※「日本式ジョブ型雇用」の運用で人事がおさえるべき3つのポイントとは(第1回)
「リスキリング」の定義や「アップスキリング」の違いとは
経済産業省では、「リスキリング」を企業・組織のビジネスモデルや事業戦略転換に伴い、従業員が“新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること”と定義している。最近では、デジタル化により必要となる新しい職務や、仕事の進め方が大幅に変わる職務につくためのスキル習得を指すことが多い。リスキリングという言葉が注目されたきっかけは、2020年のダボス会議で「リスキリング革命(Reskilling Revolution)」が発表されたことによる。同会議では第4次産業革命によって数年で8500万件の仕事が消失、その一方で9700万件の新たな仕事が生まれるとされている。「リスキリング革命」ではこの技術変化に対応した新たなスキルを獲得するために、“2030年までに10億人により良い教育・スキル・仕事を提供する”と宣言。これがイニシアチブとなり、各国政府と民間企業が資金や教育プログラムの提供を実施することになった。
また、リスキリングと共によく聞く言葉として、「アップスキリング」がある。アップスキリングは、既に保持しているスキルを強化するという意味で、リスキリングと異なる。例えば、人事担当者が、人的資本開示に係る検討が必要となる場合、ISO 30414の知見を学ぶことがアップスキリングといえる。一方で、全社的な DX戦略が推進され、人事担当者が今まで未経験の業務分析やそのためのデータベース構築・BIツール導入/運用を学ぶことは、リスキリングに該当する。
「リスキリング」に関する日本政府の取り組み
岸田首相は、2022年10月3日の衆院本会議所信表明演説にて、持続的な成長のため科学技術・イノベーションやスタートアップ、脱炭素、デジタル化に重点を置くことを提言した。「賃上げ」と「労働移動の円滑化」、「人への投資」という3つの課題の一体的改革を進めることを強調し、政府はリスキリングへの支援として、企業へ5年間で1兆円を投じることを発表している。以前より、「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」や「教育訓練給付制度」をはじめとして、日本のこれからの時代に必要な新しいスキル獲得が国から支援されており、それらに加えさらに支援が強まってきたのだ。「令和4年度補正予算・令和5年度当初予算案のポイント(※)」によると、挑戦を後押しする基盤の整備として、リスキリングを通じたキャリアアップ推進事業に753億円の補正予算が組まれている。個人が民間の専門家に相談し、リスキリングから転職までを一気通貫で支援する仕組みが整備されようとしている。※経済産業省:経済産業省関係 令和4年度補正予算・令和5年度当初予算のポイント
企業の「リスキリング」はあるべき人材像の定義と定量化から始まる
企業におけるリスキリングは、経営・事業戦略に基づき、それを達成するために必要な人材像の定義から始まる(図1)。人材像の定義は、経営層・リーダーによる対話や高業績者の分析を通して、その人材に必要な要素(価値観・知識・スキル・経験等)を明確にすることが求められる。さまざまなステークホルダーが思い描く人物像を抽出し、まとめていくことはタフな作業となるが、この過程無しには、いくらリスキリングの育成施策を考えても失敗に終わる。経営理念やビジョンを基に全従業員共通で保持するべき価値観や、事業別・職務/等級別に必要となる知識・スキル・経験を分けて考えていくことも一案だ。図1:「あるべき人材像」から始めるリスキリング
また、店舗型ビジネスを営む小売企業が、顧客データを活用した付加価値ある顧客サービスを事業戦略として実現していこうとする場合。そのために、この企業は全従業員向けに、データに基づく思考と提案型サービスのスキルを定義し、現状のスキルレベル可視化、目標期日までの獲得を、タレントマネジメントシステムを活用して推進している。従業員が毎日確認する社内掲示板に、事業戦略とリスキリングの取り組みの情報を掲載することで、意識付けを行い、組織文化変革と共に、リスキリングの取り組みを後押ししている。
