グーグルが語る「日本リスキリングコンソーシアム発足」の目的
最初の登壇者は、日本リスキリングコンソーシアムの主幹事であるグーグル合同会社日本法人代表の奥山真司氏。日本リスキリングコンソーシアム設立に至るまでの背景と経緯、設立に向けた思い、取り組みの概要が説明された。グーグル合同会社 日本法人代表 奥山 真司氏
奥山氏:労働人口の減少、都市部と地方および大企業と中小企業の間にあるデジタル技術の格差、労働生産性の格差など、日本の経済がコロナ禍から立ち上がるためには、クリアしなければならないいくつかの中長期的課題があります。一方で日本は「世界デジタル競争力ランキング」において54ヵ国中28位にとどまり、とりわけ人材分野の国際経験やデジタルスキルの不足が指摘されることが少なくありません。これは裏を返せば「個人がスキルを高め、新しい知識を身につけ、自らの価値を高めれば、日本にはまだまだ成長の余地がある」ということです。
政府は「デジタル田園都市国家構想」の実現を目指し、「2026年までに230万人のデジタル推進人材を育成する」という目標を掲げています。私どもグーグルはこれまでも「Grow with Google」 というデジタルスキルトレーニングプログラムを提供するなど、多くの人々のデジタルスキルの向上に貢献できるよう努めてきました。
しかし、日本全国のあらゆる人々がその機会を得るためには、グーグルだけでなく政府や多くのパートナーとの協力が必要不可欠です。日本リスキリングコンソーシアムは、そのような思いから設立されました。グーグルが発起人となり、総務省や経済産業省、地方自治体、民間企業など49のパートナーが官民連携で取り組む包括的なプロジェクトであり、2026年までに50万人をイノベーション人材として育成することを目指しています。
リスキリングとは、新しい職業に就く、もしくは今の職業の中で仕事の幅を広げ、新しい職務内容にチャレンジするために自身のスキルをアップデートすることです。日本でのデジタル人材育成を加速させる大きな枠組みを官民一体となって構築し、それによって地域や年齢、性別に関わらず、あらゆる人々が学び続け、ビジネスや組織にイノベーションをもたらす人材になるための支援をしていきたいと考えております。
グーグル合同会社 バイスプレジデント アジア太平洋・日本地区マーケティング 岩村 水樹氏
岩村氏:日本リスキリングコンソーシアムは、日本のイノベーション人材の育成を目指し、総務省および経済産業省、リスキリングとジョブマッチングの知見を有するパートナーが一体となって取り組むプロジェクトです。私はこれまでグーグルで「Grow with Google」や「Womenwill」といったスキルトレーニングのためのプロジェクトを立ち上げてきました。その経験を通じて強く感じたのは、新しいスキルを得るための学び直し、すなわちリスキリングへの意識が年々高まっているということです。そして同時に、リスキリングに対するニーズも多様化してきています。
現在、リスキリングに関するニーズは、大きく3つ。
(1)幅広いプログラム、高度なプログラムを受講したい、(2)身につけたスキルをキャリアアップにつなげたい、(3)数多くのリスキリングプログラムから、自分に合ったものを見つけたい。この3つに分けることができます。日本リスキリングコンソーシアムではこうしたニーズに応え、包括的なサポートを提供することで、日本のリスキリングを実践的かつ実効性のあるものとし、社会にインパクトをもたらすことを目指します。
まず(1)に関しては、初級から上級まで様々なレベルの200以上のトレーニングプログラムを用意し、マーケティングやデータ分析、AIやクラウド、組織の多様性や働き方改革、デジタル技術を活用した学校教育など、受講者が目的別に選べるプログラムを16のリスキリングパートナーと協力して構築していきます。
(2)に関しては、8つの人材サービス企業がジョブマッチングパートナーとして参加し、就職や転職など企業とのマッチングを幅広く行います。そして(3)に関しましては、本日開設された日本リスキリングコンソーシアムのウェブサイトにてプログラムを一覧表示し、自分に合ったものを容易に見つけられる機会を提供します。
