「人的資本」の本質に根ざした経営変革の実践を
一橋大学 CFO教育研究センター長 伊藤邦雄氏
本日、私から皆様へお伝えしたいのは、「かつて機能したメンバーシップ型雇用の意図せざる限界の直視」、「“価値”を基軸にした人的資本経営」、「“Efficient”思考から“Effective”思考へ、一律一斉思考との決別」、「人的資本投資の本格展開と可視化」、「3P・5Fモデルの実践」、「経営戦略と人材戦略の同期化を目指したスキルの可視化と戦略的リスキリング」、「社員個々人の市場価値を高める施策」、「対話を重視した企業文化の再構築」、「選び・選ばれる関係づくり」、「健康経営とWell-being経営」、「秩序(管理)重視の人事から、人的資本の潜在力を全機現する人事への変革」といった内容です。日本企業の従業員エンゲージメントは米国ギャラップ社の調査によると、世界139カ国中132位となっています。これはなぜでしょうか? 私はこれを不思議な現象ではなく、必然的な結果であると強く考えるようになりました。こうしたことからパンドラの箱を開ける想いで、『人材版伊藤レポート』、『人材版伊藤レポート2.0』を公表するに至ったわけであります。
人材は管理の対象となる「人的資源」ではなく、「人的資本」です。資源とみなせば、管理する誘惑と必要性に駆られますし、人材への支出はコスト(費用)として処理したくなるでしょう。人的資本は適切な環境を整備・提供すると、価値の創造・増殖が起こりますし、放置すれば縮んでしまう、つまり伸び縮みするものなのです。
では人的資本の本質とは一体何か。私はそれを「能動(自働)的価値創造(伸縮)性」という言葉で整理しています。知的資本は価値を自ら高めることはできません。知的資本は使う人によって、使い方によって、その価値が決まります。つまり無形資産の中でも人的資本は非常にユニークなものです。
人的資本の本質はさらに7つの性質に分けられます。1つは、自発的価値創造性。人的資本は自らの意思で自主的に自らの価値を高めようと努力します。そのため社員個々人の主体的意志を尊重する風土づくりと施策が重要です。2つ目は、共感価値創造性。会社の理念やパーパスに共感すると、より力を発揮し、価値を高めようとします。そのため会社のパーパスと社員個人のパーパスを近づける活動や仕組みが必要です。3つ目は、互助価値創造性。これは互いに学び合い・教え合うことで価値を高めようとするもので、社員の独学のみに頼るのではなく、社員同士が互いに学び合い・教え合う「自利利他」の環境づくりをすることで、集団的リスキリング(Collective Reskilling)を実現します。
4つ目は、誘引価値創造性。人は適切なインセンティブを提示されることで、自分の価値を高めようとします。そのため“Pay for Job”、“Pay for Performance”に基づいたインセンティブ設計が必要です。5つ目は、貢献価値創造性。社会に役立ちたい、社会に貢献したいという気持ちが、自らの価値を高めようという行動につながります。まずは自社、自部署、そして自分の仕事が社会課題の解決に繋がっていることを確認する対話を心掛けましょう。6つ目は、戦略価値創造性。自らの能力や専門性が経営戦略と同期化すると、自分の価値が高まりますし、戦略の価値自体も高まります。そのため自分が所属する部門の事業戦略のみならず、会社全体の経営戦略に対する理解力を高めるための「勉強会」を、人事部門も入って全社の様々な拠点で展開するように奨励しましょう。7つ目は、称賛・承認価値創造性。人は称賛されるとやる気を増し、見てもらっていることでやる気を持続させます。よって「称賛」の文化を根付かせるための「対話」や社内SNSを使った「称賛メッセージ」の交換システムを導入することをオススメします。私からは以上となります。
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