今回の対談のお相手は、元ラグビー日本代表キャプテンの廣瀬俊朗さん。2015年のラグビーワールドカップでは、エディー・ジョーンズ監督とともに日本代表を牽引して強豪・南アフリカを破り、「ブライトンの奇跡」と呼ばれる歴史的勝利を収めて日本のラグビー界を盛り上げた。サッカーや野球と異なり、ラグビーは条件を満たせば外国籍の選手も日本代表に選出されるため、当時も日本人以外の選手がたくさん所属していた。そうした中で廣瀬氏は、どのように多様なメンバーをまとめ、ONE TEAMを築き上げたのか。そのD&Iの真髄に迫った。
2023年ワールドカップで足りなかったもの
稲垣:2023年のラグビーワールドカップは、実況などで現地や日本を飛び回られていましたね。お疲れ様でした。廣瀬:ありがとうございました。
稲垣:廣瀬さんもメンバーに選出された2015年のラグビーワールドカップは、南アフリカを破り「ブライトンの奇跡」と呼ばれる歴史的勝利を収めました。2019年のワールドカップでは、なんと全勝で一次リーグを突破して準々決勝に進出。残念ながら南アフリカの厚い壁に阻まれましたが、「ベスト8」という輝かしい成績を収めました。2023年5月には、世界の強豪国に日本を加えた11か国で構成される「ハイパフォーマンス・ユニオン」として位置づけられましたね。アスリートでない私にとってはとても不思議な感覚があるのですが、例えばサッカーもなかなかワールドカップに出られなかったのに、一回出られた瞬間にグンとレベルが上がることがありますよね。
廣瀬:それはあると思いますね。「無理だろう」という固定概念がブレーキをかけているのでしょう。そのブレーキを外したら、“自分たちもいける”という自信につながります。百メートル走でも、桐生さんが十秒を切ったら、その後日本人がどんどん続きましたよね。
稲垣:山縣選手、小池選手、サニブラウン選手と続きましたね。
廣瀬:誰かが超えたらメンタルブロックを突破できるんです。
稲垣:では、廣瀬さんが日本代表キャプテンだったときに、メンタルブロックを超えた瞬間はありましたか?
廣瀬:一つは、代表キャプテン2年目のウェールズ戦ですかね。いままで一回も勝てなかった相手に、23対8でしっかりと勝ち切ったとき、「俺たちも普通に勝てるんだ!」とある種のキャズム(深い溝)を超えた感覚があります。
稲垣:そのように力をつけてきた日本代表だからこそ、2023年のワールドカップは、国内外でかなり期待が大きかった大会だったと思います。
廣瀬:そうですね。今回の結果は少し残念でした。
稲垣:サモアとチリには勝利を収めましたが、イングランドとアルゼンチンに敗れました。しかしそのアルゼンチン、イングランドはベスト4までいきましたよね。
廣瀬:そうなんですよね。アルゼンチン戦もそうですけど、日本は実力的にはかなり世界のトップクラスになってきています。
廣瀬:新型コロナウイルスの流行が理由で、チーム作りが遅れたというのが一つ目の原因です。国際試合もチーム招集後2年間くらいはできませんでしたが、海外のチームはあのときでも無観客で試合をやり続けたんですよね。チーム作りを4年間で考えたときに、半分弱の期間にわたって試合がなくなってしまったのは、コーチサイドとしてはつらいものだったと思います。二つ目の原因は、そのブランクに伴ってキャプテンを決めるのが遅かったことです。
稲垣:姫野選手がキャプテンになられていましたね。
廣瀬:姫野選手に決まったのは8月末で、ワールドカップに行く数週間前くらいでした。そんな状況だったので、恐らくコーチ陣も姫野キャプテンもつらかったと思います。その条件下でよく頑張ったなという感じですかね。
稲垣:廣瀬さんがキャプテンになられたときは、どれくらい前に決まったんですか?
廣瀬:僕は2012年、エディーさんが監督に就任した直後にキャプテンとして指名されました。2年間キャプテンを務めた後にリーチ マイケルが次のキャプテンになり、2015年・2019年と、計6年間その体制で戦ったんですよね。やはりチーム作りには時間も大切です。次第に芯が通っていくんです。
稲垣:ワールドカップの数週間前までキャプテンが決まっていなかった、というのは素人ながらにも驚きです。新型コロナウイルス流行の影響が大きいとは思いますが、なぜそんなに遅れてしまったんですか?
