森さんは、北京・天津・大連・上海・蘇州・広州・深圳の7拠点を統括する中国の事業責任者で、中国と日系企業の橋渡しを担っている。対談では、「日系企業が中国に進出する際に押さえるべきポイント」をお聞きした。
なぜ「トップダウンの強いリーダーシップ」が部下から信頼を得られるのか
稲垣:森さんが2018年に上海に着任されてからの4年間で、あらゆるご経験をされ、顧客の様々な事例を見てこられたと思います。今回は、日系企業が中国に進出した際に向き合う「文化の壁」についてお聞かせください。森:実は、一般的な日本人と異なっているかもしれませんが、私自身はあまり「文化の壁」というものを感じることがありません。「違い」は感じますが、その違いを「どうしたらプラスに転じるか」という思考を働かせるタイプの人間だと思います。
稲垣:我々の研究テーマでいうと、おそらく森さんは、CQ(異文化適応力・異文化受容力)が高いのだと思います。しかし、文化の壁に様々な企業が苦労するところは見てこられたかと思いますので、そういった事例も併せてお聞かせ願えますでしょうか。
森:“人の価値観”という点で、日中における文化の壁の代表例は、「Know-Howで考える日本」と、「Know-Whoで考える中国」という違いによるものでしょう。中国は、「どうやるか」よりも「誰とやるか」を重視する国民性です。人との関係をとても大切にするので、本当の信頼関係を築けたら、そこから絶大な信頼を得られ、ビジネスが前進します。例えば当社のお話をすると、私自身が本当に腹をくくって、この会社の従業員全員を大切に思い、みんなが成長し、「働いてよかった」と思える環境をいかにして作るか。そうしたことを本心から思って実行することが重要です。具体的には、従業員が頑張って大きな利益が出たときに、RGF全社のルールを超えた対応への許可を本社に掛け合って勝ち取り、大きなボーナスを従業員に還元するといったことです。
稲垣:「リーダーが体を張って先陣を切っている」という信頼関係が大事なんですね。
森:まさにそうです。さらに言うと、その強いリーダーシップを見せることですね。何かをスタートする時やピンチの時などには、まず一番に老板(ラオパン:上司)が出てきて説明責任を果たすことが重要です。文化的にはトップダウンなので、このような局面で強いリーダーシップを見せることがポイントになるんですね。例えばこの前、当社がオフィスを移転した際の話ですが、私が少し立て込んでおり、ひとまずメールで上海の社員に対して「オフィスを引っ越しします」ということを送ったんです。すると、直属の部下が私の部屋に来て、「森さん、みんなの前に立って挨拶したほうがいいよ」とアドバイスをくれたんですね。こうした変化の局面で、上司が表に出て発言することが、信頼関係の構築につながるということです。
稲垣:ボトムアップ型ではなく、“トップダウンの強いリーダーシップ”が信頼を得るのですね。
森:中国の強いリーダーシップというのは、歴史的な背景があるかもしれませんが、トップが「右向け右」と言ったら最後はみんな右を向くみたいなところがあるんですね。トップが決断をしたら、それにみんなついていく。そうした姿を求めているところがあります。そのため、日本のように「稟議で関わる人の合意形成を図る」というやり方よりも、「リーダーが決定したことを矢面に立って自ら説明する」ということが重要です。
不正に対する日本と中国の考え方の違い
稲垣:もう1つ、日本人の違いとして触れたいのは「不正」に対する考え方です。日本が正直でクリーンすぎるということかもしれませんが、多くの日本人が中国に行った際に目の当たりにして悩むことだと思います。「日本よりも不正が多い」というイメージはお持ちですか?森:ひと昔前に比べると大方減りましたが、今現在もあると思います。不正の代表例は、「紹介料のキックバック」です。例えば、営業マンが仕事を取りに行ったときに、担当者の方が「採用したらキックバックを求める」というのは聞いたことがあります。当社はそのような不正ができないシステムにしていることと、お金関係は全て私が見ていること、さらに最も大事なこととして、先ほど話したように部下との信頼関係を作っていることから、不正は起こりえません。ただ、中国では去年の11月に「個人情報保護法」が成立しました。不正をしてしまったとなると、中国は日本の個人情報保護法よりも徹底的にやるため、懲罰が厳しいんですね。その法律成立から、国営・民営・外資問わず、先行した企業を中心にかなりコンプライアンスの意識が上がってきています。
