「退職代行サービス」という言葉を聞かれたことがあるだろうか。なかには、実際に退職代行業者から連絡を受けた会社もあるかもしれない。特に近年はニュース番組でも度々取り上げられており、話題となっている。そこで、今回は「退職代行サービス」をクローズアップしたい。どんなサービスを提供しているのか、企業としてどう対応していけば良いのかなどを丁寧に解説していきたい。
「退職代行サービス」とは? 使われた際に企業がすべきことを解説

「退職代行サービス」とは?

まずは、「退職代行サービス」の定義や形態から説明しよう。

●「退職代行サービス」とは

「退職代行サービス」とは、従業員本人に代わって退職の意思を勤務先に伝えるサービスだ。単に退職の意思を伝えてくるだけのサービスもあれば、未払いの残業代を請求してくる場合もあする。「自ら退職を申し入れにくい従業員がいるのか」と疑問を抱く方もいるかもしれないが、近年急激に需要が高まっている。具体的には、「職場の雰囲気が悪い」「退職を相談する度に上司に引き延ばされる」と感じている人が利用している。

●「退職代行サービス」の3つの形態

「退職代行サービス」は3つの形態に分けられる。それぞれについて説明しよう。

・弁護士
弁護士の資格を有していれば、従業員の依頼を受けて正式な代理人として退職日や引継ぎの交渉、調整を行うことができる。弁護士と聞いてすぐに信じ込むのではなく、本当に資格を持っているのか、弁護士に誰が依頼したのかを確認する必要がある。

・退職代行ユニオン
退職代行ユニオンとは、企業の規模が小さくて社内に労働組合がないケースで、労働者が加入できる外部の労働組合を言う。雇用形態に関わらず加入できるのが特徴だ。退職代行ユニオンでは、会社との団体交渉権も認められている。そのため、退職日の調整・交渉や未払い賃金を巡る請求の交渉ができる。ただし、その交渉でもまとまらず、裁判となった場合は代理人としての役割を果たすことはできない。

・退職代行サービス
「退職代行サービス」は、退職代行を展開している民間の事業会社である。ここでできるのは、あくまでも本人に代わって会社に退職届を提出することに限定される。依頼者の代理人として会社と退職日や未払い賃金等の調整・交渉を行うことは許されていない。

●「退職代行サービス」の利用者増加の背景

「退職代行サービス」は、一般的には労働上で何らかの問題がある会社に対して利用されることが多い。具体的には、「上司が高圧的で退職したくても言い出しにくい」「退職をなかなか認めてもらえない」などの理由もあって、会社とやりとりすることに煩わしさを感じてしまう若手を中心とした従業員に多い。それだけに、このサービスの利用者が増えている。背景にあるのは、人手不足と昨今の若手世代ならではの価値観だ。この傾向は今後も続くことが見込まれている。

「退職代行」を使われた際に企業がすべきこと

もしも、「退職代行サービス」を使われてしまった場合、企業は何に留意して対応すれば良いのかを説明したい。

●代行業者の身元確認

最初に代行業者の身元を確認する必要がある。基本的には、代行業者は会社に対して電話で連絡を取ってくるので、電話口でやりとりしても相手の身元を正確に把握することができない。そればかりか、詐欺や嫌がらせ目的の可能性もあるので慎重な対応を要する。なので、先方の名称や氏名を聞いたら、「改めてこちらから連絡を入れる」旨を伝え、インターネットなどを活用して相手の存在を確かめるようにしたい。弁護士を名乗っていても実際にはそうではないかもしれない場合があり、退職代行ユニオンであっても労働組合法における定義を満たしていない可能性もある。しっかりと代行業者の身元を確認しなければいけない。

