生産性の向上を目指して、多くの企業では働きやすい職場づくりに取り組んでいる。ただ、どれほど最新の設備や人事制度を整えたとしても、職場での人間関係に問題があったら意味がなくなってしまう。特にハラスメント行為の防止は重要だ。「セクハラ(セクシャルハラスメント)」はその最たる例と言える。男女雇用機会均等法でもその対策に努めるべきことが指摘されている。加害者と被害者との問題だけでなく、企業としての使用者責任も問われかねない「セクハラ」について、本稿ではじっくりと考察していきたい。定義や該当する言動、事例、対策などを紹介しよう。
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「セクハラ(セクシュアルハラスメント)」とは?

「セクハラ」とは、セクシュアルハラスメントの略称で性的な嫌がらせを意味する。加害者に悪気がある・ないにかかわらず、性的な言動をしたことで被害者を傷つけていたとなれば、訴えられてしまう可能性がある。さらに言えば、企業としても管理責任を問われることになるだけに、十分に配慮しなければいけない。

「セクハラ」の定義

次に、法律では「セクハラ」がどう定義されているのかを確認しよう。

職場で「セクハラ」に関する問題が生じた際に、判定のベースとなるのが男女雇用機会均等法11条1項である。そこでは、以下の3点がポイントとなることが示されている。

●「職場」における行動

「職場」とは、従業員が業務を遂行している場所を指す。ただし、業務を遂行しているのであれば、職場はもちろん、取引先や出張先、宴会、接待の場などが挙げられる。いずれも、時間外であっても職務の延長と想定される場合には、「職場」として見做される。

●「労働者」の意に反する

ここで言う「労働者」とは、正規労働者だけを指しているのではない。パートタイムやアルバイト、契約社員などの非正規労働者も含まれる。要は、事業主が雇用する全従業員となる。派遣社員に関しては注意を要する。派遣元が事業主となるものの、派遣先で実際に「セクハラ」の問題が生じてしまった場合には、派遣先の事業主は自社の従業員と変わらぬ対応・措置を講じなければいけない。

●「性的な言動」である

「性的な言動」とは具体的には、以下のようなものを指す。
1)言葉によるもの:卑猥な冗談、性的な質問など
2)視覚によるもの:性的な画像を見せる、配るなど
3)行動によるもの:身体への接触、性的な関係の強要など

また、「セクハラ」の行為者になるのは、事業主や上司、同僚だけとは限らない。取引先や顧客、患者、学校の生徒もなり得る。しかも、男性から女性に対してだけでなく、女性から男性、女性から女性、男性から男性であっても成り立つ。

「セクハラ」の種類

「セクハラ」にも幾つかの種類がある。それらを紹介しよう。

●対価型セクハラ

対価型セクハラとは、加害者による性的な言動を拒絶したことで、被害者が不利益を被ることを言う。相手の要求に応えなかったことに対する報復的な行為とも言い換えられる。具体的には、減給や解雇、降格、異動などがこのケースに当たる。

●環境型セクハラ

環境型セクハラとは、加害者による性的な言動により、就業上見過ごせない支障が生じることを言う。加害者本人には「セクハラ」だという自覚がない場合も少なくない。例えば、職場にアダルト系のポスターを貼る、カラオケでのデュエットや宴会でのお酌を強制するなどが、このケースにあたる。

どこからが「セクハラ」か? 厚生労働省が示す判断基準

厚生労働省では、「セクハラ」に関する判断基準を示している。それに準拠して事案ごとに判断していく必要がある。

具体的には、以下の行為が「性的な行動」に該当するとしている。
・性的な内容、情報を意図的に広める
・性的な関係を強いる
・性的な事実関係を聞く
・必要がないにもかかわらず体に触れる
・わいせつな図画を配布・掲示する など


また、労働者が果たして不利益を受けたのか、労働者の就業環境が害されたのかに関しては、一部の例外を除いて本人がどのように感じたのかという主観が考慮されることになっている。

「セクハラ」に該当しうる言動一覧

「セクハラ」への対策を施すには、どんな言動が該当するのかを理解しておく必要がある。以下に、「セクハラ」となり得る具体例を紹介したい。

●性的な内容に関する質問

性的な内容の質問は、プライバシーの侵害に当たる可能性が大きい。軽はずみに聞いてしまうことは絶対にないようにしたい。

【NG例】
・初体験はいつだった?
・まだ童貞じゃないのか?
・子供はまだできないの?
・スリーサイズを教えて?

