企業の海外進出は保険料の二重払いを招く
現在、年金制度をはじめとする社会保障制度を設けている国は多数に上るが、多くの国の制度には共通する2つの原則がある。1番目の原則は「わが国で働く者は、誰であってもわが国の制度に加入しなければならない」という考え方である。自国内で労働をする者は、たとえ外国籍者であっても自国の社会保障制度への加入を強制する国は少なくない。
2番目は「海外で働くことになっても、母国の制度に加入を続けなければならない」という考え方である。その結果、海外赴任をする自国民に対しても、自国の社会保障制度への加入継続を義務付ける国は非常に多い。
日本およびイタリアの両国とも、これらの基本原則に則って社会保障制度を運用している。そのため、日本の企業がイタリアに社員を赴任させたり、イタリアの企業が日本に社員を赴任させたりするケースでは、日本とイタリアの両国の社会保障制度に同時加入しなければならないという問題が発生していた。
両国の制度に同時加入するということは、保険料を2つの国に同時に支払う義務を負うことを意味する。このような事情があるため、イタリアへの事業展開を進める日本企業は「社会保障制度による経済的負担の増加が足かせになりやすい」という問題を抱えていたのである。
5年以内の赴任予定なら赴任先の年金制度は加入が免除
上記のような問題の発生を回避するため、国同士が特別な取り決めをすることがある。これが「社会保障協定」である。協定の締結国の間では「企業が相手国に社員を赴任させても、いずれか一方の国の社会保障制度だけに加入すればよい」こととされる。そのため、保険料を2つの国に同時に支払う義務が発生することがない。今般、日本がイタリアと締結した社会保障協定では、厚生年金や国民年金、雇用保険などが対象制度とされているが、人事労務部門としては特に厚生年金の協定上の取り扱いについて正確に把握しておくことが重要である。
例えば、日本企業がイタリアに事業拠点を設けて日本から社員を赴任させる場合、赴任期間が5年以内の予定であれば日本の厚生年金だけに加入すればよく、イタリアの年金制度への加入は免除されることになる。
加入期間の通算は行われない
ただし、日・イタリア社会保障協定には、他の多くの国との協定に盛り込まれている「年金加入期間の通算」の取り決めが存在しない。「年金加入期間の通算」の取り決めとは、「年金をもらえるかどうかは、2つの国の年金加入期間を足して判断する」というルールである。多くの国の年金制度では、年金をもらうためには「制度に一定以上加入した実績があること」を要求される。だが、海外に赴任する期間がその国の年金を受け取るために必要な年金加入期間よりも短い場合には、「赴任中に保険料を支払ったのに年金がもらえない」という状態に陥る。
しかしながら、社会保障協定で「年金加入期間の通算」を取り決めていれば、2つの国の年金加入期間を合算した上で年金を受け取るために必要な加入期間の条件を満たしているかが判断される。そのため、海外赴任中の期間が年金の受け取りに結び付きやすくなるのである。
ところが、日・イタリア社会保障協定にはこの取り決めがない。従って、イタリアに赴任経験のある人が同国の年金を受け取るには、イタリアの年金制度加入期間だけで必要な要件を満たすことが求められるため注意したい。
イタリアの年金制度の加入免除には『適用証明書』が必要
企業や社員が日・イタリア社会保障協定のメリットを享受するには、必要な手続きを取らなければならない。例えば、イタリアへの赴任期間が5年以内の予定のために同国の年金制度への加入免除を希望する場合には、次のような段取りで手続きを取ることになる。
(2)『適用証明書』の裏面に、日本の雇用保険に加入中であることを証明する『雇用保険被保険者資格取得等確認通知書(事業主通知用)』のコピーを付ける。
(3)上記書類のコピーをイタリアの事業拠点に提出する。
一方、イタリアへの赴任期間が5年を超える予定のために日本の厚生年金への加入免除を希望する場合には、日本年金機構に厚生年金の『資格喪失届』を提出する必要がある。その際は、イタリアの年金制度に加入したことが分かる書類の提示が必要とされている。
現在、わが国との社会保障協定が発効している国は23ヵ国に及び、下図のとおりである。
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