●従業員本人の依頼有無を確認

退職代行業者が、従業員から正式に依頼を受けているのかを確認する必要がある。もし、「従業員本人からだ」と主張するなら、退職代行業者に委任状や契約書の提示を求めるようにしたい。本人からの依頼を示す書類を持っているはずだからだ。さらには、従業員本人の運転免許証や社会保険証のコピーを求めるのも有効である。それらの確認が取れないようであれば、業者とのやりとりは避けたほうがいいだろう。

●従業員の雇用形態を確認

従業員の雇用形態も改めて確認するようにしたい。それによって法律上、いつ退職することができるかが変わってくるからだ。会社によっては、就業規則に退職する際には1ヵ月前までに申し出ることと明記しているケースもあるが、民法では「退職を申し出た日から2週間後に雇用契約が終了する」としている。そのため、いくら退職代行業者が「今日付けで退職します」と連絡してきたとしても法的には応じる必要はないと言える。また、雇用期間の定めのある従業員に関しては、契約期間満了までは退職を認めなくても良いとされている。

ただし、セクハラやパワハラ、賃金の未払いなどを理由とする即日退職は認めざるをえないと民法で定めているため、注意を要する。

●退職届の提出依頼

退職の手続きを進めるためには、書面による退職届の提出が不可欠となる。そのため、退職代行業者から電話で連絡があった場合には、提出を依頼する必要がある。また、退職届が送付されたら、内容に漏れや不備がないかを確認するようにしたい。もし問題があるなら修正の上、再送してもらうように伝えなければいけない。会社によっては、退職届のフォーマットが決まっているケースもあるかもしれない。その際には、書式を改めてから返送してもらうようにしよう。

●退職届の受領

退職届を受領した後は、退職の手続きを円滑に進めるようにしよう。社内での退職手続きが完了したタイミングで、従業員本人に伝える流れとなる。その場合は、メールでも良いが、できれば書面でも郵送し、証拠が確実に残るようにしたい。

●貸出品の返却依頼

仕事用のPCやスマートフォン、健康保険証、制服など、会社からの貸出品は返却を依頼する必要がある。従業員本人に持参してもらわなくても良い。宅配便などを手配して返送してもらう方法もある。特に、会社の機密情報や個人情報の漏えいにつながる可能性のあるものは、返却を徹底しなければいけない。

「退職代行」は拒否できる?

従業員が「退職代行サービス」を使って退職の意思を伝えて来た時は、拒否できないことが多い。ただ、従業員の申し出を拒否できるケースもあることを覚えておこう。

●非弁行為の場合は拒否できる

従業員の行為が非弁行為に該当する場合には、退職を拒否することができる。具体的には、弁護士資格を持っていない人に退職手続きの代行を依頼する、従業員本人ではあるもののその申し入れが法律に基づいていないなどのケースが想定される。

●法律を順守している場合は拒否できない

法律を遵守している場合は、原則としては粛々と手続きを進めるしかない。具体的には、民法第627条1項による解約申し入れの規定だ。そこには、無期雇用契約であれば従業員はいつでも解約の申し入れができるが、申し入れた日から2週間が経過しないと雇用契約は解消されないとしている。

●有期雇用に関しては状況による

有期雇用契約を締結している従業員については、適用される解約申し入れのルールが状況によって異なる。民法では、6ヵ月以上の期間にわたっての有期雇用契約があるならば、解約の申し入れは3ヵ月前と定められている。しかし、止むを得ない事情がある場合には、退職の意思を受け入れざるをえないケースもあるので注意を要する。

「退職代行」でトラブルを避けるための注意点

従業員に「退職代行サービス」を利用されてしまった際に、会社として注意しなければいけない点がいくつかある。トラブルにつながらいようにするためにも、しっかりと理解しておこう。

●安易に交渉にのらない

「退職代行」から退職日や退職金などの交渉を持ちかけられても、安易に応じてはいけない。あくまでも、従業員本人に代わって交渉できるのは弁護士だけだからだ。基本的に、弁護士以外は退職の意思を伝えることしかできないと考えておいて良い。