リスキリングについては、「多様なニーズに応えること」に加え、もうひとつ大切なことがあります。それは、リスキリングをすべての人のためのものにするということ。つまり「リスキリングの裾野を広げる」ということです。日本リスキリングコンソーシアムには、28の多様な団体が、協力・後援パートナーとして参画しており、それぞれがコンソーシアムの周知と活用の後押しをしていきます。16のリスキリングパートナー、8つのジョブマッチングパートナー、そして28の協力・後援パートナー。今後もパートナーの拡大とトレーニングプログラムの拡充を進めながら、2026年までに50万人のイノベーション人材を育成したいと考えております。
人材とスキルへの投資は、未来への投資です。一人ひとりのスキルアップがキャリアアップにつながり、それが結果的に日本のパワーアップにもつながります。日本の未来を担うすべての人々が、リスキリングを通じてその可能性を最大限に発揮し、輝くことができるように。そんな社会を目指し、日本リスキリングコンソーシアムは一丸となってプロジェクトに取り組んでまいります。
総務省、経済産業省も連携しながら、官民一体となって「デジタル人材」を育成する
グーグル奥山氏、岩村氏の登壇後、総務省大臣官房総括審議官の竹村 晃一氏、経済産業省商務情報政策局IT戦略担当審議官の藤田清太郎氏より、コンソーシアムの発足を祝したスピーチが行われた。総務省 大臣官房総括審議官 竹村 晃一氏
竹村氏:総務省では「地方の繁栄なくして国の繁栄なし」という考えのもと、地方からいち早くデジタルを実装し、誰ひとり取り残すことのない社会をつくっていくため、岸田内閣の最重要課題である「デジタル田園都市国家構想」の実現に向けて取り組んでいます。日本リスキリングコンソーシアムは、デジタルスキルを中心としたトレーニングの提供を大きな目的としています。官民連携をさらに進め、デジタルの力ですべての人々が便利で豊かな生活を送れる社会の実現を目指していきたいと考えております。
藤田氏:岸田政権の進める「デジタル田園都市国家構想」において、デジタルは今後の日本の経済成長を生み出すためのエンジンであり、様々な社会問題を解決するためのカギであると考えられています。経済産業省でも企業のDX化を支援するために様々な施策を推進しておりますが、日本リスキリングコンソーシアムの取り組みによってデジタル人材がさらに増加することを期待しています。高い相乗効果が生み出せるよう、しっかり連携するとともに、後押ししていきたいと考えております。
日本マイクロソフトやビジョナル、経団連、リクルートワークスが語る今後の「リスキリング」の展望
各パートナーからは、日本マイクロソフト株式会社執行役員常務でパブリックセクター事業本部長の佐藤 亮太氏、ビジョナル株式会社代表取締役社長の南壮一郎氏、一般社団法人日本経済団体連合会産業技術本部長の小川尚子氏、リクルートワークス研究所主任研究員の大嶋寧子氏の4名が登壇。それぞれの立場から日本リスキリングコンソーシアムの取り組みについて説明を行った。日本マイクロソフト株式会社 執行役員 常務 パブリックセクター事業本部長 佐藤 亮太氏
佐藤氏:コロナ禍をきっかけに、多くの方が様々な局面でDXの必要性を感じたことと思います。ある調査によれば、80%の企業がデジタル技術の普及によって「大きな影響を受ける」、50%の企業が現在の競争力を維持できるのは「5年後まで」という認識を持っているとのことです。これに対して、日本のDXを支えるIT人材は約70%がベンダー側企業に属し、残りの30%がユーザー側企業に属しています。欧米の先進国では、この比率がおおよそ逆転した結果となるはずです。
このデータが示唆するポイントは2つあります。1つは分母の小ささ。これについては繰り返しになりますので、ここでは省略しますが、分母を上げていく必要性は多くの方が感じていらっしゃるでしょう。もう1つはユーザー側企業におけるIT人材の少なさが、社会全体のDX化の障壁になっているのではないかということ。つまり、組織の実態、業務・実務の実態を間近で感じているユーザー側の人間が、DXのシステムやプロジェクトになかなか関われていない、その比率が少なすぎるということです。この現状では、たとえペーパーレス化など目先のデジタル化は進められても、本質的な意味でのDXは進みにくいのではないか。そう考えることは容易いと思います。
