今回は、経営目標、経営戦略に貢献する人財、必要な人財について理解を深めます。
タレントマネジメントの定義とは
お待たせしました。ここで、タレントマネジメントの定義と意味に考えてみたいと思います。
まず、一般的に使用しているタレントの意味です。
【タレント】
タレント(talent)とは、広辞苑、ジーニアス英和辞典によると、『(生まれつきの)才能、技量、適性、素質、能力、才能ある人、能力ある人、人材』と定義されています。芸能人の意味もありますが、ここでは対象外です。
本題のタレントマネジメントの定義を確認してみます。
ここでは、代表的な3事例を確認してみたいと思います。
【マッキンゼーの定義】
「あらゆるレベルで会社の目標達成と業績向上を推し進める、有能なリーダーとマネージャを意味する」(マッキンゼー・コンサルティング The War for Talent 2001による定義 著者翻訳)
タレントマネジメントという言葉はどこにもありませんが、タレントマネジメントの思想が含まれていので、記載しました。ここでのタレントとは、優秀で成果を出すリーダー(経営陣など)とマネージャ(管理職)のみをタレントとして定義しています。しかも、タレントを「優秀な人材を獲得するための戦い:獲得合戦」と限定しています。
注:日本企業では、リーダーはマネージャより低い位置だと思っている人がいます。ここでは役割として理解をしてください。欧米企業ではマネージャより高い位で定義されています。
【米国人材マネジメント協会(SHRM)の2006年定義】
「タレントマネジメントとは、従業員の労働生産性を向上させるために、現在、および将来の経営ニーズを満たすことができるスキルと能力を持った人材を募集・採用し、育成、定着させ、活用するための人材マネジメントであり、その各プロセスを改善させながら、統合的な戦略と全体のシステム設計を実現させることである。」(著者訳)
SHRM(Society for Human Resource Management)は、1948年に設立された世界規模の人事のための人材マネジメント開発を支援し、160か国、27万人以上の会員数を誇っています。さて、この定義を見る限り、これまでの人材マネジメントの集大成ともいえる定義となっています。
【米国人材開発機構(ATD)の2009年定義】
「タレントマネジメントとは、人財(人的資本)の最適化を総括的に行う仕組みである。すなわち、事業目標の達成に必要な人財を獲得・育成・配置することにより、組織の文化を形成し、雇用を継続させ、本人のやりがいや能力、可能性を発揮させることによって、組織の短期および長期の目標を達成させることができる仕組みをいう。」(著者訳)
ATD(Association for Talent Development タレント開発協会)は、2014年に前身のASTD(American Society for Training & Development)から名称を変更しました。
1944年に創立された世界最大の人材開発・パフォーマンスに関する会員制の団体で、100か国、7万人の会員がいます。著者も会員のひとりです。
さて、ATDの定義も、これまでの人材マネジメントのありかたを高度化した内容であり、米SHRMとは違う視点で定義しています。ATDでの定義は、人財マネジメントと言ったほうがいいかもしれません。
SHRMでは人材を従業員といい、ATDでは人財と違った表現をしています。いずれの場合でも、人財の一人ひとりの才能を利用して、事業目標の達成をより効果的に進めようとしていることが分かります。
フォーチュン500の優良企業のタレントマネジメント
タレントマネジメントの“タレント”とは、“優れた才能を持った人財”であることが分かると思います。しかも、短期的な視点だけでなく、長期的な視点も持って人財を見ているのです。短期的な視点では、パフォーマンスの発揮につながる顕在能力で、コンピテンシー(成果を出している人の優れた行動を伴うスキル)、スキルが優先されます。長期的な視点では、潜在的な能力の必要性、重要性を言っています。
経営戦略に必要な人財とは、
・短期的視点で活躍してくれる人財であり、さらに、
・長期的視点で活躍してくれるであろう人財
を意味しています。
かつて日本企業は、長期的視点に立った大量の新卒採用、終身雇用が強みでした。今も、このような企業は、大企業などで残っています。
広く海外に目を向けてみると、フォーチュン500の企業の成長を検証することができます。 今や、フォーチュン500に加わった米国企業では、潜在能力も大切にした採用・配置を行い、終身に至るまで活躍してくれる人財獲得に必死になっています。
パフォーマンスが優れているからと言って、それだけで採用をしていないのです。これまでは、すぐに使える人材しか採用をしてこなかった米国企業に、大きな変化が見られます。
完全な方向転換です。驚きませんか?
