「ナレッジマネジメント」とは何か
まずは、「ナレッジマネジメント」の意味や注目されている背景について説明していこう。「ナレッジマネジメント」とは、それぞれの社員が業務を通じて得たナレッジを組織全体で共有・活用する経営手法を指す。日本語では、知識経営や知識管理などと訳されている。その目的は、企業の成長を加速させ、競争力を高めることである。ちなみに、ナレッジには経験や技術、スキル、ノウハウなどが含まれる。
「ナレッジマネジメント」の提唱者は、著名な経営学者であり一橋大学名誉教授である野中郁次郎教授と言われている。まさに、日本発の経営理論と言って良い。
●「ナレッジマネジメント」が注目されている背景
・働き方の多様化や雇用の流動化長年来、日本企業で行われてきた終身雇用制度が崩壊しつつあり、長期的な視点で人材教育・人材育成を行うことが難しくなっている。当然ながら、知識の継承もままならない状況だ。しかも、ビジネス環境もダイナミックに変化しており、常に最先端の情報を収集していかなければ企業はもはや存続できない時代を迎えている。
・人材不足
どの企業も少ない人数で業務を回していくことを余儀なくされている。それだけに、特定の人しかできないという属人的な業務があれば大きな問題となる。「ナレッジマネジメント」により、社内の専門的な知識を集約し、誰であっても業務を遂行できる体制づくりを進める必要がある。
・DX(デジタルトランスフォーメーション)の普及
DXを全社で推し進めるには、複数の部署間連携が必要不可欠だ。社内のナレッジを集約・共有できる「ナレッジマネジメント」は、取り組みを進めていくうえでまさにもってこいの手法と言える。
●「ナレッジマネジメント」のタイプ
「ナレッジマネジメント」には、4つのタイプがある。それぞれを説明していこう。・ベストプラクティス共有型
これは、組織において優秀な社員、実力ある社員の行動パターンや思考パターンを形式知に落とし込み、ナレッジとして共有しながら組織全体のスキルをレベルアップしていく手法だ。業務効率やコスト効率、生産性、品質の向上につなげやすい。
・専門知ネット型
専門知ネット型とは、専門的な知識を持ち合わせた人々のネットワークを有効活用し、組織内外のナレッジデータベースを構築する手法だ。FAQシステムや社内Wikiなどはその一例だ。特に、ヘルプデスクや情報システム部門など、社内外から問合せが多い部署では、課題解決をより迅速にでき、対応品質の向上につなげやすい。
・知的資本型
知的資本型とは、特許・ライセンス・著作権・ブランド・技術・ノウハウなどといった組織の知的資産を多角的に分析し、経営戦略に役立てる手法だ。収益の向上につなげやすいのが特徴と言える。
・顧客知共有型
顧客知共有型とは、顧客と継続的に知識の共有や提供を図る手法をいう。具体的には、顧客から寄せられた問い合わせやクレームなどの内容、顧客対応履歴をデータベース化し、顧客対応プロセスの最適化を図っていく。それを他部署でも共有すれば、部門全体で顧客対応の標準化や業務品質の改善を進めることができ、顧客満足度も高めていける。
生産性向上や組織力強化など「ナレッジマネジメント」のメリットをわかりやすく紹介
次に、「ナレッジマネジメント」はどのようなメリットをもたらしてくれるのかを、具体的に見ていこう。●組織力を強化できる
ナレッジを共有・活用することで業務の属人化を防ぐことができる。要は、その業務を代替しうる社員がスタンバイできるわけだ。その結果、従来担当してきた社員が万が一、退職や休職をしたとしても、業務が滞ることはなくなる。また、ある部署のナレッジは他の部署でも応用できる可能性もありえる。新たな知識やノウハウを得ることで気づきが得られれば、イノベーションの創出につながる。自ずと組織力も強化できると言えよう。●人材育成を効率化できる
ナレッジを個人のレベルに封印せず、広く共有することで人材育成を効率化させていける。実際、ベテラン社員や優秀な人材の知識・スキルが活用しやすい形に集約・共有できていれば、後輩社員や新入社員はそれらを効率的に習得することができる。また、業務を指導する側からすれば、イチから同じことを何人にも教える必要もなくなってくるので、負担が少なくて済む。●業務効率化につながる
社内で優秀と言われているエース級社員のナレッジを共有すれば、他の社員も類する行動や思考が可能ととなり、業務を効率化させることができる。特定の社員だけがナレッジを持っていただけでは広がりがない。場合によっては、一部の社員に業務が偏る可能性もあり、トラブルにつながる可能性も高まる。その点、誰であっても業務にあたれる、仕事のやり方を知っている状態にしておけば、業務が怠ることはないと言えるだろう。●コスト削減につながる
業務の効率化が図れれば、労働時間も短縮でき、自ずと残業時間の削減につなげられる。残業代はもちろん、夜間の光熱費などさまざまなコストを削減できることになる。●新商品・サービスの開発につながる