廣瀬:何人かキャプテンの候補を挙げつつも、なかなか決められなかった、というのが原因の一つだと思います。しかし、キャプテン決めというのは結局正解がない話なので、そこは腹をくくって覚悟を決めることが必要です。当時はベストを考え過ぎたのではないかなと思います。
稲垣:もう一つ、今回の選出メンバーについて2019年と比較すると、外国人選手が7名から12名に増えましたよね。比率でいうと、22%から36%まで高くなりましたが、その影響はあったのでしょうか。
廣瀬:外国人選手が増えたこと自体は、僕らはそんなに強く意識はしません。ただしバックグラウンドも違うので、日本に来てからの年数などは気にするかもしれませんね。日本や日本語に対する好奇心、つまり文化に対する好奇心はけっこう大事かもしれないなと思っています。人数が少し多かったとしても、日本に愛着があったり、コミュニケーションをよく取ろうとしたりなど、そういう人であれば大丈夫です。逆に日本人であっても、利己的すぎたり、チームと違う方向を向いていたりすることの方が困ります。国籍問わず、個々人のパーソナリティーが、チーム作りに影響すると思います。
稲垣:2015年・2019年と快挙を成し遂げたことで、ワールドカップが終わった後もさまざまなドキュメンタリー番組が作られていましたが、「ONE TEAM」になる過程でかなりプロセスがあったように思います。
廣瀬:おっしゃる通り、あのときはみんなで日本のさざれ石鎧を見に行ったり、俳句を作ったり、また釜石で試合するときに日本の歴史を勉強したりと、チームで想いを共有する時間がたくさんありました。今回は8月末にキャプテンを決めて突貫でチーム作りをしてきましたから、「取り急ぎラグビーのパフォーマンスを上げよう」ということに集中するしかなかったと思います。その分、前の代表チームにあった、見えない土壌作りや文化作りのようなものが手薄だったかもしれません。これが、2023年の日本代表に足りなかったものの一つと考えています。
稲垣:なるほど。企業と同じくラグビーの代表チームでも、チームの土壌となる文化作りが大事なんですね。
コミュニケーションにおいて重要な“言語化”のスキル
稲垣:チームの土壌となる文化を作るために、お互いの意思疎通を具体的に図ることにも注力をされていたと思います。廣瀬:それは、当時の監督のエディーさんにめちゃくちゃ言われました。「Specific(具体的に)」ということをかなり強調されていたと思います。例えば、僕らは「集中しろ!」とよく言いますが、その「集中」とは何なのか、ということです。「集中しろ」と言われても、「わかってるよ」と思ってしまうため、どこにどうフォーカスしたらよいのかを伝える必要がある。「集中!」ってすごく曖昧なんです。
稲垣:私の息子もランバイクというスポーツをしていますが、レース前に「集中!」って言ってしまいますね(笑)。たしかに、これはどちらかというと親側のエゴで、意味のない声掛けかもしれません。具体的な依頼や指導をすることが必要ということですね。ところで、他国籍の方の日本語レベルはどのくらいなんですか?
廣瀬:これは人によってまちまちですね。トンプソン・ルークみたいに日本語がとても流暢な選手もいますが、反対に全然話せない人もいます。リスニングは徐々に上がっていきますが、スピーキングはハードルが高かったです。ラグビー用語はある程度みんな予測がついているので、わりと試合中はなんとかなりました。しかし、練習中やミーティングでは細かいことを伝えるのが難しかったことはあります。ラグビーでは「ノーミス!」という言葉もよく使うんですよね。これは「ノーミスでいこう!」という意味なのですが、伝えるべきは「何をノーミスでやるのか」です。例えば、パスのキャッチミスが多かったら、「ハンズアップしよう」と言った方がいい。そうするとキャッチしやすくなるんですよ。これがつまり、ノーミスにつながる一つのソリューションだと思います。そのほうがみんなわかりやすいと思います。
稲垣:具体的な行動を伝えるということですね。
稲垣:その具体的な声掛けは、東芝のチームと日本代表とで変えましたか?