多くのリサーチから、現代において習得したデジタルスキルは、約5年で劣化してしまうという結果が出ています。こういった事実からも、デジタル人材の育成が重要であることは明らかですが、それと同時に組織や企業が「学び続ける」という姿勢を持ち続けることが重要であることも分かっていただけると思います。それを踏まえたコンテンツの提供・拡充。これについては、多くの企業がコロナ禍以降、積極的に取り組んできました。一例としまして、私たちマイクロソフトも2年前、グローバルで2500万人の方々に学んでいただくプログラムを開始し、現在では4500万人の方々に様々なプログラムを学んでいただいております。しかし世界の現状を見れば、まだまだ十分とは言えません。
これから必要になってくるのは、「学び手の目線」ではないでしょうか。デジタル、ハイブリッド、仮想空間などが交錯する社会の中で、自分の都合に合わせて正しいコンテンツに出合えるか。リスキリングにおいて重要なのは「学びたいときに学べる」、「学びたい方向性に合わせて選べる」、「学びへの容易なアクセス」の3つです。コンソーシアムが一丸となって官民の壁を越え、リスキリングの裾野を広げるために力を合わせたいと考えております。ぜひご期待ください。
南氏:私がビズリーチを創業して、今年で13年目になります。今日は、ジョブマッチングの市場に従事する者として日々感じていることをお話しさせてください。
「働き方改革」という言葉に加え、近年は「人生100年時代」という言葉がジョブマッチングの世界で大きな意味を持つようになりました。私が23年前に社会人になった頃は「60歳まで働けば、あとは国がケアしてくれる」と言われ、私もそれが当たり前のことと認識して社会人生活をスタートさせました。人生100年時代という言葉は、言うまでもなく「我々日本人の多くが100歳まで生きる時代」という意味です。100歳まで生きるとして、人はどんな働き方をすればいいのか。それが我が国の働き方が直面している大きな課題になっていると思います。65歳なのか、70歳なのか。はたまた75歳なのか、80歳なのか。人間の労働寿命が伸びる限り、働く時間もどんどん伸び続けます。
その一方で、この10年、20年の情報技術の発達により、ビジネスモデルの賞味期限がどんどん短くなっています。デジタルをうまく活用できている企業とそうでない企業の格差が広がっていると、多くの方が実感されているはずです。ビジネスモデルの賞味期限が短くなれば、企業の賞味期限も短くなります。労働寿命が伸びているのに、ビジネスモデルの賞味期限が短くなっている。これこそが、我が国においてリスキリングが必要とされるもっとも大きな理由ではないでしょうか。ジョブマッチングの現場で起こっていることをコンソーシアムに戻すことによって、より効率的なマッチングが進むよう貢献したい。私たちはそう思っております。
学び続けることは、変わり続けることです。時代、社会、経済は、大きくスピーディに変化しています。働く方々が、その変化に合ったスキルを学ぶことで、自身も変化させていく。その機会を我々コンソーシアムが提供し、支えていきたいと考えております。リスキリングを経験した皆さんのスキルや知識を見て、企業が「こんな優秀な人材が、一体どこにいたんだ? え、ビズリーチ!」。そう言ってもらえるように、コンソーシアムでの取り組みにも力を入れていくつもりです。以上、ジョブマッチング分野のパートナー企業を代表してお話しさせていただきました。明るい日本の未来を、変わり続ける日本の未来を、実現していきましょう。
小川氏:今般のコロナ禍で、現代の資本主義社会はアップデートが求められています。企業をはじめ、各々のプレーヤーが環境問題など様々な社会課題へのアプローチを強化しており、株式市場主義のように特定のステークホルダーの利益を追求するような風潮は、なりを潜めつつあります。
こうした中、マルチステークホルダーの要請を包摂しながら、多様な価値をともに生み出すべく、2020年に経団連は「。新成長戦略」(まる・しんせいちょうせんりゃく)と題した戦略を公表し、サステナブルな資本主義の確立を打ち出しました。具体的にはSDGsの達成年度とされる2030年度に向け、DXを通じた新たな成長、働き方の変革、地方創生、国際経済秩序の再構築、グリーン成長の実現を掲げております。これらを達成するためには、何よりもまず新たな時代に対応できる人材の育成や人材の流動化が欠かせません。リスキリングなどを通じて、これまでの画一的な教育、働き方を脱却し、多様なバックグラウンドを持つ人材がそれぞれの望む場所で活躍できるような環境を整備することが重要となります。
