最近、生成型AIチャットサービス「Chat GPT(チャットGPT)」がビジネス界隈で注目を集めています。このChat GPTは、ユーザーが入力した質問に対して、まるで人間のように自然な対話形式でAIが答えてくれます。このサービスの出現により、新たな価値創造の可能性も高まっており、ビジネスや働き方は大きく変革していくのではないでしょうか。一方で、新たな技術の台頭により、「AI時代に求められる能力とは何か」という議論がにわかに熱を帯び始めています。では、AI時代にも活躍できる人材やAI時代に人間に求められる能力は何か。筆者は、その1つが「創造力」であると考えています。そこで、本連載では、「創造力」が必要とされる背景や具体的にどのような能力を指すのか解説するほか、習得するためのトレーニング方法、業務上気をつけるポイントなどを全3回にわたってお伝えしていきます。
第1回:AI時代の人材に求められる「創造力」の3つの要素
永井 翔吾
著者:

VISITS Technologies株式会社 エグゼクティブ・ディレクター 永井 翔吾

1986年生まれ、埼玉県出身。2012年大学院法務研究科を修了し、同年、司法試験と国家公務員総合職試験に合格。2013年経済産業省に入省。主に、知的財産政策や法律改正業務に携わる。その後、ボストン コンサルティング グループに入社し、大企業の新規事業立ち上げや営業戦略等のプロジェクトに従事。2016年、VISITS Technologies株式会社にジョインし、代表の松本氏からデザイン思考のメソッドを学ぶ。現在は、デザイン思考テスト事業の責任者。
VISITS Technologies株式会社

Chat GPTの衝撃

先般、米OpenAI社がリリースした「Chat GPT(チャットGPT)」が注目を浴びています。Chat GPTとは、ユーザーが入力した質問に対して、まるで人間のように自然な対話形式でAIが答える生成型AIのチャットサービスです。利用している方も多いと思いますが、実際に使ってみると、本当に驚くほど自然に文章を作成してきます。大袈裟ではなく、現在進行形で産業革命かそれ以上のことが起こり始めており、多くのビジネスや働き方、教育まで大変革していく時代の幕開けとなりました。

これまでも「AI時代に活躍する人材にはどのような能力が必要か」「AIと差別化できる人間の特徴は何か」などと議論はされていました。しかし、それはどこかまだ先の未来のための議論のような面が否めませんでした。ところが、Chat GPTの出現によりAIが幅広く人々の仕事や生活に浸透してきたことを多くの方が実感し、AI時代の議論は「まさに今起きていること」だと多くの方が気づき始めたのです。そのため、「AI時代に求められる能力とは何か」という議論がにわかに熱を帯び、今まさに直面している現実的な課題として扱われるようになってきました。

AI時代にも活躍できる人材やAI時代に人間に求められる能力に関しては、いろいろな議論がありますが、必ずその1つとしてあげられるのが「創造力」です。この点は異論の余地はないと思います。

そこで、本連載では、「創造力」とは具体的にどのような能力なのか、どのようにトレーニングをしたり、どのような点を日々の業務で気をつけたりすればいいのかを3回に分けてお伝えしていきます。AIとの対比やChat GPTを実際に使った画像も交えてお伝えしていきますので、ぜひ具体的なイメージをお持ちいただければ幸いです。

「創造力」に欠かせない3つの要素

創造力の定義については様々な見解がありますが、ここでお伝えする創造力は、「(誰かの課題を解決するという意味で)新しい価値を生み出す力」です。すなわち、アートなどとは異なり、ビジネスで有効な創造力という位置づけで話を進めさせていただきます。
そして、この創造力を分解すると、以下の3つの力が重要な要素だと考えられます。

(1)潜在的な課題やニーズを捉える力
(2)つなぎ合わせる力
(3)バイアスフリーに考える力


第1回目の今回は、1つ目の「潜在的な課題やニーズを捉える力」について、詳細を見ていきたいと思います。

潜在的な課題やニーズを捉える力

新しいものを生み出す上でもっとも重要なことが「何を課題やニーズとして捉えるか」ということです。設定した課題やニーズが良質でないと、どんなに解決方法を工夫して頑張ってもよい成果には結びつきません。素晴らしいサービスや商品には必ず素晴らしい課題設定があるのです。