廣瀬:東芝のチームの場合は一年間ずっと一緒にいるので、ゆっくりチームを作れるという意識があったのですが、代表だと時間が限られているため、「より濃く」を意識してやりました。短期間で一気にチームを作りたいので、より具体的に、より濃く意識したと思います。
稲垣:具体的な言葉に落とし込むというのは、日本人はあまり得意ではないですね。最近、私はChatGPTを使って仕事をしていますが、最初はなかなかうまく使えませんでした。その理由の一つは、自分のプロンプト(ユーザーが入力する指示や質問)が具体的ではなかったということだと思います。自分の伝えたいことが言語化できていないんです。自分の知りたいことを具体的に言語化することで、ChatGPTも期待通りの返答をしてくれるようになりました。ある意味、AIはグローバルコミュニケーションを鍛えてくれるのではないかと思っています。
廣瀬:それはとても面白いですね。先日、私は聴覚障がいのある方たちとオンラインミーティングをしたんです。音声認識で自分が話している言葉が表示されるようにしたのですが、話した言葉が文字で表示されると、とてもわかりにくく話していることが発覚しました(笑)。
稲垣:なるほど! それはなかなか恥ずかしいですね(笑)。
廣瀬:本当に恥ずかしいですし、申し訳なくて。「自分の言葉ってこんなにわかりにくく曖昧なんだ」と思いました。
稲垣:それも、言語化の良い訓練かもしれないですね。日本代表でも、海外勢と比べて日本人の言語化能力には課題がありましたか?
廣瀬:最初は如実だったと思います。海外勢はディスカッションにも慣れていて自信がありますが、日本人はあまり自信がない。最初はずっと黙っていて、練習中に上手くできなくて怒られる。ストレスが溜まるのにミーティングの場では言えず、終わってからああだこうだ言って、「なぜミーティングで言わないんだ」とまた怒られる。意見が言えない日本人とディスカッションする海外勢もストレスがあったと思います。
稲垣:自信がないというのはラグビーにおいてではなく、ディスカッションにおいてですか?
廣瀬:両方あると思いますね。やはり、ディスカッションにもそこまで慣れていない感じがしますが、それは先生やコーチに言われたことをそのまま受け止めることを良しとされてきた時代があったからだと思います。僕らの世代は、トップダウンだった気がします。
稲垣:廣瀬さんはそれを変えようとしたんですか?
廣瀬:チームのためにならないと感じたときは言いましたが、言うタイミングはかなり考えたと思います。やはり信頼関係が築けていないと、大切な言葉は相手に刺さりません。日々のコミュニケーションは、その大切なことを伝えるための準備でもあると思います。相手のことをよく知り、相手のタイミングや興味関心を把握した上で、伝えたいことを伝える。ただ言いたいことを言語化するだけではなく、そういう「間」のようなものはとても大切だと思います。
強い暗黙知がONE TEAMを作る
稲垣:2019年の流行語大賞に「ONE TEAM」が選ばれましたが、廣瀬さんにとって、ONE TEAMとはどんなチームなのでしょうか。廣瀬:個性のあるメンバーが、それぞれ自分のやりたいことや得意なことを上手く生かせているなかで、みんながまとまっている。そういったチーム状態ですかね。
稲垣:厳しいスポーツの世界なので、もちろん綺麗ごとばかりではないと思うのですが、自分が試合に出られない悔しさや、「なんで俺を選んでくれなかったんだ」という憤りなどといった感情も、人間であれば当然あると思います。みなさんそのような感情をどうやってコントロールして、ONE TEAMになっていったのでしょうか。
廣瀬:自分自身、キャプテンを交代してから試合に出られないという悔しい思いもしました。それはそれはつらいことでしたが、日本代表が好きだったから、「試合に出られなくてもやれることがある」と気持ちを切り替えました。ONE TEAMは目的ではありません。そして、なろうと思ってなれるものでもないと思います。お互いの個性を尊重して生かし、勝つという目的に向かっていく。試合に出ている選手も出ていない選手も、自分の役割やできることを考えて、チームの目的のために動いていく。試合に出る人がいれば、一方で出られない人もいる。出られない人は、自分の役割を全うする。自分がいま試合に出ていることは、そういう想いを紡いでいるんだと知り、周りに感謝する。その感謝を他の人が受け止める。だから最高のパフォーマンスを出そうとするんです。そういう想いの連鎖が結果的にONE TEAMを作るんだと思います。
稲垣:「目的」という点については、廣瀬さんの著書『なんのために勝つのか』(東洋館出版社、2015年)に書かれていましたが、ここでの目的は「憧れの存在になる」というキーワードでしたよね。企業でも、理念やビジョンなどで目的を言語化するというのは大事ですよね。