●性別や年齢に関する偏見

性別や年齢に関する偏見に基づいた発言、行動も「セクハラ」として受け止められやすい。多様な価値観を受け入れる姿勢が求められている。

【NG例】
・これだから女はダメだ
・最近の若い奴は責任感に欠けている
・男ならこれぐらいの酒は飲めるだろ
・40歳を過ぎたら、この職場には必要ない

●容姿に関する発言

容姿に関する過度な発言、差別的な発言も問題となる。冗談のレベルでも許されず、また褒めた発言が「セクハラ」と捉えられるケースもある。

【NG例】
・最近太ってきているよね
・ガリガリすぎ。しっかり食べているの?
・ダイエットしたんだね
・垢抜けたね

●わいせつな言動

「宴会では無礼講だ」などと上司が発しても、わいせつな言動が許されることはない。

【NG例】
・今日は、短めのスカートで出勤なんだね
・このところ、かなりイライラしているみたいだけど生理中なの?
・君もこういうプロポーションを目指さないとモテないぞ
・今日はどんな下着なの?

●「ちゃん」、「くん」付け

男女平等、ジェンダーフリーの意識が高まりつつある現代社会では、「ちゃん」や「くん」付けは時代にそぐわない表現なので注意を要する。ビジネスシーンでは、「さん」付けを勧めたい。

【NG例】
・〇〇ちゃん、〇〇くん
・そこの新人くん

「セクハラ」の裁判事例

次に、実際の判例から、どのような行為が「セクハラ」にあたるのか見ていきたい。

判例(1)行為を煽る言動があっても「セクハラ」と認定された例

広島地裁平成19年3月13日の判例は、生命保険会社の忘年会で上司が部下に対して行った行為が「セクハラ」と認定された事案だ。被害者は加害者を押し倒したり、嬌声を挙げたりするなど、セクハラ行為を煽るような行動を取っていたが、行為者及び使用者の責任が認められた。ただし、被害者にも落ち度があるとされ、損害賠償額が減額されることとなった。この判決は、被害者が騒ぎを助長したとしても、加害者の行為が違法であることを否定するものではなく、セクハラの責任が生じることを示していると言える。

判例(2)被害者の拒否がなくても「セクハラ」となった例

最高裁平成27年2月26日の判例は、「セクハラ」行為を理由に懲戒処分を受けた社員が処分の無効を主張したものの、最高裁は懲戒処分が有効であると判断した事案だ。この事例では、長期間にわたり被害者に強い不快感や嫌悪感を与える言動が繰り返され、これが職場環境を著しく害したと見なされた。被害者が抗議しなかったことや、事前の注意がなかったことは、加害者に有利に働くものではなく、セクハラは被害者の明示的な拒否がなくとも成立することが明確化された例である。

「セクハラ」に対する企業(使用者)の責任

ここでは、「セクハラ」問題が起きた際の企業(使用者)の責任を考察していきたい。

「セクハラ」行為が認められた場合には、加害者はもちろん、企業も責任を負うこととなる。いわゆる、使用者責任である。これは、民法第715条1項で定められている。場合によっては、加害者と同様に損害賠償責任を課される可能性もあり得る。ただし、企業として幾度も注意をしたが、それにもかかわらず損害が生じてしまったということであれば、責任を問われることはない。対策をしっかりと講じていたかどうかが、判断のポイントとなってくる。

「セクハラ」加害者の責任と罰則

当然ながら、「セクハラ」の加害者側も責任を負うこととなる。これには、刑事上と民事上とがある。

●刑事上

刑事上では、名誉棄損や侮辱罪、強盗罪、強制わいせつ罪などが成り立つ可能性がある。被害者がどのような傷を負ったかで判断がわかれる。ただ、いずれであっても刑事上で責任を問われる「セクハラ」はかなり悪質であることは間違いない。

