「形式知」の意味と「暗黙知」との違い
「形式知」とは、文章や図表などで表された知識のことを指す。論理的に示されており、客観的に捉えられることが特徴だ。明確に共有できる知識として、「明示的知識」とも呼ばれる。企業内では従業員マニュアル、業務フローといった形で生かされているものが「形式知」である。「形式知」の対義語である「暗黙知」、また「集合知」や「実践知」の特徴は次のとおりだ。
●「暗黙知」とは
個人の経験や勘に基づいた知識のこと。個人が感覚的に保有しているものであり、簡単に言語や数値、図表などで表せないため、共有することが困難である。具体例は後述する。●「集合知」とは
多くの関連した知識が蓄積され、体系的に集められた価値のある情報を「集合知」という。ある目的のために多くの人の知恵を集めて活用することを指す。「多くの人が集まれば、その中には目的に関する知識を持っている人もいる」という意味と間違われがちなので注意したい。●「実践知」とは
実践の場で状況を見て的確な判断をする能力のことである。経験によって得られる知識のため、マニュアル等で表現しづらい点が「形式知」との違いである。「形式知」の具体例とメリット
「形式知」と「暗黙知」の意味を確認したところで、両者の具体例や、「暗黙知」を「形式知」に変換するメリットについて見ていこう。●「形式知」と暗黙知の具体例
「形式知」の具体例「業務フロー」、「操作マニュアル」、「料理レシピ」などを指す。自動車の運転を例にあげると、「アクセルを踏めば自動車が動き、ブレーキを踏めば止まる」、「ハンドルを切れば進行方向へ動く」といった、誰でも意味を理解できる基本的な操作方法が「形式知」である。
「暗黙知」の具体例
「職人の技術」、「勘」、「人の顔の見分け方」などを指す。自動車の運転においては、「人通りが多い道ではゆっくり進む」、「信号が変わるタイミングを察知する」といった、個人の経験によって得た感覚は「暗黙知」にあたる。
●「暗黙知」を「形式知」に変換するメリット
「暗黙知」を「形式知」に変換することで、特定の人以外は業務の進め方がわからないという「属人化」の防止が期待できる。担当者の不在時でも別の人が対応できるため、業務がストップする事態を防ぐことができる。また、誰にでも分かる形で知識を伝えることで、部下の育成や指導が容易になるというメリットがある。熟練した従業員が新人に付いて、一つずつ仕事を教えるという手間や「見て覚える」という時間がかかる育成手法を減らすことも可能だ。
また、該当業務に慣れている人の優れた手法が共有できることから、業務の効率化や従業員全体のスキルの底上げも可能となる。業務における知見を形式化すれば、企業内の知識資産として継承することができ、持続的な企業価値の向上にもつながる。
「暗黙知」を「形式知」に変換する「ナレッジマネジメント」とは
企業内では、限られた人のみが知識を持っていることによって、「業務の属人化」という問題が生じる恐れがある。また、優れた技術や知識が継承される仕組みがなければ、人材育成やスキルアップを効率的に行うことができない。そこで重要なのが、「暗黙知」を「形式知」に変換し、知識や技術を共有、さらに発展させる「ナレッジマネジメント」だ。「ナレッジマネジメント」とは、経営学者の野中郁次郎氏が提唱した経営手法である。どのようなものか、詳しく解説する。
●「ナレッジマネジメント」の4つの手法
「ナレッジマネジメント」は、以下の4つの手法で行われる。(1)SECI(セキ)モデルのフレームワークを実施する
(2)場(ba)をデザインする
(3)知識資産の継承を仕組化する
(4)ナレッジ・リーダーシップによる知識ビジョンの策定
一つずつ見ていこう。
(1)「SECI(セキ)モデル」のフレームワークを実施する
「ナレッジマネジメント」のフレームワークとして、以下の4つのプロセスから成り立つ「SECI(セキ)モデル」がある。まずはこれらを実施することが重要だ。【共同化(Socialization)】
「共同化」では、共同体験を通じて「暗黙知」を伝える。具体的には、ベテラン社員の仕事を見せる、営業の現場に同行させるといった手段が有効である。
【表出化(Externalization)】
「表出化」とは、「暗黙知」を文章や図などで他人に伝えるプロセスである。「暗黙知」の形式知化はこの部分に当たる。具体的には、業務マニュアル、フローの作成のことである。
【結合化(Combination)】
「結合化」とは、表出化で明確になった知識と別の知識を組み合わせ、新しい知識を生み出すことである。具体的には、新しい業務効率化の方法を生み出すことなどがあげられる。このプロセスで生まれた知識は「形式知」である。