販売現場においても、これまでITを利用せずに業務遂行してきた店舗勤務者が、顧客データ収集と接客への活用のために、SFA(営業支援)/CRM(顧客管理)などのシステム利用が必要となった。そのため、業務を見直すと共に、マインドセットを変える説明会や必要なスキル獲得の研修開催、実務を通した育成に取り組んでいる。これらのリスキリングの取り組みについては事業責任者と人事部門が経営層に対して、週次で進捗と課題を報告し、迅速な課題解決を実行している。
「リスキリング」の成功に向けたポイントは、データドリブンによる計画・進捗管理
これらの企業事例のように、事業転換に即して、中長期的にどのような知識・スキルを持つ人材が必要となるかを定量的に明らかにし、現行人員とのギャップを質・量共に計画的に埋めることがリスキリングを進めるうえで肝要となる。現場の育成担当者とリスキリング対象者が、半期・年間で定量化された知識・スキルレベルを記録・更新すること、実務を通した育成状況と課題を日々記録することで、経営層・事業責任者・人事部はそれらのデータを活用し、効率的で本質的な課題解決を図ることが可能となる(図2)。図2:データドリブンによるリスキリング計画・進捗管理と課題解決
これらの実現には、タレントマネジメントシステムやBIツールを導入・運用することが効率的であるが、優先順位や予算の制約、運用リスクでシステム活用できない場合は、スプレッドシートや文書作成ソフトを活用して、まずはデータで記録し、共有することから始めることを推奨する。
「リスキリング」の計画を効果的に進める考え方とは
もちろん、「リスキリング」は研修だけで達成することはできない。リスキリング計画は、人材育成の70:20:10の法則を意識して立案すると効果的である。米国のリーダーシップ研究機関であるロミンガー社が、さまざまな経営者を対象に、リーダーとしての成長に役に立つ要素を調査した結果、実務経験が70%、他者からの薫陶(フィードバック)が20%、研修が10%となり、その法則が人材育成に活用されている。さまざまな経験を効果的に自己成長に活かすためには、薫陶や研修と共に可能な限り実務経験を積み、常に自身で内省(リフレクション)することが近道だ。それにより新たなスキルを獲得し、あるべき人材像として主体的な成長が期待できる。DX関連のリスキリングを推進する場合、業務分析・標準化やデータ分析ツールをはじめとした座学はオンラインで自己研修として学び、集合研修では課題を基に解決策立案のグループワークや、RPA・データ分析ツールを実機演習することが知見定着化に繋がる。その知見を活かして、日常業務を改善し成果を出し、日々振り返ることがリスキリング成功のためには重要となる。
従業員視点から「リスキリング」をどう捉えるべきか
これまで企業視点でリスキリングを述べてきたが、従業員視点で考えることも必要だ。「会社でデジタル変革が求められるので、リスキリングとしてDX研修に参加している。私の業務は今まで同様問題ないので変える必要はないし、DXの知識が聞ければよい」という従業員の残念な声を聞いたことがある。
企業がどれだけ事業変革に伴うリスキリングのきっかけを与えても、従業員のマインドセットや実務を通じたスキル向上、上司・同僚のフィードバックがなければ、リスキリングによる目標達成は難しい(図3)。目的と必要性を共通認識として持ち、実務での成果に繋がってこそ、リスキリングの目的は達成される。従業員本人も実務で成果創出することを肝に銘じて取り組むべきであり、上司・同僚・人事部は、目指すべき状態と現状、スキル向上変遷や研修受講履歴、実務における日々のフィードバック履歴、育成成功者や失敗のノウハウを記録したデータを都度確認しながら、目標達成のための課題解決に向け、最大限支援することが重要だ。
図3:従業員視点のリスキリング
おわりに
今回は、リスキリングを事業戦略に応じたあるべき人材像の定義からはじめること、そして実務経験と内省を通じて新たなスキルを獲得することの重要性を述べた。第3回では、社員の潜在的な特性をデータで把握し、職務と人の適性を定量的に測ることで、成果を最大化することについて述べていく。- 1