今回は上司と部下とのコミュニケーションについて,特に「うるさ型」の部下を想定して考えてみたい。
ウェルカム・トラブルという姿勢を貫く
その昔,映画評論家の淀川長治氏がこう言っていた。「私のモットーは『ウェルカム・トラブル』です。トラブルさん,はい,いらっしゃい。誰だってトラブルはいやですけど,人生はいつもそれを避けて通るわけにはいきません。だったら腹をすえて,トラブルを歓迎してやるんです。気持ちがぐっと前向きになりますよ,はい」
淀川氏らしいユーモラスな表現だったが,なかなか含蓄に富んだ教えだと感心した覚えがある。部下とのトラブルに遭遇したときなどに求められるのはこの姿勢である。例えば次のような場合を想定してみよう。

①自分だけ仕事が多すぎるとグチをこぼす
②自分の評価が不当に低いと不満をもらす
③業務運営システムに問題があると指摘する
④上司への批判めいたことを公然と口にする
⑤他の部門へ異動させてほしいと願い出る

部下を持つ身であれば,こういうことは日常茶飯に起こるだろう。トラブルのうちにも入らないくらいだが,多くの上司は心の中で舌打ちをする。それが顔に表れ,部下にも雰囲気が伝わったりする。
“この人は部下と正面から話そうとする気持ちがないようだ”そう思われたとしたら,その時点でコミュニケーションに支障が生じる。
 「ウェルカム・トラブル」と肝に銘じておけというのは,単なる精神論ではない。トラブルめいたことが起これば必ず正面を向いて立ち,剣道でいう正眼の構えで相対する。それを習慣にしようということだ。

将来頭角を現すのは 尖った部下である

例として掲げたケースに即して考えてみよう。

 ①と②は,どこの職場にもいる「ぶつぶつ屋」や「くたびれ屋」が口にする典型的な不満である。たいていは個人的な思い込みや甘えにすぎない。しかし,頭ごなしに怒鳴ったり無視したりするのは禁物だ。傾聴したうえで,上司としての見解をきちんと説明しなければならない。
 特に評価に関して部下から異議申し立てがあったときは,こちらの考えを伝えるよい機会だと思って,粘り強く当たるのが基本である。会社によっては評価を「ブラックボックス」扱いにしているところもあるが,感心しない。“やはり後ろ暗いところがあるのか”と邪推されるのがオチだからだ。
 評価はどれほど公正を期しても,必ず被評価者から不満が寄せられるものである。大切なのは,きちんと理論武装して説明責任を果たし,部下に“不満は残るけれどあの熱意には納得せざるをえない”と思わせることだ。いわば腕まくりをして議論する迫力のようなものを部下に見せることが肝心なのである。「逃げない上司」とはそういう姿を指す。

 ③業務運営システムに問題があると指摘する部下。何ごとであれ現状に問題があると指摘されるのは,上司にとって嬉しいことではない。この手の部下は煙たい存在だろう。口先だけの社内評論家もいるわけだが,しかし将来,大化けするかもしれない有望な部下もここに含まれている。尖った部下より従順な部下のほうが扱いやすいが,頭角を現す確率が高いのは尖った部下のほうだ。であれば,上司は煙たい部下をこそ歓迎しなければならない。「現状に異議あり」と訴えてくる部下の中に,少数とはいえ,磨けば宝石の輝きを放つ人材がひそんでいるのだから。

 ④上司への批判めいたことを公然と口にする部下,⑤他の部門へ異動させてほしいと願い出る部下。まさに「かわいくない部下」の最たるものだが,前向きに考えれば,これも今後のよき糧とすることができる。
 トラブルのような形で出てきたものでも,現状認識と問題発見に役立つものはすべてウェルカムの精神で受け止める度量が上司にはほしい。批判めいたことを言われるというのは,そこに対話の糸口があるということだ。自分に対する批判が図星であれば「改めるに憚ることなかれ」でいけばよし,誤解が混じっていればそれをきちんと説明すればよし。どちらにしても,今より悪くなる要素は何もない。

 他の部門への異動を求めるのは,これも尖った人材によく見られる傾向だ。現在の不満と将来の志望を語らせてみれば,相手の思考のレベルがはっきり分かる。かつて筆者の部下にもこのタイプが多かった。自分が考えているキャリアプランを明快に語る者もいれば,単なる不満分子もいた。前者には,支援できるところは支援してやり,後者には考えの甘さを指摘してやればよい。

問題を見つけてきたら 解決策も考えさせる

このような視点に立ってみれば,部下が不平や不満を言ってくることはコミュニケーションの機会を提供しているようなものだ,ということが理解できるだろう。「ウェルカム・トラブル」の気持ちで待ちかまえていればよいのである。
 どんなにうまくいっているように見えても,職場には必ず「問題」がひそんでいる。
 問題意識を育てることが部下育成の重要なテーマのひとつであることを考えれば,いつも問題を見つけては上司に進言してくる部下をうるさがってはいけない。問題が見えるということは,それだけで有能さの証なのだから。続いて,どうせなら問題を発見するだけでなく,解決策も自分で考えてみるように助言する。あるいは一緒に考える。
 そうした意識が乏しい部下ばかりであれば,ふだんの業務連絡や報告などの場面で,問題発見型の話法を教えるのも効果がある。「異状ありません」「問題ありません」という報告は原則としてさせない。「今のやり方だと将来こういう問題が発生するかもしれない」「こう変えたらもっとうまくいくと思う」という指摘を添えるように指導するのだ。
 そのためにも,部下からの「異議申し立て」にはすべてウェルカムの姿勢を貫く必要がある。上司は鬼がいいか仏がいいかといったタイプ論を語る前に,こうした基本的なポリシーを身につけることが先決である。
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