※ATDとは、1944年に設立された非営利団体で、約100カ国以上の国々に約40,000人の会員(20,000を越える企業や組織の代表を含む)をもつ、訓練・人材開発・パフォーマンスに関する世界最大の会員制組織です。アメリカ・ヴァージニア州アレクサンドリアに本部を置き、人材開発・組織開発の分野での情報発信として、カンファレンス・セミナーの開催、書籍の出版、認定資格の認証など、幅広く実施しています。
「AI」は「人材開発」にどのように活用できるか
今年のATD ICE(International Conference & Exposition)は、2024年5月19〜22日の4日間開催されました。この大会の前には、プリカンファレンストレーニングとしてATD認定コースなどの研修コースも受けることができます。※ATD ICEとは、年に1回、アメリカで開催される人材開発・組織開発に関する世界最大規模の会議・展示会です。
私が10年以上前に受講したATD Master Trainerコースなどは人気の研修で講師・ファシリテータにとっては一番のおすすめコースです。
今年のATD ICEですが、全世界から9000人が参加しました。日本からは159人で昨年からは増えたものの一時期300人近い人たちが参加していた頃から比べるとまだまだ少ないという印象です。円安などの影響で渡航・宿泊も含めて参加費が高騰していることも原因かもしれませんが、今年と言わずこれからは大変化の時期なのでぜひ多くの人が直接参加することを心からお勧めしたいと思います。
今回のATD ICEは私だけでなく、多くの方が「生成AIの人材開発への応用について知りたくて参加したのではないか」と思うほど、さまざまな学習トラックの全般にわたってAIがキーワードとして散りばめられているように思いました。
一人では、全て興味あるセッションを見ることができませんでしたが、数少ない参加したセッションのうち重要と思うものをいくつか紹介したいと思います。
●セッション(1)
Emerging Corporate Learning Trends With the Development of Generative AI
Dongshuo Li, UMU
初日の5月19日の朝からDongshuo氏のセッションは満員でした。広大な会場の受付から一番端の場所、かつ3階というアクセスの悪い場所にも関わらず、立ち見も出るほどの人気セッションで人々の関心がいかに高いかを感じられました。このセッションの中では、AIの活用がどのように人材開発だけでなく、業務に役立てられるか、そのためのヒントが数多く示されました。
例えば、ギグワーカー向けに行われた調査では、AIとそのトレーニングを施したグループは、コントロールグループ(標準)に比べて活動日数が3倍ほどに伸び、かつ平均収入においては6倍の伸びが見られます(図1)。
ASKモデルとして【1】(Attitude:AIを受け入れ新技術を学び、探求する姿勢)、【2】(Skill:AIを最適化、評価、情報の統合を行うスキル)、【3】知識(Knowledge: AIの基本知識、プロンプト技術、LLMツール活用、活用事例の学びなど)の3つが大切と教えています。
さらに、AIリテラシーの5段階モデルとして、活用の5段階を提示しました(図2)。
●セッション2
Global Insights Panel – Mastering Lifelong Learning: Navigating a World of Technological Disruption and AI
Masashi Urayama UMU Technology Japan Inc. 他4名のパネルディスカッション
こちらは私が参加したAIやテクノロジーの人材開発への適応を議論するパネルです。各国の代表の方々と特にAIの活用について、さまざまな事例が提示されました。私がこの中で強調したことの2つをここでご紹介しようと思います。
1つは、ATDがUMUのスポンサー協力を得て、2022年と2024年にAIの活用について2つのレポートを発刊していることです(図3)。
※ご覧になられている読者様への特典として、UMUテクノロジージャパンに問い合わせいただくと、購入すると$499もかかるこちらのレポートの日本語版が、無料で入手できます(参考リンク)。
このレポートの中で、人材開発におけるAIの活用について一番期待するのが、個別化された学びの実現にAIを活用するということです。パネルではこのことを議論し、さまざまなアプリケーションが、この用途に開発されていることを共有することができました。
もう1つのトピックは、このパネルで議論されたテーマの一つである、「AIが組織内のインストラクターや学習ファシリテータの役割にどのような影響を与えると考えていますか?」という議論でした。
海外の事例だけでなく、日本でも先進的な実証実験やサービスが展開されていることを私は紹介しました。1つは、日本経済大学様で行われているAIのTA(ティーチングアシスタント)機能です。これは、AIが実際の講義の中で講師のサポートをダイナミックに行うという機能です。
講師は、自分が解説した内容が生徒にちゃんと理解されているかどうかの確認テストを作成してくれるようにAIのTAにその場で依頼します。そうするとバーチャルのアバターTAはスクリーン上から、即座にクイズを作成し学生に出題します。学生は、スマホなどで回答をその場で返し、それはリアルタイムで集計され講師に報告されます。
このように講師は授業の前に理解度テストを作成する必要がなく、講師の勤務時間を減らすことができるというコンセプトです。
日本経済大学は、このアバターによるTAだけでなく、裏で学生たちの回答データを集計したり、対話内容を分析する別のAIを駆動させて支援したり、学生一人ひとりに個別のコーチAIをつけて個人ごとの学習支援を行う仕組みを目指しています。
