マネジャークラスに聞けば,半数以上は知っているのではないか。正確には「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」。孫子の兵法の代名詞のようになった言葉である。一般に,敵を知ることと己を知ることと,どちらが困難だろうか。「敵」と答える人が多いのではと想像するが,私の実感からいうと「己」のほうである。
自社の足下を知らず外部に情報を求める滑稽
30年前の古いエピソードから。私が就職した某経営教育団体では,かつて『マネジメント』という月刊誌を刊行していた。上司から勉強のために読むよう指示されて,新人の私は毎月すべてのページに目を通していた。無料で雑誌が読めることと,それによって経営の勉強ができることが素直に嬉しかった。しかし,部署の先輩たちとイッパイやった折にそのことを話すと,みな“フッ”と苦笑いをする。「競合誌に比べると面白くないな」「以前より部数が落ちてきている」などと,否定的な言葉を口にする。いつもそんな感じなので,ある日「どういう記事が面白くないのですか?」と尋ねてみた。すると,「全体的に面白くないんだよ」「編集方針に問題がある」等,抽象的にけなすだけで,誰からも具体的な返事がない。首をかしげながら,新人には理解できないレベルのことかと考えるようにした。後に分かったのだが,その雑誌の編集部と私が所属していた部署とは,折り合いが悪かったのだ。そのため誰もきちんと雑誌を読んでいなかったのだ。“あいつらはロクな雑誌を出さない”“わざわざ読むに値しない”という思い込みが強く,今さら虚心に読んでみる気など起きなかったようだ。
こういうことは,多かれ少なかれ,どこの会社でも見られることだと,後に私は知るようになった。例えば先日も,「本田さん,○○というテーマで書ける人,どなたか知りませんか?」と出版社の友人から聞かれた。「貴社の別の部門で,先月××という本を書いた人はどうなんですか?」と答えると,相手は絶句した。私はその出版社から送られてくるメールマガジンを読んで知っていたのだが,友人はご存じなかったのだ。
同じ会社にいても他部署のことはよく知らない,といった現象は珍しくも何ともない。会社の規模が大きくなればなるほど,「隣は何をする人ぞ」の現象が見られるようになる。社内のすぐそこに貴重な情報があるのに,汗をかきながら社外で一生懸命に探している。そんなことがよくある。