このようなことを言うと「なんだ当たり前のことじゃないか」と思われると思います。しかし、データ化と合理的分析が主流の現在のビジネスでは、この課題設定で差別化することが極めて難しくなっているのです。なぜなら、多くの場合、どの企業も同じようなデータを同じように合理的に分析するため結論が似たようなものになってしまうのです。どの企業も同じような課題設定のもとでビジネスやサービスを構築し、レッドオーシャンに乗り込んでいくことになるのです。これでは、新しい価値を生み出すことはできません。

この点、デザイン思考では、上記のようなデータ分析をしたり合理的に導いたりといったことができる課題やニーズを「顕在化された課題やニーズ」といいます。誰もが「そのような課題やニーズはあるよね」と明らかに認識できるような課題やニーズのことです。そして、この顕在化された課題やニーズは解くべき対象とはしません。

では、どうするのか。

まだ誰も気付いていない、しかし一度その課題やニーズが解決されればみんなが喜ぶ「潜在的な課題やニーズ」をとらえようとするのです。(デザイン思考では「潜在的」という言い方をしますが、「本質的な」という言い方をする方もいます)。

言葉だけだとわかりづらいと思うので、一つの例を挙げて説明します。

人々の移動手段を馬車から自動車に変えたT型フォードはご存知だと思います。では、このT型フォードを発明したヘンリー・フォードが「(当時の人々に)どんな乗り物が欲しいか? と聞いたらもっと早い馬車がほしいと答えただろう。」と語ったことはご存知でしょうか。つまり、当時馬車しか知らない人々の顕在化していたニーズは「もっと早い馬車で移動したい」だったのです。そこへフォードは自動車を発明し、「これなら皆さんのニーズをもっと満たせるのではないですか?」と市場に投入したところ、人々が「あ、自分では気付けなかったし、言葉にできなかったけど、確かにこれが欲しかったやつだ!!」と自らの潜在的なニーズに気づき、あっという間に馬車から自動車に乗り換えたのです。これが人々の潜在ニーズと言われるものです。

このように、多くの人々がまだ声には出せない潜在的なニーズを捉えてサービスや事業を作ることができれば、それは新たな価値の創造になり、イノベーションにもつながっていくのです。

では、この「潜在的な課題やニーズ」はどのように見つけることができるのでしょうか。

その1つの方法がユーザーや顧客に深く共感し、この人たちが本当に困っていることや求めていることは何なのかということを考えるということです。明確になっていない情報を掴みにいくために、顕在化していなかったり漠然としていたりして、定量的な分析はできないような人の気持ちを、共感を通じて汲み取って考えていくのです。そのため、デザイン思考のような潜在的な課題やニーズを捉えようとする方法のことは、人間中心の思考法とも言われています。

AIは潜在的なニーズや課題を捉えることが苦手

上記のように整理すると、この「潜在的な課題やニーズ」を捉えることはAIには苦手であることが理解できるのではないでしょうか。AIが真に人間に共感し、そこから潜在的なニーズや課題を捉えることはできないからです。

実際に、GPT-4(現状Chat GPTで使える最新モデル)に「ビールに関する人々の潜在ニーズ」を聞いてみると以下のような回答が出てきます。いかがでしょうか。
第1回:AI時代の人材に求められる「創造力」の3つの要素
まず、ここまで詳細に回答できることに驚かれる方はいらっしゃると思います。私も本当に凄いと思います。しかし、残念ながらどれも「ま、そうだよね」というようなもので、一般的なものばかりではないでしょうか。

AIは、真に人に共感して人の感情に寄り添うことができないので、「飲み会で飲めないことを周りの人に知られて気を遣わせたくない」とか「女性の前ではカッコよくビールを一気飲みしたいけど、ビールの味が好きではない」のような「あ、確かにみんなあんまり言わないけど、それあるよね!!」というようなニーズを捉えることができないのです。

このように、新しい価値を生み出す起点という点、そして、AIには真似できないという点で、「潜在的な課題やニーズを捉える力」が創造力には重要な要素になるのです。

なお、AIは「課題設定ができない」とも言われています。そもそも、何を課題として捉えるのか、最初の問いは人間が設定する必要があり、AIが突然自主的に、課題やニーズを設定するということはないのです。このような観点を含めて、課題設定力はAIにはできない力だとも言われています。やや紛らわしいのですが、この場合の問いとは、上記のGPT-4の会話においては、GPT-4に「ビールに関する潜在的なニーズ」を問おうとした点のことを指します(GPT-4が答えた課題やニーズとは性質が異なります)。何をAIに聞くのか、何をAIに考えさせるのかという問いは人間が考える必要があるのです。