稲垣:ベネディクトが著書『菊と刀』で、「日本には恥の文化がある」と書きました。「人に見られている」とか、「これをすると恥ずかしいでしょう」という感覚があって、躾もされてきた。「人に迷惑をかけるな」といった感覚もそうですね。不正がそれほど起こらないのも、そうした文化の背景があると思います。中国の場合は、先ほどおっしゃった国による懲罰のように、「罰を与える」というやり方でコントロールすることが効果的なのでしょうか。
森:それはあると思いますが、私個人としては「メンツに訴えかける」ということを意識しています。中国はメンツを大事にするので、「人前で叱ってはいけない」ということが言われますが、逆手に取れば人前にさらされることを極端に嫌がるため、それを避けようとする傾向はあるかもしれません。不正や問題が起これば個別で指導し、全体には匿名で「駄目なものは駄目」という告知をすることで、自制する方向に向かうと考えています。
“いいこと”も“悪いこと”もシェアすることで、強い信頼関係が作られる
稲垣:「厳しく罰を与える」、「メンツに訴えかける」というのは、日本よりもシビアに行われているという印象です。ただ、そのような恐怖心に訴えかけることだけをやっていると、先ほどおっしゃった「人としての信頼関係」は作れないと思います。その“アメとムチ”の手綱を握るセンスが重要ですよね。森:そうですね。“アメとムチ”は「やってはいけない事」を縛れますが、「やるべきこと」を強めるためには、結局は信頼関係だと思います。本当にお互いの魂を握りあえば、すごく強い信頼関係を作れる国民性だと思っていて、その域に至るまでの一つひとつの信頼の積み重ねや、一つひとつの行動・発言が重要だと思います。約束を守ること、上司が背中を見せること、ピンチの時に矢面に立つこと、体を張って交渉の場に立つこと。他には、ちょっとした差し入れを持って気遣うこと。こういったことが上司に求められるリーダーシップだと思います。彼らは、いいことも悪いこともどんどんシェアします。
稲垣:ある意味、“ガラス張り”ですね。
森:そうです。“ガラス張り”というのがまさに的を射ていて、この子にはこう、この子にはこうと言い方を変えても、全部筒抜けているため、その前提で話します。給料なども、横で共有するため筒抜けです。良いことも悪いことも、横で共有したりします。そういったことも踏まえて、真正面からコミュニケーションしていくことで、心の底から彼らと信頼関係を作り、リーダーシップをとっていく覚悟があれば、非常に強い組織ができるお国柄だと思います。
対談を終えて
私自身、中国を訪れたことは、プライベートとビジネスを合わせても10回ほどだ。つまり、そこまで自分の経験値はなく、「中国」という国のイメージは、人から聞いた話や、日本のメディアの報道から形作られている。今までは正直、「怖い中国」、「強い中国人」という印象が頭の片隅にあって、中国で組織をマネジメントするイメージが持てなかった。しかし、森さんの生の声をお聞きして、中国人の気質や中国という国の考え方に、あまり違和感を覚えなかった。良くも悪くも人の欲求に正直な、“人間らしい人間”という印象。つまり、「人として大事なことを愚直に行うこと」が、この国で成功するポイントだった。上海艾杰飞人力资源有限公司 総経理
RGF HR Agent China Managing Director
株式会社リクルート入社後、医療・通販事業にてWeb開発・インターネットマーケティング、
新規事業提案制度にてグループ会社を設立に従事。その後、外資系コンサルティングファームAccentureを経て、株式会社リクルートに戻り、スタディサプリにて教育コンテンツ開発・営業・企画に従事。現在はリクルートのグローバル斡旋事業であるRGF HR Agent China Managing Directorとして中国事業の経営を担う。
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