単にニュースやネットの記事を見ているだけでなく、海外でのカンファレンス(ATDなど)に参加していると、今後の「人材開発」がどのような進展を遂げようとしているか肌感覚で理解できます。今回は、昨今私が感じているそのような「人材開発」や「組織開発」の動向をまとめてみたいと思います。
「学び」と「人・組織」の再構築が始まっている

「BGAI」から「AGAI」の時代に突入

コロナ禍の時に100年に一度の変化と言われ、ビジネスや学びの形態が大きく変化しました。確かにオンライン教育は当然のメニューになり、コロナ禍が収束した後、対面教育が復活してきても、私たちの仕事の仕方にオンラインでの打ち合わせは日常となっていますし、オンラインでの教育や学び会も各所で活発に行われています。

更に2022年11月に生成AIが一般にサービスとして出現してからビジネス状況が一変したのに伴い、また100年に一度の変化と言われ始めています。

しかしながら私は、そんなレベルではなくビジネスも学び(人材開発・組織開発)も、人類史上最も大きな変化として捉える必要があるのでないかと考えているのです。

すなわち、「BGAI時代(Before Generative AI Era)」と「AGAI時代(After Generative AI Era)」という考え方です。
「学び」と「人・組織」の再構築が始まっている
生成A I出現という出来事の前後で、歴史上大変化が起こるということ、そして私たちはそのちょうど変曲点に立っていると考えていいと思っています。このことに気が付かず変化に対応できない人たち、変化に対応するのに苦労して何とかついていく人たち、変化をリードして変化を作り出す人たち、果たして自分がもしくは自分の会社や組織がどれになるのかで、私たちの今後は天と地ほどの差になると考えられるのではないでしょうか。

今年のATDカンファレンスで観察される事象から、このことを説明してみたいと思います。以前のATDカンファレンスでは、通訳者がセッション会場の後ろにブースを作り、約3名の通訳者が15から20分交代で同時通訳をしていました。この光景は昔から一昨年くらいまで、世界中のあらゆるカンファレンス会場でずっと続いていましたが、2023年からいきなり通訳者がいなくなったのです。
※今年のATDカンファレンスの概要については、前回の記事をご覧ください(アメリカ現地最新情報――ATD ICE2024のセッションから学ぶ「AI」と「人材開発」の関係性)。


プレゼンターの言葉をAIがリアルタイムに各国の言語に通訳するサービスが当たり前となって、参加者は通訳のヘッドセットを数万円も支払ってわざわざ通訳サービスを受けなくて良くなりました。その代わり、アプリのボタンをワンクリックすることで、どのセッションでも通訳を聞くことができるようになったのです。通訳者の仕事がカンファレンスから消えてしまいました。

さらに、学習コンテンツの開発現場で起こっている事象を説明しましょう。

従来は、学習コンテンツを開発した後、ローカライゼーション作業で各国の言語に翻訳するために高いコストをかけて翻訳会社に仕事を依頼していました。翻訳には、月単位の工数と多大なコストがかかっていましたが、新しいAIコンテンツ開発ツールには、学習コンテンツを開発するだけでなくその内容をマルチ言語に展開できるAI翻訳機能が元々備わっているのです。これによって、翻訳会社にコンテンツのローカライズを依頼する必要がなく、開発直後からすぐにマルチ言語でコンテンツを発信できるようになりました。コンテンツ開発における翻訳会社の仕事が激減していこうとしているのです。そのようなツールが今回のATDカンファレンスのブースでも散見されました。このようにAIによって人材開発における仕事にも大きな影響が及んでいることに気がつきます。

人材開発の動向変化については、ATDカンファレンスなどにおいてもJosh Bersin氏の発言やモデルが頻繁に引用されています。その一つとして学び方が大きく変化していることの指摘です。簡単にまとめると以下の図のようにBersin氏は説明しています。
「学び」と「人・組織」の再構築が始まっている
すなわち従来型の研修(全社員が一律の学習プランに沿って学ばせられるもの)から、役割別のスキル開発(個々の従業員が自分の役割の必要なスキルを自己学習するもの)へと変わってきました。しかし今は、「ケイパビリティアカデミー」と呼ばれる学び方が、組織全体の能力向上を目指した包括的な学習モデルとして提示されています。

ケイパビリティアカデミーでは、(1)継続的な学習文化の構築、(2)役割別のスキル開発、(3)多様な学習方法の組み合わせ、(4)データ駆動のアプローチ、(5)コミュニティの形成などが重要な要素として強調されています。このことによって、組織の競争力が増し加えられ、従業員満足やエンゲージメント向上のほか、世の中の大変化に迅速に対応できるようになり、組織の長期的な成長に不可欠であると述べられています。

