個人事業で行う副業なら社会保険に変更なし
副業・兼業を行う従業員が気にかける事柄のひとつに、「仕事が2つになると、現在会社で加入している厚生年金や健康保険はどうなるのか」ということがある。そのため、人事労務部門の担当者は、そうした従業員から副業・兼業中の社会保険について質問を受けることもあるだろう。そのとき、何と説明をすればよいだろうか。副業中の社会保険について従業員に適切な回答をするには、はじめに当該の従業員が「どのような立場で副業・兼業を行うのか」を確認する必要がある。副業・兼業のやり方により、社会保険上の取り扱いが異なるためである。
一般的に、副業などは以下のいずれかの形態で行われる。
(2)他社と雇用契約を結び、従業員として勤務する
(3)会社を立ち上げ、代表者に就任して経営を行う
従業員の副業・兼業の形態が上記(1)の「個人事業者・フリーランサーとして働く」に該当する場合、公的な年金制度・医療保険制度の加入に変更は生じない。現在、自社で加入している厚生年金と健康保険に、引き続き同条件で加入し続けることになる。
副業などを個人事業者・フリーランサーとして行う従業員の中には、「個人事業なのだから、国民年金や国民健康保険の加入手続きもするのだろうか?」との疑問を持つ人もいるかもしれない。しかしながら、社会保険に関する取り扱いが従前と変わることはないため、誤って「市役所で国民年金の加入手続きもするように」などと説明をしないように気を付けたい。
自社と副業先の両方で社会保険に加入しなければならないケースも
次に、上記(2)の「他社と雇用契約を結び、従業員として勤務する」に該当する場合である。自社で正規従業員として勤務しながら、同時に他社でパート・アルバイトとして勤務するようなケースがこれにあたる。(2)の場合は、(1)の「個人事業者・フリーランサーとして働く」に該当するケースとは、事情が大きく異なる。他社での勤務状況が社会保険の加入要件を満たすのであれば、他社でも厚生年金と健康保険に加入しなければならないためである。つまり、自社と他社との2ヵ所で同時に社会保険加入が求められるのだ。「本業で厚生年金と健康保険に入っていれば、副業では入る必要がない」といった取り扱いは存在しないため、間違えないようにしたい。
また、上記(3)の「会社を立ち上げ、代表者に就任して経営を行う」に該当する場合には、自身が立ち上げた会社でも厚生年金と健康保険に加入することが原則となる。従って、(2)の「他社と雇用契約を結び、従業員として勤務する」に該当する場合と同様、同時に2社で社会保険に加入しなければならなくなる。
社会保険では、同時に複数の会社で厚生年金・健康保険に加入する勤務形態を「二以上事業所勤務」という。また、「二以上事業所勤務」を行う加入者を「二以上事業所勤務者」と呼ぶ。従業員が副業・兼業を行うことによって「二以上事業所勤務者」に該当した場合には、特別な手続きが必要になるため、当該の従業員に適切な指導をすることが不可欠となる。
従業員自身による提出が義務付けられる『所属選択・二以上事業所勤務届』
副業・兼業などにより、他社でも社会保険に加入することになる場合、当該の従業員が行うべき事項は2つある。1つ目は、副業・兼業先の人事労務担当者に、「現在、別の会社で社会保険に加入中である」との旨を明確に伝えることである。これは、会社が「二以上事業所勤務者」を雇用する際に、日本年金機構の年金事務所または事務センターに提出する厚生年金・健康保険の『資格取得届』にその旨を記載することがルールとして定められているためである。従業員が行うべき2つ目の事項は、自身で「二以上事業所勤務者」に関する届け出を行うことである。「二以上事業所勤務者」に該当した場合には、厚生年金・健康保険の『所属選択・二以上事業所勤務届』という書類を当該の従業員自身が作成し、自ら日本年金機構の年金事務所または事務センターに提出することが義務付けられている。
この届け出では、就業する2社のうちの一方を社会保険上の「主たる会社」に指定することが求められる。その結果、「主たる会社」を管轄する年金事務所が当該従業員に関する業務を担当することとなり、また当該従業員は「主たる会社」の加入する健康保険を利用することになるのである。どちらの会社を社会保険上のメインと定めるかは、従業員の自由意志で決定でき、副業先を「主たる会社」に選択しても何ら問題はない。
厚生年金・健康保険の加入者に関する届け出は、ほとんどの場合、会社側に提出義務が課されている。ところが、『所属選択・二以上事業所勤務届』は従業員に提出が義務付けられている、非常に珍しい書類である。副業・兼業を行う従業員が手続きを誤らないよう、人事労務部門の担当者には適切な指導を行っていただきたい。
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