注意がなければ効果はありません。その場で整えさせて職務に就かせるのが原則です。
また,何度注意しても是正されない場合は,就業規則による譴責処分の対象になる旨を定めておきます。
ただし,処分が目的ではなく,会社が考える服装に関する考え方を守らせるために活用します。あくまでも会社の趣旨は服装や身だしなみによって会社のイメージダウンを起こさせない,そして,イメージアップを図ることにあるのだと認識して運用します。
・服装に関する制度がある場合
「カジュアルデー」「クールビズ・ウォームビズ」といった制度も,服装規定をベースに作成します。服装規定よりもさらに企業ごとに裁量範囲が異なり,明確な規定が必要です。
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