人的資本経営と従業員エンゲージメント
学習院大学 経済学部経営学科教授/一橋大学名誉教授 守島基博氏
最初に結論から申し上げますと、私は従業員エンゲージメントを高める、もしくは従業員エクスペリエンスを向上させることが、人的資本経営において最も重要なキーファクターになるのではないかと考えています。昨今日本においても、人的資本経営に対する関心が非常に高まってきました。その理由は、企業変革・事業創造・イノベーションなど人しかできない創造的活動が企業価値向上の根幹にかかわるようになってきたからです。また、少子高齢化や働く人の多様化等により、人材の確保が難しくなってきたことも挙げられるでしょう。人的資本経営に関する議論を聞いていると、人事戦略や人材投資の在り方と、その成果の情報公開について語られることが多いですが、株主が一番知りたがっているのは、企業が行う人事施策の内容や人材投資額ではありません。株主が最も重要視しているのは、適切な人材が経営戦略の中に位置づけられ、その実現に貢献する仕事をしているか、経営戦略実現に向けて活用されているか、端的に言えば人材の価値が最大限発揮されているか、ということだと思います。
しかし日本では、実際に生き生きと働いている人は多くないのが実状です。昨今では働く人のエンゲージメントが低いという調査が増えてきましたが、特に日本人の平均は他国と比べ大幅に低く、2017年に米ギャラップ社が世界各国の企業を対象に実施した従業員エンゲージメント調査でも、日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%しかないことが判明しました。さらに興味深いのは、昨年日経新聞に掲載された働きがいスコアのデータなのですが、日本は2016年からずっと下がり続けており、世界と比べて非常に見劣りしています。
低いエンゲージメントは、人材をフルに活用できていないことの証でもあります。これは活用すべき人を活用していない、つまり大きな人材のロスと言ってもいいでしょう。人的資本経営の名のもと、働く人たちの価値が最大限に活用されることが求められている中、現実的には働く人たちの生き生き感が失われている日本の実状は、まさにイエローカードが出されていると言っても過言ではないと思います。
したがって、今人事には、人的資本経営のもとで人材の価値を最大発揮してもらい、働く人のエンゲージメントを高めることが求められています。特に、変化の先端にいる自律型人材の戦力化が必要不可欠です。そしてそのためには、個を尊重した人事が欠かせません。これは別の言い方をすると、「多様な個の尊重」と言えるでしょう。個を尊重した人事とは、個の能力やキャリア、キャリアプラン、個別ニーズなどを尊重し、適所適材を行うことで、一人ひとりの力を最大限に活かすことを目指す人事のことです。それはいわば、個のエンパワーメント、別の言い方をすれば、「全員戦力化」を目指すことだと思います。
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