この驚きの一例ですが、紹介したいと思います。
「あなたは、将来、どんな夢を実現させたいと思っていますか?」
「その夢の実現にむけて、是非、一緒にやりませんか。うちの会社が全面的に支援します。あなたが、その夢に全身全霊で集中して実現できるように、あなたと、あなたを支える家族にも、あなたと同じように支援をさせてください」
「あなたの可能性に賭けました。実現するまで、末永く一緒に取り組みましょう」
「あなたには将来、リーダーになれる素質があることが分かりました。是非うちに来てください」
かつて日本の多くの企業は、潜在能力を大切にしてきました。
しかし成果主義や目標管理制度を導入し、それを本質的な使用をしないまま、コンピテンシー評価だの、パフォーマンス評価だの、目標設定だのと、勝手な解釈に片寄って走ってしまい、潜在能力よりも発揮された能力優先主義に片寄っているのが現状です。
採用で、潜在能力を見ることもなかった、もっと言うならば、それを拒否してきた米国企業が、今や潜在能力を重視した採用をしている事実を知って驚きました。ショックでした。
日本企業と米国企業が、完全に逆転している印象を持ちました。
潜在能力と言っても漠然とした内容ではありません。
新卒採用であれ、キャリア(中途)採用であれ、採用時では、企業は「この応募者はいつかは立派な(マネージャではなく)リーダーになってくれる(可能性がある)だろうか」と、試験や面接で見極めているのです。
もちろん日本企業でも、新卒採用では多くの企業で適性試験をしていますが、キャリア採用となると圧倒的に少なくなります。
このように考えていくと、採用での求める人財要件(これ以降は、人材要件ではなく、人財要件とします)も、短期的視点、長期的視点から求める人財要件でも、検討すべき要件が、いろいろと浮かんでくるのではないでしょうか。
単に、顕在能力(コンピテンシー、スキル)や経験、知識、資格だけでなく、潜在能力(将来のリーダー候補、最先端の専門家候補など)、さらに、性格・資質、価値観について、求める人財として定義しておく必要があります。
つまり、パフォーマンスだけでなく性格・価値観をも重視した人財の要件を定義する必要があります。
求める人財要件を明確にしておく
ある日本企業の採用で「この人はいい人だし、パフォーマンスもあるから採用したい」と言って、採用した企業がありました。「いい人」の意味が社内で一致していれば問題はありません。しかし、それぞれの採用者の思い込みがそこにあるとすれば大問題です。求める要件は、より具体的な定義が必要です。そのため「いい人」ではなく、たとえば「ポジティブ・シンキングができる」、「すぐに行動に移すことでき、フィートワークがよい」、「自己実現の具体的な夢を持っている」などに翻訳してみる必要があります。職種や職務によっては、もっと具体的に定義できないか検討してみることが必要です。
求める人財要件は、以下の三種類があります。
・経営戦略を実現する人財の要件
・企業成長に貢献する人財の要件
・将来のリーダー像
求める人財要件と、社員の個別データをマネジメントすることで、その差分が明確になります。その差分をどのように使用するか、経営と人事との対話によって計画、戦略を立案しなければなりません。
今回は、タレントマネジメントの定義の3事例を理解しましたが、実はタレントマネジメント定義は少なくとも20事例以上はあります。
タレントマネジメントのアプリケーションを開発しているベンダーも、機能に合わせてタレントマネジメントの定義をしています。コンサルティングファームもビジネススクールも似たような定義をしています。
こうなると、どの定義が正しいのか、どの定義を信じたらいいのか、という定義について論じるのではなく、経営戦略を実現するために、経営の目指す人財マネジメントのあるべき姿について、しっかりと検討することが重要だと思います。
すなわち、自社における“求める人財要件”と現実の差をどのように埋めるか、人財要件をほぼ満たしている従業員に対して、どのようにマネジメントするか、まだ満たしていな従業員に対してどのようなマネジメントをするか。
タレントマネジメントの定義よりも、タレントマネジメントの本質の理解を最優先しましょう。
タレントマネジメントはツールであり、ハコモノです。いわゆるハードウェアです。ハードウェアだけでは稼働は不完全です。ソフトウェアがあって稼働可能となります。
経営は人財マネジメントで何を成し遂げたいのか、なぜ求める人財要件を作るのか、その本質と価値を実現しようとする志と経営のリーダーシップが、タレントマネジメントを完全に稼働させることができるのです。
次回の第4回では、経営戦略を実現するための人事機能のあり方について理解を深めていきます。
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