「ナレッジマネジメント」には、新商品・サービスの開発を促す効果も期待できる。元々、それらを生み出すにはさまざまな部署が持つ知識や技術、ノウハウを連携させなければいけない。日頃から、「ナレッジマネジメント」に取り組めている企業であれば、そうした連携もスムーズにいくからだ。●顧客満足度が向上する
「ナレッジマネジメント」に取り組むことで、顧客満足度の向上も期待できる。なぜなら、顧客の情報や顧客対応に役立つ知識やノウハウが集約されていれば、それらを迅速に引き出すことができるからだ。自ずと顧客対応の標準化や高品質化が図れるので、顧客の満足度が上がると言うわけだ。●従業員エンゲージメントが向上する
「ナレッジマネジメント」は、従業員エンゲージメントの向上にも寄与する。なぜなら、社員同士の横のつながりや連携がスムーズになるからである。それに伴い、チームワークが良くなり、会社への愛着も持ちやすくなる。離職率の低下も期待できるだろう。ツール導入や研修で失敗しないために知っておきたい「2つの知識タイプとSCEIモデル」
ここでは、「ナレッジマネジメント」の基礎理論として、暗黙知と形式知という2つの知識タイプと「SECIモデル(セキモデル)」について取り上げよう。●暗黙知
暗黙知とは、言語や図式として明示されていない属人的な技能や主観的・感覚的な知識、ノウハウを意味する。いわゆる、職人の技や勘、経験則などを指す。人に伝えるのはかなり困難だが、そのままにしていては組織全体のスキルアップにはつながってこない。●形式知
形式知は、主観的な知識やデータを誰が見てもわかるよう言葉や数字、図表で表現したものだ。客観的な知識と言い換えても良い。例えば、組織で共有できるマニュアルや作業手順書、事例集、売上管理表などは、代表的な形式知と言える。暗黙知と異なり、共有されやすいのが特徴だ。●SECIモデル
SECI(セキ)モデルとは、4つのプロセスを通じて暗黙知を形式知に変換・移転し、新たな暗黙知を生み出していくサイクルだ。「Socialization」「Externalization」「Combination」「Internalization」、これら4つのプロセスの頭文字を取って、「SECI(セキ)モデル」と名付けられている。以下に、その4つのプロセスを取り上げる。・共同化(Socialization)
個人の暗黙知を伝達し、新たな暗黙知を生み出していくステップとなる。具体的には、OJTやロールプレイング、営業同行などがこれにあてはまる。
・表出化(Externalization)
これは得られた共通の暗黙知を言語化、概念化し形式知へと変換・移転するプロセスである。その際には、ブレインストーミングや映像、図、ストーリーなどを用いる。
・連結化(Combination)
いくつかの共通した形式知を組み合わせて新しい知識体系やコンセプトを作り出していくプロセスを言う。この段階で初めて、個人の暗黙知が組織の形式知へと移転できることになる。同じような業務を行ういくつかのチームがそれぞれのマニュアルを持ちより、一つのマニュアルにまとめるといった動きもこの一例となる。グループウェアやSNSなどを利用すると連結化がスムーズに進められるのでお勧めだ。
・内面化(Internalization)
これは、新たに得られた形式知を実践・行動し、暗黙知として体得するプロセスを指す。
以上の4つのプロセスをサイクルとして繰り返していくことで、組織でナレッジを共有・定着させていける。業務体験もしかりだが、研修やシミュレーションも内面化には効果がある。
「ナレッジマネジメント」の企業事例
ここでは、「ナレッジマネジメント」を実践した企業の事例を紹介してみたい。花王とエーザイの2社を取り上げる。●花王
同社では、顧客の声を活かしたより良い商品づくりの実現を目指し、消費者相談室に寄せられた顧客の声を独自の「ナレッジマネジメント」システムに入力し蓄積している。それらを商品に関連するすべての部門が確認し、どのような課題があるか、どんな改善策があるかを検討。さらに、各部門の責任者が集まり議論を重ねることで、顧客ニーズに応える商品の開発・改善を実現させた。●エーザイ
「患者様と生活者の皆様の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献し、世界のヘルスケアの多様なニーズを充足する」を企業理念に掲げるエーザイ。同社では、その実現に向けて、全社員に業務時間の1%を患者やその家族と過ごすことを推奨するとともに、その活動を通じて得られた「暗黙知」を報告・議論したり、対応策を検討する場を設けたりした。結果的に、同社では商品利用者の患者の悩みを取り除くことができる画期的な製品開発、改善を実現している。- 1