日本の「ジョブ型雇用」の現状と今後の行方
まず「ジョブ型雇用」から話を始めましょう。かつての「会社」という一つの運命共同体にフィットした「メンバーシップ型」では、専門性について欧米に見劣りすることになり、労働流動性を奪われて「人」が企業にぶら下がらざるを得ませんでした。そんな状況から、近年、仕事(ジョブ)に社員が紐づいたジョブ型が、急速に拡がりつつあります。
現状ではまだ、ジョブ型雇用は完全にメンバーシップ型に置き換わるまでにはならないでしょう。そもそも「ジョブ型」と「メンバーシップ型」が同じ会社の中で共存することは退職金・企業年金など難しい面も多く、また若い人ほどジョブ型への移行を望む傾向が出てくることも想像され、時間の推移と共に、徐々に「置換わる」のではないでしょうか。機能や効率性に厳しい外資系企業が、基本的にジョブ型オンリーであることを見ても、メンバーシップ型という閉鎖型の日本株式会社にだけ有効な制度の命運はそんなに長くはないのかもしれません。
ジョブ型雇用の浸透によって、採用という業務自体が、会社の中で集中的に一つの部門(HR部門)で行われるよりも、採用のスピード感や、より現場のニーズに即した採用がベターであることから、いずれは実務に近いビジネスラインで行われるウエイトが高くなっていく可能性もあります。
このように、ジョブ型雇用の浸透は、現在のHR部門の位置づけを大きく変質させる可能性があるのです。
HRに関しては、もちろん「人財育成」や「ウェルビーイング」、そして「人事制度」に関して責任を持って統括することに変わりはありません。ただ、マイルドな言い方をすると、HRに関する経営や事業ライン側のHRに関する関与の度合いが徐々に大きくなるのだと思います。
場合によっては、これまで人事部門が重視してきた「全社的な整合性」を崩しても、経営の要請によって人事が行われたり、人事制度が変わったりすることもありえます。
これからHRはどのように変わっていくのか
次に、筆者がHRの新時代に対して、今回宣言する「HR3.0」がこれまでとどう違い、これまでどう変遷してきたかを以下のように定義したいと思います。筆者作成
そして、今回定義しようと考える「HR3.0」は、人的資本の可視化、ジョブ型雇用の浸透を引き金として、いよいよ新たな地殻変動、すなわち「経営支援と、従業員の成長支援、従業員のウェルビーイングの支援」という目的へのパラダイム変換によってもたらされるHR制度のことなのです。
「3.0」と言えば、現在のビジネスシーンを動かしているIT、インターネットの世界で、「Web3(3.0)」の地殻変動が起こっていて、単なる情報の受発信(Web1.0)、双方向・ソーシャル(Web2.0)から、より進化したWeb3(Web3.0)に入ったと言われています。
Web3の内容としては、ブロックチェーン、仮想通貨、メタバース、NFT(非代替性トークン)、DAO(分散型自律組織)など、一般の方には今一つ馴染みの乏しいものが中心です。その共通した底流には、中央集権的な「管理」から、「インターネットのユーザーすべてに自律的能力とコントロールする権利を付与する世界」=「インターネットの民主化」に変わるということがあります。
インターネットという最先端のテクノロジーと、雇用、HRと言った長い歴史を同列に語ることに違和感を覚える方もおられるかもしれません。現在は「人生100年時代」の認識の下でのVUCA時代であり、旧態依然とした日本株式会社が、平成の「失われた30年」の時代を経て変化を余儀なくされています。HRについても、HR部門の専管事項から、「HR体制の社内民主化」のようなことになる可能性がありますし、従業員の働き方についても、ウェルビーイングと言われるように、様々な意味で「働くことの民主化」の時代が来るのではないでしょうか。
一つのHR部門という強大な権限があって、過去の経緯を尊重しながら、『今後のHRはどのように変えていったら良いのか?』とHRの論理に基づき、HR部門自身が考え、HR部門が『主語として』改革していく。今後は、そんな時代から、下記のように大きく変わっていかなければいけないのだと思います。
(1)HRは経営と一体となって制度変更や経営を行っていく時代
起業したときに人事(HR)は創業者自身が行うのが当たり前であり、会社が成長するためのHRを実践するように、会社の経営そのもの、戦略の策定・実行のために、人を採用し、育成していくように、経営が「主語」になって主体的にHRを進める。
(2)「働くことの民主化」の時代
企業の中で実際に働く「人(従業員)」が生き生きと職場で輝き、やりがいを感じながら、人生100年時代の長い勤労期間を過ごしていく。会社と従業員がパートナーの関係で、会社の成長と従業員の幸せ(ウェルビーイング)を達成していく。
「HR3.0」が示すHRの目的や役割とは
では、「HR3.0」がどういうものか基本構造を示してみたいと思います。筆者作成
(1)HR制度やHR部門というものについて、はっきり、そもそもの目的である経営・従業員という対象にフォーカスして、HRの目的、役割を「経営支援と従業員の成長とウェルビーイング支援」としたこと
(2)HR担当組織についても、肥大化を排し、採用や評価、育成といった左記目的を遂行していくだけのシンプルな形になるということ
そして、そうした変化が人的資本開示の義務化とジョブ型雇用の浸透によってもたらされることも、この表で明確に示しています。従業員が、人件費という「コスト」の認識から、次の成長をもたらしてくれる「資源(人的資本)」に位置づけが大きく変わるのです。
それゆえ、「HR3.0」では、ジョブ型雇用の浸透、専門性の重視によって、従業員の社内外の流動性は高くなりますし、「HR3.0」以前のように人事異動も定期での一斉異動といったものも基本的に無くなる、あるいは小規模のものになるでしょう。
人事評価についても、専門職が多くなるのですから、全社一律の体系というこれまでの仕組みでは無理が出てきます。全社の整合性や過去との整合性を重視することから、ジョブに対する達成度合い、すなわち経営戦略、事業ラインでのニーズに即したシンプルな基準への変更になります。
そして、人財育成は「1on1ミーティング」や「コーチング」、「キャリア」など業績向上に貢献できる専門能力向上の色彩が強くなっていきます。
いかがでしょうか。
別に新しいことを言っているわけではないのですが、それぞれの観点に通底する、「経営支援と従業員の成長とウェルビーイング支援」という考えをご理解いただけますと幸いです。
もしこの「HR3.0」という今回の定義に賛同いただき、さらには、こうした考えを一つのムーブメントとして日本企業を変える契機にしたいという筆者の思いを共有いただける方がいらっしゃれば、是非言及、拡散をしていただければと思います。
人的資本開示の義務化やジョブ型雇用の拡大は、会社のあり方、会社と従業員の関係を大きく変えるチャンスだと思っています。賛同していただける仲間が増えていくことを願っています。
次回からは、「HR3.0」を視野に入れ、今後のHRのあるべき姿を少し大胆に述べてみたいと思います。
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