「労働基準監督署の行政指導は受けたくない」と考える人事労務担当者は多いだろう。しかしながら、賃金の支払いに法律上の問題があり、指導対象となる企業は決して少なくない。そこで今回は、2023年に労働基準監督署が企業に対して実施した監督指導のうち、賃金の支払いに起因するケースについて「どのような点が指導対象になったのか」などを整理してみよう。
「賃金不正」で労働者18万人が被害に遭い、書類送検された企業も。現状と労働基準監督署の対応は

2023年は102億円もの賃金が未払いに

従業員に賃金を正しく支払う業務は、必ずしも簡単ではない。賃金支払いに関する法の定めは複雑であり、思わぬところで足をすくわれかねないものである。

また、「人件費負担を抑制したい」、「この程度の不正なら問題にならないだろう」、「どうせバレはしない」などのさまざまな思いから、違法な賃金支払い行為に手を染めてしまうことも多いようだ。

しかしながら、従業員に正しい賃金支払いを実施していない場合には、「労働基準法」や「最低賃金法」に違反するとの理由で、労働基準監督署(以下「労基署」)から是正勧告などの行政指導を受けるケースが少なくない。

昨年は、1年間で2万1,349 件の賃金不払い事案が労基署で取り扱われている(2024/令和6年8月2日付報道発表資料『賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和5年)を公表します』/厚生労働省)。被害を受けた労働者は18万1,903 人、支払われなかった賃金の総額は実に101億9,353万 円にものぼっている(同資料)。捜査の結果、検察庁に書類送検されたケースも少なくない。

賃金支払いに関する労基署の監督指導は、商業・製造業・保健衛生業を営む各企業に対して行われたケースが比較的多いものの、およそあらゆる業種で実施されている。
2023年に全国の労働基準監督署が扱った賃金不払案件の件数(業種別)
従って、人事労務部門としては、自社の業種・業態にかかわらず「どのようなケースが賃金に関する是正勧告・書類送検の対象になるのか」を理解し、自らの業務を振り返ることが重要といえる。

「是正勧告」の対象事案の具体例

労基署の是正勧告の対象になった事案を、具体的に見てみよう。

(1)法定割増率の非遵守

1番目は、割増賃金の法定割増率を遵守しなかったケースである。

労働者に時間外労働をさせた場合は、通常の賃金の「25%以上」の割増賃金を支払わなければならない。時間外労働が1ヵ月当たり60時間を超えれば、通常の賃金の「50%以上」の割増賃金が必要となる。

しかしながら、月60時間を超える時間外労働に対して「50%」を下回る率を用い、割増賃金を過少に計算していた。

(2)除外賃金の誤り

2番目は、割増賃金の基礎として算入すべき賃金を除外していたケースである。

割増賃金は、月給制の場合には「各種手当も含めた1ヵ月の賃金額」を「1ヵ月の所定労働時間で除した額」が計算の基礎とされる。このとき、以下の賃金は労働との関係性が希薄であるとの理由で、計算から除くことが認められた「除外賃金」とされている。

(1)家族手当
(2)通勤手当
(3)別居手当
(4)子女教育手当
(5)住宅手当
(6)臨時に支払われた賃金
(7)1ヵ月を超える期間ごとに支払われる賃金

上記以外の賃金は、計算から除外することは許されていない。

それにもかかわらず、除外が認められていない「役職手当」、「精勤手当」などの賃金を計算対象から外し、割増賃金を過少に算出していた。

(3)固定残業代制での支払い不足

3番目は、固定残業代の超過分の割増賃金を支払っていなかったケースである。

固定残業代制とは、時間外労働などに対する割増賃金をあらかじめ基本給や諸手当に含めて支払う制度。本制度を採用する場合には、固定残業代が実際の時間外労働などに応じた割増賃金の額を下回るケースでは、別途、差額を支払わなければならない。

例えば、40時間分の固定残業代が支払われている企業で労働者が45時間の時間外労働をしたのであれば、差額に当たる5時間分の割増賃金の支払いが固定残業代とは別に必要になる。

ところが、固定残業代として月40時間分の割増賃金は支払っていたものの、40時間を超過した時間については割増賃金を支払っていなかった。

(4)労働時間の不正な端数処理

4番目は、15分未満の労働時間を不正に端数処理していたケースである。

原則として労働時間は1分単位で計算する必要があり、1分単位の時間を切り捨てるなどの処理は許されていない。

しかしながら、勤怠システムの端数処理機能を用いて「始業・終業時刻のうち15分未満を切り捨てる」、「休憩時間のうち15分未満を15分に切り上げる」という処理を行うことにより、労働時間を過少に記録していた。

(5)着替え時間の不算入

最後は、制服への着替え時間を労働時間に算入しなかったケースである。

「着用を義務付けられた所定の服装への着替え」など、業務に必要な準備行為を企業側の指示により事業場内で行った場合、それに要した時間は労働時間に算入しなければならない。

それにもかかわらず、制服への着替え時間を労働時間としていなかったため、労働時間の記録が過少になった。

以上の5事象は「労働基準法」第37条第1項に違反するとして、労基署の是正勧告の対象事案とされている。

「書類送検」の対象事案の具体例

次は検察庁に書類送検された事案である。

(1)所定支払日における賃金未払い

短時間労働者7名に対して1年2ヵ月から1年4ヵ月に渡り、月々の賃金の全額(合計約1,080万円)を各所定支払日に支払っていなかった。

本件は「最低賃金法」第4条第1項に違反するとして、書類送検の対象とされている。

(2)時間外・休日労働時間数の偽装

外国人技能実習生5名の実際の時間外・休日労働時間数を過小に偽装し、その少ない時間数に基づいて割増賃金を支払っていた。その結果、割増賃金の一部(合計約330万円)が不払いとなった。

本件は「労働基準法」第37条第1項に違反するとして、書類送検の対象とされている。

本稿を読んでいる皆さんの所属企業で、上記のような事象は発生していないだろうか。一度、点検をしてみていただきたい。
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