内閣府が実施した“政策アイデアコンテスト”で「終業時刻以降は従業員を個人事業主扱いし、残業相当の業務を委託する」という施策が優勝アイデアとされた。この施策により従業員は手取り額が増加し、企業はキャッシュフローが改善するのだという。ところで、このアイデアは本当に実施可能な施策なのだろうか。今回はこの点を考察してみよう。
「終業時刻以降は社員を個人事業主として勤務させる」施策が“内閣府政策アイデアコンテスト”で優勝。問題は?

優勝アイデアは『残業から副業へ。すべての会社員を個人事業主にする』

2024年6月、内閣府は「賃上げを幅広く実現するための政策アイデアコンテスト」の結果を公表した。

このコンテストは「賃金が上がることが当たり前という前向きな意識を全国に広げ、社会全体に定着させていくことが重要」との問題意識から実施したとされている。応募された政策アイデアは、内閣府の職員や他省庁の出向者などから寄せられた計36件である。

そのうち優勝アイデアとして表彰されたのは、『残業から副業へ。すべての会社員を個人事業主にする』と題する政策アイデア。従業員は終業時刻以降、通常であれば残業として行う業務を「個人事業主による業務委託」として行うという施策である。

これにより、企業と従業員との双方が社会保険料負担などを回避できるため、「法改正や新たな財源を必要とせず、従業員の手取り額を増やすことができる」と説明されている。加えて、「企業のキャッシュフローも改善することができる」点がポイントとなる政策アイデアとのことである。

形式的に業務委託契約を結んでも「労働者はあくまで労働者」

ところで、今回の優勝アイデアである「終業時刻以降は従業員を個人事業主扱いし、社会保険料負担を回避する」という取り組みに法律上の問題はないのだろうか。

実は、わが国の労働法制では、仮に個人事業主として業務を行っていたとしても、実態として「労働基準法」(以下、「労基法」)上の労働者に該当するのであれば、労働基準関係法令が適用されることになっている。

「労基法」上の労働者に該当するか否かの判断は、“実質的に使用従属関係があるかどうか”について、働き方の実態を勘案して行われる必要がある。そのため、委託契約や請負契約といった契約の形式・名称にかかわらず、労務提供の形態や報酬の労務対償性及びこれらに関連する諸要素を勘案して総合的に判断されるものである。

従って、「終業時刻まで従業員として行っていた業務」と同様の業務を、終業時刻以降も引き続き個人事業主として受託する場合、終業時刻までとそれ以降とで使用従属関係に変化が生じないのであれば、形式上は個人事業主としての業務委託契約が締結されていたとしても、実態として「労基法」上の労働者であると判断される。

その結果、終業時刻以降の業務について割増賃金を支払わなければならない等、労働基準関係法令に基づく対応が必要となるものである。社会保険へも法律上当然に加入義務が生じる。

以上から、「終業時刻以降は従業員を個人事業主扱いし、社会保険料負担を回避する」とする政策アイデアは、わが国の労働法制上、許容され得ない施策と言えよう。

終業時刻以降に個人事業主扱いすると従業員の年金額は減額に

終業時刻以降の労働を「個人事業主による業務委託」とした場合、従業員の厚生年金の標準報酬月額は本来の額よりも小さくなってしまう。時間外労働に対する割増賃金分も含めて標準報酬月額を決定するのが、厚生年金のルールだからだ。

標準報酬月額は、従業員が受け取る年金額の算出基礎とされる数値である。そのため、標準報酬月額が小さく決定された従業員は、受け取る年金額もその分だけ少なくなる。

つまり、「終業時刻以降は従業員を個人事業主扱いし、社会保険料負担を回避する」という施策には、従業員が老後等に受け取る年金額を棄損するという大きな弊害が内在するわけである。この点からも、この政策アイデアは問題が大きいと言わざるを得ないだろう。

労働・社会保険関係法令から逸脱しない政策アイデアを

従業員が社会保険の加入要件を充足しているにもかかわらず、個人事業主への業務委託扱いにすることで社会保険料負担を回避する。これは、いわゆる「ブラック企業」と呼ばれる組織の典型的な手口のひとつである。 

そのような手法が内閣府の内部から「賃上げを幅広く実現するための政策アイデア」として提案されたことには、驚きを禁じ得ない。しかも評価結果が優勝とは。

本件を踏まえ、厚生労働省では「従業員に終業時刻後の業務を個人事業主の形式で行わせること」に関する相談対応について、「仮に個人事業主として業務を行っていたとしても、実態として労基法上の労働者に該当するのであれば、労働基準関係法令が適用される」旨を回答するよう、全国の労働局に対して通達を発している。

そのため、仮に本アイデアを実行に移す企業があれば、労働基準監督署等から指導を受けることを覚悟しなければならないであろう。本稿を読んでいる人事労務担当者の皆さんは、この点をよく理解していただきたい。
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