このように、対面教育においても大きな変革が期待できます。
もう1つの日本の事例は、新入社員や学生などに活用されている日々の学びの振り返りを支援するAIコーチサービスです。リフレクトと呼ばれるこの革新的なコーチAIは、例えば新人が研修中に学んだことや業務についたときの毎日の日報の振り返りを入力すると、その内容に対してAIがフィードバックをその場で返すという仕組みです。
人事や上司も忙しいため、フィードバックを様々な視点で丁寧に書くことは非常に骨の折れる仕事です。このAIの指導を組み入れることで、より広い視点での質の高い建設的なフィードバック、かつポジテイブなフィードバックが可能になるのです。しかも、その回答は経産省による社会人基礎力の12スキルのルーブリックに基づいて行われるため、論理的に非常に納得のいくものとして評価が高いことから、日本国内でもベストアワードを受けています。
世界の潮流をリサーチしてきて今そのトレンドも変わりつつあること、特にChatGPTなど日本側でAIを駆使した開発が簡単にできることから、日本でも米国に負けない人材開発支援のサービスやツールが生まれてくるということが大きな気づきになりました。
テクノロジー活用における「ハイパフォーマ企業」と「ローパフォーマ企業」の差
●セッション3
L&D Technology Key Findings from the Latest i4cp Research
Tom Stone Sr. Research Analyst Institute for Corporate Productivity (i4cp)
古くからATDと提携関係にあってi4cp社長のKevin Oakes は、ASTD時代にChairmanをしていたことがあります。その頃、私はASTD JAPANを立ち上げるから協力してくれと彼に支援を頼み、ASTD JAPANが立ち上がってからは私たちのアドバイザーに就任していただいた経緯があり、日本の組織にとっては大変お世話になった会社であります。i4cpは調査などが得意で様々なデータをもっているため、今回のセッションは開催前から注目していました。数多くのデータを提示して説明してくれた内容の中で、いくつか私が重要と考えたものをピックアップしてご説明しようと思います。
・学びの文化の評価項目
ATD2016でトニービンガムが学びの文化について基調講演でお話ししましたが、今回のトム・ストーン氏の発表では2016年に発刊されたATDリサーチレポートの内容からさらに進んで、昨今の組織における学びの文化はどう判断されるかという項目を提示してくれました。
調査データをよく見ると以下の6項目がリストアップされていることに気がつきます。
(1)組織全体で学びが重要な価値として掲げられているか
(2)全メンバーが積極的に知識吸収・共有を期待されているか
(3)全リーダーが他者に教え、学びの重要性を強調しているか
(4)採用及びパフォーマンス評価で学びが強調されているか
(5)組織が学びと開発活動の効果を測定しているか
(6)マネージャがチームメンバーの成長と移動に対して報酬を受けているか
しかしながら、(3)と(6)に至ってはアンケートの回答が低い状況が見てとれ、当然学びの文化醸成に高いはずのリーダーの関与が、各社苦戦していることが示唆されています。
2016年のATDのリサーチレポートでは、リーダーの役割が強調されていたにも関わらず実際はあまりできていないということでしょうか。
したがって、差別化された学びの組織を作り上げるのに、学びに対するリーダーの影響力を引き上げることはとても重要な課題と私は認識いたしました。
・ラーニングテクノロジーの活用と予算について
興味深いデータが並ぶ中で、私の目に留まったのが人材開発についてのラーニングテクノロジー活用の分野についてです。
特にハイパフォーマの会社がローパフォーマの会社に比べ、以下の4項目に何倍ものテクノロジー活用をしていることは驚きの事実でした。
・学習文化の醸成に3.5倍
・従業員エンゲージメント、体験に2.5倍
・個人の行動変容のために17倍!!!
・従業員の生産性に1.5倍
まさにテクノロジー活用がハイパフォーマンス企業への必須条件となるのでしょうか。
人材開発に関わるテクノロジー関連の予算を今後1年間どの分野に使う予定かという質問に対して、
(1)Virtual Class Room 18%
(2)Collaborative Learning 18%
と、この2つがトップ2なのですが、実はハイパフォーマンス企業は、ローパフォーマンス企業の3.5倍も(2)のCollaborative Learningに投資しようとしていることが分かりました。
すなわちJosh Bersin氏が今後の学びのトレンドは、Capability Academyという概念でありその中で重視されるのが学び合うコーホートラーニング(仲間と共に学ぶ)ということと符号していると感じました。
自己学習、自律的に個人が学ぶというトレンドを超えて、チームやコミュニティで学び合うことがハイパフォーマ組織へのキーアクションということがデータで確認できたことになりました。
この調査は、昨年に取られたデータのためAIへの投資などがあまり高くありませんでしたが、トム・ストーン氏の言葉を借りれば、今同じ調査を実施するとAI投資はトップ3に入るのではという見解でした。これは、今年行われているいろいろなAI投資の調査データを見ていても納得できる内容です。
以上、少ないセッションの解説でしたがこれだけでもAIやテクノロジー導入に関する気づきが広がったのではないかと思います。
セッションだけでなく、その他の様々な情報から今後のトレンドを掴むことが大切になると思います。
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