【内面化(Internalization)】
結合化で生まれた知識を各自が実践し、「暗黙知」へ変化させるのが「内面化」である。マニュアルを見ながら業務を行い、最終的には何も見なくても行えるようにし、個人の経験からくる感覚と結び付けて「暗黙知」を創り出す。そして、再び新たな「形式知」の構築へとつなげる。
なお、「SECI(セキ)モデル」の4つのフレームワークは一度行うだけで終わるものではない。繰り返し、新たな知識を積み重ねることで、従業員全体のレベルが向上し、企業の「見えない資産」として蓄積されるのである。
(2)「場(ba)」をデザインする
個人が持つ「暗黙知」を「形式知」に変換するためには、「場(ba)」の準備も必要である。この場合の「場」は、皆が実際に集まれる場所に限らず、インターネット上の空間でも問題ない。SECI(セキ)モデルのフレームワークごとに以下のような場がある。・共同化の場
休憩室や飲み会、食事会のように、気軽な交流ができる場所のことである。会話を通じて知識の共有化が行われる。
・表出化の場
会議のように、目的を持って参加する場が表出化の場として利用される。ブレインストーミング等を通じ、参加者が意見を出し合うことで、各自の持つ「暗黙知」を明確にする。
・結合化の場
ナレッジ共有ツール等を活用し、各自の持つ知識を組み合わせて「形式知」とする。
・内面化の場
業務の場で「形式知」を繰り返し活用することで、「形式知」を「暗黙知」に変換する。
(3)知識資産の継承を仕組化する
共有化された知識は企業の「知識資産」となる。この資産をどう継承するかを企業や組織全体で仕組化しておく必要がある。(4)ナレッジ・リーダーシップによる知識ビジョンの策定
「ナレッジマネジメント」の浸透のためには、形式知化した知識をどう活用するかを策定しておくことが有効である。そのためには、ナレッジ・リーダーを置き、組織が進む方向や知識をどのように活用するのかをマネジメントできるようにすると効果的だ。ナレッジマネジメント(形式知化)の具体的な方法
「ナレッジマネジメント」の概要を理解したところで、具体的な方法やツールを紹介する。●ナレッジマネジメントの方法
・マニュアルをデジタルデータ化する業務マニュアルを紙で残しているという企業も多いのではないだろうか。ただ、知識が蓄積されるにつれて、マニュアルが多くなり、必要な時に欲しい情報にたどり着けない、といった懸念も生じてくる。
紙での保管ではなく、デジタルデータでの保管であれば、蓄積や検索が容易になるというメリットがあるため、ぜひ早い時期に検討したい。
・社内検索システムや社内SNSなどを導入する
蓄積した知識は使わないと意味がない。社内検索システムや社内SNSを導入し、効率的に利用できる仕組みを整え、積極的な活用を促す必要がある。気軽なコミュニケーションを促進する「共同化の場」として機能させることもできるだろう。
・動画や音声を活用して情報共有する
音声や動画では、視覚的情報を伝えられることや、微妙なニュアンスを表現しやすいことから、文章よりも個人の感覚を的確に伝えられる場合も多い。共有する知識や情報の種類に合わせて、より効率的な表現方法を考えるといいだろう。
●「ナレッジマネジメントツール」について
「ナレッジマネジメント」に利用できるツールは、以下のようなものがある。・ヘルプデスク型
「よく質問される項目」をデータベース化し、いつでも検索できるツール。
・業務プロセス型
形式知化された知識のうち、特に満足度の高い回答を共有できるツール。
・ベストプラクティス型
他の従業員の模範となる優秀な人材の行動や考え(コンピテンシー)を形式知化し、共有できるツール。
・経営資産・戦略策定型
これまでの成功事例から組織内のナレッジを分析し、経営戦略の策定や意思決定に活かすツール。
これらのナレッジマネジメントツールを活用すれば、社内のデータ統合や分析が容易となり、形式知化による業務効率化やスキルアップを効率的に行うことができる。企業の状況や目的に適したツールを選択したい。
「形式知」とは、文章や図表で客観的に示された知識のことであり、マニュアルとして共有することで企業全体の業務効率化やスキルの底上げが可能となる。4つの手法からなる「ナレッジマネジメント」で、個人の経験や感覚に基づく「暗黙知」を形式知化すれば、企業特有の知識資産となる。変化の激しい時代において、知識資産を活用し、継承していくことは、企業価値向上の重要なカギとなるだろう。
- 1