「話が成立している」からと言って「話を理解している」とは限らない
障がい者社員と関わる中で、日常会話や雑談をしているときにはコミュニケーションが成り立っているように思えても、一緒に仕事をしていると、「説明したにもかかわらず話が伝わっていない」、「話したことを理解していない」と感じることがあるかもしれません。このようなことが何回か起こる場合には、こちらの伝えた内容を、障がい者社員が正しい意味で受け取っているのか確認することが大切です。また、障がい者社員が、他の人の言動を見ながら学ぶことが苦手な特性を持つ場合には、一般的には社会常識として捉えられていることであっても、その意味や手順をしっかり「教える」ことをしないと、障がい者社員にとっては「聞いたことがなかった」「知らなかった」という状況が起こることもあります。
例えば、就職率が100%のような特別支援学校卒業の学生が、就職して初めての夏を迎える時に、こんなことが起こりました。その新入社員が就職した会社では、夏の間に数日間、それぞれの従業員が夏季休暇を取得する制度でした。しかしその新入社員は、企業の夏休みは支援学校の夏休みと同じくらいの期間だと思っていたようで、数日間の夏季休暇の取得のお知らせを受けた時に休みの少なさに驚き、退職することを決めてしまったのです。
その考えや行動に驚いた企業の担当者の方から、連絡を受けました。退職した理由は、夏季休暇以外のこともあったのかもしれませんが、担当者の方がとにかく驚いていたことがとても印象に残っています。
障がい者社員として採用される方の中には、高学歴であったり、資格やスキルをたくさん持っていたり、一見するとコミュニケーションに問題がないように感じさせる方も多くいます。それでも、「ちょっと話が伝わっていないかも……」と感じることがあるならば、「他のことができているので、これもわかるよね」と安直に判断するのではなく、お互いの基本的な認識について早めに確認し、対処することが大切です。
「コミュニケーションの苦手さ」のパターンと対応方法
それでは、コミュニケーションの齟齬が生じやすいケースとその対処法について、いくつか見ていきましょう。●ケース1:言葉のニュアンスや曖昧な表現が読み取れず、文字通り受け取ってしまう
解決策:できるだけ具体的な表現を心がける
コミュニケーションがうまくいかない原因の一つとして、障がい者社員が、曖昧な表現やニュアンス、意図を理解するのが苦手な特性を持っていることがあります。このような特性を持つ方は、想像することが苦手なため、説明や指示をする際はできるだけ具体的な表現を使うようにします。「適度に」「あと少し」「ちょっと多めに」「だいたいこれくらい」などの表現は、それを話す人によって感覚が違うこともあり、当事者は極端な対応をしてしまいがちです。
具体的には、誰でも同じ内容に受け取られる内容を提示するようにするとよいでしょう。例えば、数字をいれて「100部印刷してください」、「30分以内にこの仕事を完了させてください」、「17時までに報告してください」などと明確に伝えると、当事者も正しく理解できます。また、一度にいくつもの指示を出すと当事者が混乱しやすくなるので、一つの作業が完了してから次の指示をするようにしたり、順番や優先順位を示したりするとよいでしょう。
なお、ニュアンスや意図を理解することが難しいために、社交辞令や冗談を文字通りに受け取ってしまうなど、遠回しな言い方やあいまいな表現で話された内容を理解しにくいことがあることも意識しておいてください。
●ケース2:伝達方法によって、情報を受け取りにくいことがある
解決方法:複数の方法で提示する
私たちは、聴覚(聞く)、視覚(見る、読む)などを使って情報を受け取ることがほとんどです。しかし、障がい者の中には、「聞くことや読むこと、話すことといった特定の情報伝達手段が極端に苦手」という特性を持つ人もいます。このような場合には、苦手な方法以外の情報交換の手段が必要です。
例えば、聞くことが苦手な障がいを持つ人であればメモに書いて伝える、反対に話すのが苦手であれば書いて回答してもらう、文字を読むのが苦手であれば、口頭で説明するか、写真や図を用いて伝える……といったように、当事者の特性にあわせてコミュニケーションの手段を考えましょう。もし、聞くことによる情報認識が難しい人に、難易度の高い指示を口頭で行ったり、資料のない会議に参加させたりしても、正しく理解することはできないでしょう。
「業務ができていない原因が、情報がうまく伝わっていないことである」という場合もあります。特定の社員が「仕事ができない」と認識されている場合、仕事の進め方自体が間違っているのか、それとも情報がうまく伝わっていないために誤った行動を取ってしまっているのかは、大きな違いです。何が理由で、その仕事や業務ができていないのかを確認してみてください。
●ケース3:社内外の見えない関係性を理解するのが難しい
解決方法:その場に応じた人間関係などを教えていく
職場では、上司や部下、または取引先と、組織内外問わずさまざまな人と関わる場面があり、対応する相手と場面にふさわしい言葉遣いや態度が求められます。上司に対して、「◯◯部長」と呼ぶときもあれば、取引先の前で名字のみを呼び捨てにするときもあるでしょう。
このような、状況や場面によって求められる変化、目に見えない関係性などは、相手の立場で考えることが難しい特性を持つ人にとって理解しづらいものであり、TPOにあった適切な言動ができないことがあります。このような場合、適切な振る舞いやマナーを教えることも必要です。NGな言動について、なぜ不適切なのかを理解できていないようであれば、理由も伝えていきましょう。
このような特性を持つ障がい者に対し、「年齢相応の社会性が身についていない」と思うこともあるかもしれませんが、周囲を観察して学んでいくことや、その場の状況や雰囲気を読み取ることが苦手な障がいがある場合、場の違和感自体に気づかないことがあります。これらを理解した上で、根気強く伝えていくことが大切です。
●ケース4:状況に合わせて、臨機応変に対応することが難しい
解決方法:1日のスケジュールや業務内容のパターンを決めておく
コミュニケーションが難しいと、業務に取りかかるまで時間がかかってしまいがちです。そうならないためには、ある程度、障がい者社員の仕事の流れをパターン化およびスケジュール化しておくとよいでしょう。あわせて段取りや報告のタイミング、質問をする相手なども決めておくと、お互いに安心して業務にあたることができます。
意思疎通が困難な障がい者が職場にいる場合、どのような接し方や対応ができるのかについて考えてきました。従来のやり方で伝わらない場合には、表現を明確化したり、伝達手段を変えたりすることで、伝わりやすくなる可能性があります。
また、障がいの特性上、「教えてもらわないと気づかない」という人もいます。「このくらいは、集団生活の中で自然と習得することだ」とか「言われなくとも周囲を見ながら学んで欲しい」などと感じるかもしれませんが、それに気づかないことが「コミュニケーションの苦手さ」でもあります。他の見え方や感じ方、捉え方をする特性がある人がいるということを認識したうえで、マネジメントにあたってみてください。
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