●民事上

民事上では、金銭的な責任を負うこととなる。法的な根拠となるのは、民法709条に定められた不法行為責任だ。これに基づき、加害者は精神的な苦痛を与えたことに対する慰謝料を被害者に支払うことが義務付けられている。

●懲戒処分の必要性

会社は、社内で「セクハラ」を起こした従業員に対して懲戒処分を課すべきである。それが、社内に向けた「セクハラ撲滅」の強力なアピールにつながるからだ。ただ、処分の内容を単に厳しくすれば良いというわけでもない。それぞれの行為の態様や事情を踏まえて、社会通念上認められる範囲の処分でなければいけない。

「セクハラ」に対して企業が講ずべき10の対策

厚生労働省では、「セクハラ」に対して企業が講ずるべき10項目を策定している。ここでは、それらを4つに分類して説明していきたい。

●方針の明確化と周知・啓発

事業主は「セクハラ」に関してどのような方針で臨むのかを明確に打ち出し、それを従業員に周知・啓発する必要がある。周知する手段としてはセクハラ研修の実施が代表的といえる。また、ポスターの掲出やトップからの発信という手段も有効だ。

【厚生労働省の項目】
(1)職場におけるセクシュアルハラスメントの内容・セクシュアルハラスメントがあってはならない旨の方針を明確化し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
(2)セクシュアルハラスメントの行為者については、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発すること。

●相談・苦情への体制整備

人事部や法務部が先頭に立って、「セクハラ」問題に関する相談窓口を設けることも欠かせない。併せて、職場環境に対するチェックも行うようにしたい。発生してからの対応はもちろんだが、できれば発生するかもしれないという微妙なレベルであっても、状況を把握し問題があるなら早めに対処しておくことが重要だ。そのためにも、事前に連携方法や事実確認の段取りなどを固めておく必要があるだろう。

【厚生労働省の項目】
(3)相談窓口をあらかじめ定めること。
(4)相談窓口担当者が、内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。また、広く相談に対応すること。

●事後の迅速かつ適切な対応

実際に、「セクハラ」が起きてしまった場合には、相談窓口が被害者と加害者双方に速やかにヒアリングをし、事実関係を確認しなければいけない。その上で、迅速かつ適正に対応する必要がある。それが、被害者のケアや再発防止につながるからだ。

【厚生労働省の項目】
(5)事実関係を迅速かつ正確に確認すること。
(6)事実確認ができた場合には、速やかに被害者に対する配慮の措置を適正に行うこと。
(7)事実確認ができた場合には、行為者に対する措置を適正に行うこと。
(8)再発防止に向けた措置を講ずること。(事実が確認できなかった場合も同様)

●その他の措置

「セクハラ」に関する問題は、噂として広がりやすい。そのために、被害者と加害者のプライバシー保護に努めなければいけない。もちろん、「セクハラ」が起きていることを通報したり、事実確認等に協力した従業員も、その行為によって不利益を被ることがないよう規定を定めておいたりするようにしたい。

【厚生労働省の項目】
(9)相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、周知すること。
(10)相談したこと、事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。

まとめ

「セクハラ」は被害者がどう感じるかがポイントとなる。加害者が意図的でなかった、あくまでも冗談レベルであったなどと言っても「セクハラ」と受け止められることは大いにあり得る。どちらかと言えば、以前は男性から女性への「セクハラ」が多かった。だが、近年は逆のケースもあるし、同性同士でも見られる。その意味では、誰であっても「セクハラ」の加害者になり得るリスクが潜んでいる。すべての従業員を対象として、「セクハラ」研修を定期的に開催したり、トップ自らが注意を呼びかけたりするなど継続的な施策を展開することが重要となってくる。

よくある質問

●性的な嫌がらせとは?

「性的な嫌がらせ」とは、性的な関心や欲求、性別により役割を分担すべきとする意識、性的指向や性自認に関する偏見に基づいた行動で、相手を不快にさせることを言う。
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