そして、(1)から(5)までの全ての項目において、ラーニングテクノロジーやAIを活用することによる効果の高さが、ATD2024カンファレンスのi4cpのセッションにおいても調査データで示されました。

「AI」と「人材開発」における3つの動向

それでは、次にAIがどのように人材開発に応用できるのか。その動向を製品やサービスの機能も含めてみていきたいと思います。

(1)AIへの期待:世界のラーニングプロフェッショナルの期待


「学び」と「人・組織」の再構築が始まっている
ATD(Association for Talent Development)がUMU(ユームテクノロジージャパン株式会社)のスポンサーシップを得て2024年に実施した調査報告書「AI in Talent Development and Learning」(AIのタレント開発と学習における役割)によると、73%のラーニングプロフェッショナルががAIを活用したパーソナライズされた学習体験がタレント開発(TD)業界を大いに改善すると考えています。他の主要な分野とその支持率は以下の通りです。

・学習と組織パフォーマンスの測定:64%
・コンテンツのキュレーション:61%
・リアルタイムトレーニングサポート:61%
・自動言語翻訳:59%
・AIを組み込んだ仮想現実学習体験:55%
・将来の成果を予測するアナリティクス:48%

(2)学習の個別化(パーソナライズされた学習)

以下に、学習の個別化を支援するAI活用の学習アプローチとそのサービス例をリストアップしてみました。ATDのEXPOでも様々なツールが紹介されていましたが、これらはほんの一例に過ぎず数多のサービスが雨後の筍のように生まれてきています。大きく分けますと、学習状況を分析しながら学習経路(ラーニングパス)を推奨したり、リアルタイムのフィードバックを行ったりするプラットホームが、AIによりどんどん進化しています。また、コンテンツ開発ツールもAI機能を続々とサポートしてきています。動画制作や学習テキスト開発が圧倒的に楽になるだけでなく、創造性に溢れるコンテンツが開発可能になってきました。
「学び」と「人・組織」の再構築が始まっている
どれを選んでいいのか大変迷いますが、実は日本国内にもAIベースの個別学習支援のツールが誕生してきているので、動向を注意深く観察していくことが必要です。

(3)学習と組織パフォーマンスを測定する

例として挙げている製品やサービスが既に説明した個別化学習を支援するツールにもリストアップ可能なものが多くあります。すなわち、これは各種製品やサービスが複数の学習支援機能を搭載して高機能になっていることを示しています。ですので、単にこの項目での例として挙げていますが、他の機能も具備していることもあると理解しておいていただきたいです。
「学び」と「人・組織」の再構築が始まっている
これらもほんの一例で、数多くのツールやサービスが日々進化し追加されています。

「組織開発」と「リーダーシップ」の動向

最後に、「組織開発」や「リーダーシップ」に関連する動向もご紹介したいと思います。コロナ禍の時、リーダーはEQなど共感を示すことが重要な資質・特質として強調されてきました。それほど現代はストレスが多く、組織活動においても共感リーダーシップは現在でもその重要性は薄れていません。

さらに生成AIの影響がこのリーダーシップにも及んでいます。ATDや他の主要なレポートでも、組織のリーダーが取り組むべき課題として取り上げられています。もちろん、リーダー育成に生成AIを用いることの事例もありますが、更に重要なことは、リーダーがN番目のメンバーや自分のチームのサブファシリテータとしてAIを加えることです。それによって、これまでのチーム活動を超える創造性やパフォーマンス向上の可能性を大幅に広げることができるわけです。

マッキンゼーのレポートによれば、2023年は「マネージャの年」であり、2024年は更にその重要性が問われる年になります。マネージャはもはや監督ではなく、リーダー、メンター、そして変革の推進者となる必要があるとのことです。

更にマッキンゼーによれば、2024年のCEOの8つの優先事項のうちトップ1は、“ビジネスオペレーション全体で生成AIを活用し、そのアプリケーションを拡張する“というものです。その意味合いで、これまでのリーダー育成やマネージャ育成を見直す必要があると感じます。

人類史に特筆すべき大きな変革の時代の今、ビジネスの成功のみならず、それを支える人の成長は私たちの学びにかかっていると言っても過言ではありません。

“学びと人・組織の成長を再構築する。”

これこそが、私が感じている世界の大きなトレンドといえます。
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