●従業員への対話を無理強いしない

従業員本人が「退職代行サービス」を利用するということは、基本的に「会社側とは話したくない」と意思表示しているのと変わらない。「本人と話をさせてほしい」などと退職代行業者に言っても意味はないと考えよう。

●未消化の有給休暇の確認をする

退職代行業者から連絡が入った場合には、従業員本人の勤務状況を調べ、有休休暇が残っているかどうかを確認するようにしよう。もし、残っていたら消化しなければいけないからだ。それを怠り、未消化であれば労働基準法違反となり、その責任を会社として問われてしまうので注意したい。

●退職手続きは速やかに対応する

「退職代行サービス」を利用する従業員への説得は難しい。無理に引き留めても復職の可能性はほとんどないと言って良い。ましてや、その従業員に圧力を掛けてしまうと噂が社内に広がったり、SNSなどに会社に対するネガティブな感情を投稿されたりしてしまうかもしれない。ここはむしろ、従業員本人の気持ちを汲んで退職への手続きを速やかに進めることが望まれる。

●他の従業員への配慮

通常、退職者は退職する前に後任の担当者との業務引継ぎを行う。ただ、「退職代行サービス」を通じての退職となると引継ぎは実施できなくなる。それでも誰かが業務を引き継ぎがなければ会社は回っていかない。後任になった担当者からすれば、突然振られた話のため困惑するのは間違いないだろう。会社としてしっかりと後任をフォローし、トラブルが起きないようにしなければいけない。

「退職代行」を使われないために企業がすべきこと

言うまでもなく、会社としては「退職代行」は使われないよう、できる限りの配慮をしなければならない。そのために何をすべきかを考察してみたい。

●従業員と円満な関係を築く

第一に、従業員との円満な関係を築くことである。従業員本人が「退職代行サービス」を使うということは、会社との関係が良くないことが多い。退職する従業員だけに問題があるとは考えにくい。上司や同僚、部署全体、もっと大きく捉えれば全社レベルで要因があったために、関係が悪化してしまっていたといえる。改めて上司と部下との関係性や職場の雰囲気などを見直し、改善すべき点には迅速かつ的確に取り組むようにしたい。定期的なカウンセリングの実施や自己申告による配置換え制度なども有益な施策と言える。

●「退職代行」が使われる原因があるか確認する

従業員に「退職代行を使われる原因がないか」を徹底的に考えてみることも必要だ。原因をしっかりと把握し、対策を講じるようにしないといけない。

一般的には、以下の事情があると推定される。

・人手不足やハラスメントなどにより、退職の意向を告げにくい職場環境である。
・上司や人事担当から強硬に引き留められている。
・職場の上司や同僚との人間関係が良くない。

●「退職代行」を使われた場合のその原因を考える

万が一、「退職代行」を使われた場合には、その原因をしっかりと検証し再発を防ぐようにしたい。従業員の性格・人間性にもよるかもしれないが、過重労働や残業代の未払い、ハラスメント行為などがあったとも考えられる。そうした問題は、従業員一個人に限っての話ではなくなってくる。この機会に洗い出しをして、解決策を講じる必要があるだろう。

まとめ

人事担当者からすると、「退職代行サービス」を利用されると、従業員に裏切られた気持ちになるかもしれない。もちろん、その憤りもわからないではない。しかし、依頼した側にはそうするしかなかった理由があったかもしれない。状況を謙虚に受け止めて、なぜ本人自らが退職を申し出ることができなかったのか、どうして退職代行業者に託すしかなかったのかと検証し、二度とそうしたケースが起きないようにすることが重要だ。職場環境や人事制度などの改善点が見つかる可能性もあり得る。

もちろん、どんなに対策を施しても価値観の多様化に伴い、「退職代行サービス」は今後も一定のニーズが存在し続けると予想される。万が一、退職代行業者から連絡が入った場合には、本記事などを参考に会社として冷静かつ的確な対応をするようにしていただきたい。
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