潜在的な課題やニーズを捉える力をトレーニングする方法

潜在的な課題やニーズを捉える力をトレーニングするには、3つの視点がありますので、順番に説明していきます。

(1)普段の業務の中でも「課題設定」にこだわりを持つ

これは、今すぐに誰でもできることです。普段何気なく仕事やミーティングをしている方も多いのではないでしょうか。また、基本的には受け身のスタンスで振られた仕事をやるだけのことも多いと思います。しかし、ここまで説明してきた通り、自ら課題やニーズを考えて設定できるようにならないとAI時代にはパフォーマンスを上げることはできません。

そこで、普段の自分の業務の中でも「今、何を課題設定すればより良い仕事ができるのか」「自分のチームや部署にとって何が本質的な課題なのか」「顧客が本当に困っていることは何か」を意識的に考え続けることが重要です。まずは、その課題設定が正しいかどうかはさておき、課題やニーズを常に考える癖をつけることから始めるといいでしょう。

その上で、自身が考えた課題やニーズを仮説的に同じ部署のメンバーや顧客に話して発信し、その反応を見て、自身が考えた課題やニーズの筋の良さを確かめていく、そうしたサイクルを回すことが重要です。

この課題設定は、全ての部署、全ての社会人にとって必要な力になりますので、社員皆さんに課題やニーズを考えさせる癖をつけさせるようにしていくべきです。この点、「そんなこと当たり前じゃないか」と思われる方も多いと思います。しかし、残念ながらその当たり前のことをできていない企業や職場が実際には沢山あるのです。したがって、この当たり前のことをちゃんと会社内で浸透させるということを意識することは極めて重要なことだと思います。

(2)デザイン思考を学ぶ

現在、デザイン思考は一部のクリエイターだけではなく、あらゆる職種にその必要性が認められて広がってきています。このデザイン思考の5つのステップは、「共感」→「問題定義」→「創造」→「プロトタイプ」→「テスト」という流れになります。最初の3つのステップである「人に共感して解くべき問題を定義する」プロセスに関して、デザイン思考では、ユーザーインタビューやユーザー観察など様々なメソッドが確立しています。このメソッドを学び、普段の業務に生かすことは非常に有益です。

なお、デザイン思考のメソッドも、ユーザーインタビュー等だけでなく、より普段の業務でも生かせるようなフレームワークで問題定義をするものも出てきており、色々な方法があります。自分たちの目的に合ったデザイン思考を学ぶことが重要です。

(3)潜在的な課題やニーズを捉える方法論を学ぶ

そもそも、なぜ「潜在的」な課題やニーズのでしょうか。なぜ人々は自分が欲しいものを「顕在化」できないのでしょうか。

その理由は、ユーザーが無意識にそんなことは満たすことができないニーズだから・・と諦めていたり、今見えている課題に固執したりして他の全く異なる軸での課題設定ができないからだと言われています。皆さんも「そんな課題や目的を設定しても無理だし」と最初から諦めてしまったり、感情的に設定した課題にこだわってしまった経験は何度もあると思います。

実は、こうした無意識の諦めや目に見えている課題への固執を乗り超えるための方法論は確立されつつあります。人の本源的欲求(ニーズとは異なるもの)を考えたり、トレードオフの課題やニーズにあえて着目したりする方法などです。紙幅の関係上ここでは詳細を説明することができませんが、こうした方法を構造的に整理してトレーニングしやすくしたものが拙著『創造力を民主化する-たった1つのフレームワークと3つの思考法-』(BOW BOOKS)になります。もちろんこの書籍でなくてもいいのですが、創造力を高めるためには本質的な課題やニーズを設定していくことが不可欠になりますので、こうした考え方を書籍やE-ラーニング、ワークショップ等で鍛えていくことが有効です。

連載の第1回目は以上となります。
次回は、創造力で重要な「つなぎ合わせる力」について説明していきます。次回も実際のChat GPTの回答内容も参照しながら解説していきます。非常に重要な要素になりますのでぜひチェックしてみてください。
※次回は6月5日公開予定です。

【参考】
「Chat GPT」の詳細に関してはこちらから

【関連リンク】
ビジネス経済書Online:『創造力を民主化する―たった1つのフレームワークと3つの思考法』永井 翔吾 著(中央経済社刊)
Amazon:『創造力を民主化する―たった1つのフレームワークと3つの思考法』永井 翔吾 著(中央経済社刊)

【企業HP】
VISITS Technologies株式会社
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