廣瀬:すごく大事だと思います。特に多国籍な場合、言葉にしておくことは極めて重要です。本書のタイトルである「ちゃんと」ではわからないです。だから「僕らの大事なことはこれだよ」というのを言葉にもしました。
廣瀬:もう一つ大事なのは、やはり「リーダーシップ」です。チームを引っ張る存在の背中を見てみんなプレイしているので、リーダーに芯が通っていないとメンバーはついてきてくれません。
稲垣:メンバーはリーダーの人間性を見ているんですよね。
廣瀬:そうですね。特にきついときに人間性が見えるんですよね。普段どれだけそこを磨いているかに尽きる気がします。
稲垣:その人間性については、どんな磨き方があるのでしょうか。
廣瀬:ストイックに自分を成長させていくのもそうですし、いろんな立場の人を知って感謝するということも必要だと思います。その人の立場に立ってアクションをしていく。自分はキャプテンとしての立場があるけれど、試合に出られない人もいるわけで、その人の気持ちを考えてアクションすることが大事な気がしますね。
稲垣:人間関係はとても大事ですね。
廣瀬:大事です。信頼できる関係をいかに作るか。そのために必要なことの一つは「会話量」です。代表チームでは意図的に“glue”(接着すること)を作ってきました。全く違う考えや文化を持っている人たちを接着させる仕組みとして、1on1やチームミーティング、メンター制度などを設けたり、食事を共にして会話したり。また、双方の文化を知っているリーチ マイケル選手をチームに迎え入れるなど、孤立した人間が出ないように、チームの密着度を意図的に高めていました。
稲垣:日本のトップレベルのアスリートたちも、地道に信頼関係を作っているんですね。
廣瀬:もちろんです。そうすると、メンバーのメンタルが致命的に悪くなる前に気づくことができます。みんなでフォローしようという雰囲気になれるんですね。
稲垣:それは素晴らしい文化ですね。ビジネスでもそうですが、「こうしないといけない」、「これはしてはいけない」というルールで縛るよりも、そういうことを当たり前にやる「文化」を作ることが組織を強くします。
廣瀬:まさに私がキャプテンとして意識していたのは、ルールにしたり誰かに言われたりしなくても、自ら行動を起こすという文化づくりでした。ここはとても難しいところなのですが、日本代表の素晴らしいところは、自分のロール(役割)以外のことも助けにいけるところなんです。例えば2015年の南アフリカ戦では、一人か二人少なくて、ポテンヒットが来てもおかしくない状況だったのですが、積極的に助け合ってなんとかやり抜くことができたんですよね。そのウェットさが強みでした。お互い、相手を思い合って助けてくれる。あえて言葉にしなくても寄り添い合っているのが強みと感じることがありますね。目を配る感覚が海外の人より多い気がします。
稲垣:本書では、文化や背景の異なる人とは「ちゃんと」というあやふやな言葉ではなく、明確に伝えることの大切さを伝えています。その段階でやるべきことを徹底し、さらに強い組織にするためには、ルールを超えた文化を作ることが必要です。チームのなかで「わざわざ言わなくてもわかり合える」という強い暗黙知を作ること。それがチームの究極の姿だと思います。
廣瀬:そうですね。稲垣さんの言葉を借りれば、強い暗黙知が「ONE TEAM」を作ったんだと思います。
廣瀬 俊朗 氏
株式会社HiRAKU 代表取締役、元ラグビー日本代表キャプテン。1981年生まれ、大阪府吹田市出身。5歳から吹田ラグビースクールでラグビーを始め、大阪府立北野高校、慶應義塾大学、東芝ブレイブルーパスでプレー。東芝ではキャプテンとして日本一を達成した。2007年には日本代表選手に選出され、2012年から2年間はキャプテンを務めた。現役引退後は「ビジネス・ブレークスルー大学大学院」にてMBAを取得。ラグビーW杯2019では、国歌・アンセムを歌い各国の選手とファンをおもてなしする「Scrum Unison」や、ドラマ「ノーサイド・ゲーム」への出演など、幅広い活動で大会を盛り上げた。現在、慶応義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科にて履修中。
2019年に設立した株式会社HiRAKUの代表取締役として、ラグビーの枠を超え、学生の部活動サポートから大きな組織の企業研修まで、さまざまな形で経験を活かしたチームビルディング・リーダーシップのアドバイスやサポートを行っている。スポーツの普及・教育・食・健康や、国内外の地域との共創に重点をおいた多岐にわたるプロジェクトにも取り組み、全ての人にひらけた学びや挑戦を支援する場づくりを目指している。
2023年2月、神奈川県鎌倉市に発酵食品を取り入れたカフェ『CAFE STANDBLOSSOM ~ KAMAKURA ~』をオープン。
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