人材を育成する上で新たな時代の教育に不可欠な4つのキーワードは、「パーソナライズ」、「シームレス」、「ダイバーシティ」、「クリエイティビティ」です。個人の興味や習熟度に応じて学びが最適化されること、学びがいつでも提供されること、多様な価値観に基づいて、多様な選択肢から学びを選べること、好奇心をくすぐる観察や探究により、価値を競争する学習経験が得られること。これらを通じて初めて自ら関心を広げ、自発的に学び、多様な方向に成長し続けるための自立的な学びを実現することができます。
日本リスキリングコンソーシアムの発足は、まさに時宜を得た取り組みだと感じております。地域、年齢、性別などに関わらず、様々な人に対してデジタルスキルを中心としたトレーニングを提供することで、新たな時代に即した学び方、働き方を強力に後押しできるのではないでしょうか。経団連といたしましても、経済界の力を結集してサポートさせていただくつもりです。日本リスキリングコンソーシアムの発足が、我が国における学び直しを飛躍的に加速させるきっかけになることを期待しております。
大嶋氏:リスキリングに関しては、3つの大事なポイントがあると考えています。1つは、リスキリングとはまったく新しい仕事のやり方、あるいは新しい仕事に移行するためのスキルの習得であるということ。誰にとっても変化が辛いもの、負担の重いものであるならば、そこにリスキリングの難しさがあります。そして、デジタルの活用で多くの人の働き方が変わっていく現代においては、リスキリングはすべての人に共通する問題です。ですから、少しでも多くの人が短期間でこの変化に適応できるようにしなければならない、という問題もあります。だからこそリスキリングは一義的には企業の責任であり、官民連携で社会的に行うものだと海外では議論される傾向にあるようです。
日本のリスキリングは、現在どのような状況なのでしょうか。私たちの調査では、2020年から2021年にかけて、国や自治体、企業、非営利団体などがリスキリングの取り組みを始めています。それぞれのステークホルダーが、今まさに始めようとアクセルを踏み出したところです。一方で、日本では残念ながら、個人でリスキリングに取り組んでいる人はまだまだ少数です。また、企業にDXに取り組めない理由を聞くと、多くの企業が「対応できる人材がいない」,
「必要なスキルやノウハウがない」といった回答を寄せています。つまり、リスキリングの機会が不足しているという現実の真ん中で、企業も人も立ちすくんでいる状況ではないかと考えています。
では私たちはどのようにリスキリングを進めていくべきなのか。そのヒントは、先行する海外国の取り組みにあると思います。様々なステークホルダーが連携し、リスキリングの機会を創出しているケースも、海外では少なくありません。例えば政府と企業、例えば政府と学習プラットフォーマーなど、いろいろな連携が日々生まれています。「漠然と何かを学ぶ」のではなく、「今の自分が持っているスキルは何なのか、何を学ぶべきなのか」を可視化した上で学ぶという流れもあります。その背景には、スキルを可視化するサービスが広がる中で、企業や国がそれを積極的に活用しているというケースもありますし、その産業の中で求められているスキルを熟知している人が政策に深く関わっているというケースもあります。
そのほかにも「どうしたら多くの人がリスキリングの機会を得られるのか」、「どうすれば企業はリスキリングをうまく進められるのか」といった知見が地域の壁を越えて共有され、全国のリスキリング支援の質を上げていった、という国もあります。近年の研究により、「一人でリスキリングを実践してもなかなかうまくいかない場合が多い」ということも分かってきており、人々を孤立させない学びの進め方、その仕組みの作り方を模索する動きが見られます。
先ほど私は「それぞれのステークホルダーが、今まさにリスキリングへの取り組みを始めようとアクセルを踏み出したところ」とお話ししました。日本リスキリングコンソーシアムは、まさにそういったステークホルダーが手をつなぎ、これまでにないリスキリングの機会をつくる大きな一歩だと考えています。もちろん現状が完成形ではありません。人々が組織や地域の壁を越えて情報共有をし、より良いスキル習得の機会を手に入れるための方法を考えられる社会を目指す動きが、このコンソーシアムの設立をきっかけに広がることを期待しております。
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